第41話 はじまりの夜
目を覚ますと、窓から差し込む朝の光が、部屋の中をやさしく染めていた。
(……今、何時なんだろう)
ぼんやりとした頭で、私は髪飾りにそっと手を伸ばす。
八枚の花弁――完成した巡礼の証。私の旅は、終わった。
でも、それは同時に――
(ここからが、始まり)
私の使命。
レオンを導き、滅びの予言を回避すること。
蒼い瞳の悲しき運命を、断ち切ること。
「いつの間にか……ずいぶん欲張りになったわね」
苦笑しながら、昔の自分を思い出す。
教会も、家族も、“赦されざる者”という呪いからも、全部投げ出して、静かに生きていけたらそれでよかった。
――でも、それは“生きていた”とは言えなかった。
八英雄との出会いが、私に教えてくれた。
生きるって、問いを立てることだ。
人生の意味を探すんじゃない。私が、人生に問われてるの。
(だから、もう逃げない)
今を生きる人たちのために。未来のために。私は、闘う。
ぎゅっと拳を握って、そっと胸の前にかざした。
――でも、その前に。
「……報告書、まだだったわね……」
ちらりと机を見る。紙の山。
はぁ、とため息をつきつつ、ベッドを整えて机に向かう。まだ、やるべきことは山ほどある。
◇
一日かけて報告書を仕上げて、審問局に提出。
あのアストラード州の領主が“赦されざる者”に謝罪した件、かなりデリケートな話題だ。表沙汰にはならず、静かに処理されるだろう。
でも――私は赦すと決めた。
怒りに囚われるのは、もう終わり。
窓の外では、帝国各州の英雄旗がひらめいている。
――陽炎の仮面祭が、始まる。
一年でいちばん太陽が高く昇る日を祝う、三日間のお祭り。
仮面をつけて、名前も肩書きも忘れて、“誰でもない自分”として祈る日。
「あ、ミアと仮面選びに行くんだった!」
私が夢で見た三日月の仮面――それをつけて、レオンに会うんだ。
……と思った瞬間、全身がぽんっと熱くなる。
(……今日は、もう寝よ)
逃げるように布団に潜り込む。
机の上の花の髪飾りが、月明かりに照らされて、淡く輝いていた。
◇
翌日、街はすっかりお祭りムード。カラフルな屋台に、音楽や詩の朗読――まるで街そのものが劇場みたい。
今日は、仮面を選ぶ日。
私は修道服にベールをかぶって、ソル・アルカ大教会へ向かっていた。
(……この格好で祭りに参加しても、案外バレない気もするけど)
まぁ、あのミアが絶対に許してくれないだろうな……。
ふと夢の中を思い返す。あのとき、私はどんな格好をしてたっけ?
教会の前には、明日の礼拝用の大きな演台が組まれていた。参加、しないわけにはいかなそうだ。
そう思いながら、私は門をくぐった。
◇
「ライラ!仮面のモチーフは“月”でしょ?じゃあ、衣装は青か白か……」
「えっ、あの、ミア……?別に、このままでも……」
「だーめ!あんたね、リステラの祭りナメすぎ!汗まみれで倒れたらどうすんの!?」
ミアと一緒に街を歩きながら、仮面と衣装を探すことに。
彼女はいつもおしゃれで、髪もふわっと下ろしてて、ちょっと憧れちゃう。
石造りのかがり火が灯り、通りには屋台がぎっしり並ぶ。甘い香り、香草、焼きたての肉……みんな仮面をつけて、蝶みたいに舞ってるみたい。
「お、これとかどう? 風通しよし、清潔感よし。ウエストがキュッとしまってて、男子の視線バクハツ☆」
「爆発は……しなくていい……かな」
「えー!?夏だよ!?日差しも恋も、暴力的にいかなきゃ!」
「……布は……やさしいほうが、いい……かも」
私、一応、修道女なので。
そのとき、ふと視界に入った露店で、見覚えのある仮面を見つけた。
「……あれだ」
三日月の仮面。夢で見た、あの面だった。
「ちょ、ちょっとミア!見てくる!」
「ええ!?待ってよライラ~!」
私は店に駆け寄り、仮面を手に取って顔に当ててみる。
「どう? 似合ってる?」
「……まあ、悪くないんじゃない?」
「これにする」
「ちょっ、他のは!? まだ早いでしょ!?」
「私は、これがいいの」
迷いは、なかった。
支払いを済ませて、仮面を手に入れる。
「でも衣装が!まだ衣装が残ってるでしょ!?さ、行くよ!」
ミアに手を引かれ、私は街中を駆け回った。
◇
「……着たよ。これでいい?」
「……うわ、すご。布と空気でここまで変わる? 普通にモテるやつじゃんそれ」
「……風通しは、すごくいい」
「それ! 一番大事! 快適でかわいい! 完璧~っ!」
ミアが選んでくれたのは、白と青をベースにした、爽やかなワンピース。どこか修道女の雰囲気を残しつつ、リステラの夏にぴったりな清涼感。
リステラの夜は、星の光と提灯の明かりで、昼間よりも明るく感じられた。
……今日は、ただの女の子でいよう。
名前も、肩書きも、巡礼の証も関係ない。私は、“誰でもない自分”で、ここにいる。
そして、この日のために……私はここまでやってきたのだ。
【Tips:陽炎の仮面祭】
ソラリス帝国における、太陽神への感謝と祈りの祭り。
“誰でもない自分”として仮面をつけ、太陽と向き合うことで、魂を清めるとされる。
三日間続き、「仮面選び」「仮面の舞踏」「告白と祈願の夜」などの行事が行われる。




