第40話 太陽の記憶
――風が揺らす草の海。
陽だまりのような野原に、一本の大きな木が立っていた。その木の下で、誰かが私に微笑んだ。
「はじめまして、ライラ。僕はアラヴ=ザ=インフェリオン。会えてうれしいよ」
少年のような青年だった。けれど、その瞳には太陽が宿っていた。間違いない。この人が……伝説の覇王――。
「も、申し訳ありませ……っ!」
反射的に頭を下げかけたその瞬間、彼がスッと近づいてきて、私の肩を優しく抱いた。
「こらこら、そんなにかしこまらなくていいよ。君は予言者だろ? 覇王にひれ伏す必要なんて、ないさ」
抱きしめられた瞬間、背筋がピンと固まった。温かいのに、内側にぎゅっと詰まった芯のある力強さ。
「――。」
言葉が出なかった。というより、思考が止まっていた。
「……ライラ?」
「……殿下、恐れながらライラ様は緊張しておられます。少し距離を……」
アストラード様の助け舟に、アラヴは首をかしげた。
「僕に緊張? なんで?」
「王さま、いいから!少し下がって!」
オフィリア様が割って入り、ようやく彼は手を放した。
「……はいはい。なら、これでどう?」
彼は距離をとり、胡坐をかいて草の上に座る。
「さ、ライラ。君も座りなよ」
「は、はいっ!」
ガチガチのまま草の上に腰を下ろす。目の前には、陽だまりのように明るい笑顔の青年――アラヴ様。
(これが……あの覇王、アラヴ……!?)
想像していたのと、あまりにも違う。
だって彼は、影の国を打ち破った伝説の英雄。砦を丸ごと破壊し尽くした、炎のごとき戦士。そのはずなのに――目の前の彼は、とても穏やかで、あたたかい。
「君の目を見ていると、懐かしい気持ちになるよ。……彼女を思い出す」
「……エル・セフィア様ですか?」
アラヴは、微笑のままに目を伏せた。
「うん。僕の“導きの月”だった。……そして今は、滅びの予言の、はじまりでもある」
一瞬、彼の表情に影が落ちた。
風が止まったように、空気が静まる。
「僕は、エルの剣だった。彼女の夢――みんなが幸せに暮らせる未来のために戦った。でも……」
その声は、どこか懺悔のようだった。
「彼女は、気づいてしまったんだ。“自分のしてきた選択が、誰かの幸せを奪っていた”って。……そして、彼女は“滅び”を選んだ」
「……贖罪、ですね」
「そう。エルは赦されないと自分で決めたんだ。だから“赦されざる者”って烙印を、自分に刻みつけた」
蒼の瞳は、神の加護を受けられない罪の証。そう言われてきた。でも――違う。
未来視の力を、誰にも渡さないために。自分の過ちを、繰り返させないために。彼女はすべてを犠牲にしたのだ。
自分の身を穢し、月の瞳を葬った。それが、今も続く“差別”のはじまり。
……でも。
「だけど、それで……今も“赦されざる者”たちは苦しんでいます!」
「わかってる。だから、この宿痾は終わらせなきゃならない」
そして、アラヴは静かに告げた。
「エルの魂は、レオン=ル=アストラードと一つになった。予言書ごとね」
「えっ……?」
「そう。エルは、あえてレオンの中に溶け込んだ。“自分の滅びの予言が、本当に正しかったのか”を、彼の目で見届けるために」
心がぎゅっと締めつけられる。
使命の重さが、肩にずしりとのしかかってきた。
思わず、胸元を押さえた。息が詰まりそうだった。
「私に……私にできるでしょうか?滅びの予言に抗うなんて……!」
声が震えた。すると、アラヴは、まっすぐに私を見つめて言った。
「できるかどうかは、ライラ次第。でも、僕たちは君を信じてる」
そして、軽く笑ってこう続けた。
「……それにね、エルはひとつ、大きなミスを犯したんだ」
「ミス……?」
「うん。レオンの予言書を、ヒリンス――今の教皇に見られてしまったことさ」
「えっ!?」
あの予言書は、誰にも読まれることなく、レオンが飲み込んでしまったと聞いていた。それが……見られていた?
「予言には、こう書いてあった。“蒼き瞳の罪を赦す者”。それを、ヒリンスは“赦されざる者は神に赦された”と解釈したんだ。だからこそ、君に“赦し”を与えたんだ」
「……!」
だから、私に“赦し”を与えた――?
「僕は、運命だと思ってる。君はレオンの“予言者”として選ばれたんだよ」
――ずっと、私は自分の目が嫌いだった。
この蒼い瞳が、私を不幸にしてきたんだって、そう思ってた。
でも、今なら思える。違う。これは、私にしかできない何かを、見届けるための目だったんだ。
「昔の自分に教えてあげたいです。“その瞳は、いつか誇れる”って……」
目頭が熱くなる。私の中のなにかが、静かに、でも確かに変わっていった。
そして、アラヴが最後に言った。
「レオンを……この国を、頼んだよ。ライラ。そして、もし会えたなら、エルに伝えてあげて。“もう、いいんだよ”って」
彼の太陽の瞳が、私のすべてを照らしていた。
「……はい!」
力強く頷いた。
その瞬間、世界が光に包まれる。
すべてが、白く、優しく――そして、未来へと続いていく。
アラヴ様の姿が、だんだんと遠ざかっていく。
――だけど、その笑顔は、最後まで、私の胸に残っていた。
【Tips:騎士の証】
“騎士アストラード”の力を宿す、月の巡礼者の神秘。
その加護を受けし者は、決して揺るがない“意志”の力を宿す。
英雄とは、ただ戦う者ではない。“選び続ける者”なのだ。




