第39話 巡礼の終わり
「……つかれたぁぁ……」
宿の部屋に入った瞬間、靴を脱ぎ捨ててベッドへダイブした。
全身が重い。力が、どこにも残っていない。
頭も体もクタクタで、もう報告書を書く気力なんてかけらもない。
だけど……それでも、あの審問廷での記憶が、何度もフラッシュバックする。
あの場で、私は自らの意思でベールを外し、恐れながらも“眼”をさらした。
あれは私の戦いだった。誰の加護にも頼らず、言葉だけで、証明しなきゃいけなかったから。
「……私は、戦った。今は、それだけで、いいよね……」
ぼんやりとつぶやいた声は、ベッドの中で霧散する。
まぶたが重い。まるで世界が、私を優しく引きずり込もうとしているみたい。
少しだけ……少しだけ眠ろう。
起きたらまた書類の山が待っているけど、今くらい、許されてもいいよね……。
深く、深く目を閉じた。
――そして、私は、夢の中へと落ちていった。
◇
ぽかぽかとあたたかい陽射し。頬を撫でる優しい風。
どこかの草原の真ん中。木々のざわめきと小鳥のさえずりに包まれ、私は穏やかな光の中で目を開けた。
「……ここは、どこ……?」
立ち上がろうとした、その瞬間。
「ライラ様!お目覚めですね!」
「――!?」
目の前にいたのは、真っ赤なたてがみを風に揺らす、堂々とした獅子だった。
いや、獅子の姿をした騎士――!
「私はアストラード。ソラリス帝国の騎士にして、八英雄のひとり!夢の中でお会いできるとは光栄です、巡礼者ライラ様!」
驚きすぎて、私は口をパクパクさせるしかできなかった。
◇
「えっと、これって夢……なんですよね?」
「はい、そうです。でも、ただの夢じゃありません。貴女の魂が辿り着いた“特別な夢”なのです」
「そ、そうなんですか……?」
「まぁ、説明は抜きにして――これは祝福の場なんですから!」
にっこり笑うアストラードの体が、まばゆい光に包まれた。
「貴女は、迷いながらも恐れを超え、人々の心を動かしました。その勇気、そして知恵。私はそれを心から讃えます!」
光がライラの髪飾りに触れ、花びらが一枚――八枚目が、ふわりと咲いた。
“騎士の証”。
これで、すべての証が揃った。
涙が溢れてくる。
あの長い旅のすべてが胸に込み上げてきて、私は膝から崩れ落ちるように地面に座りこんだ。
「う、うわあああああん……!」
情けなくても、恥ずかしくても、今だけは泣いてもいいって思った。
「……泣かないでください、ライラ様。貴女の旅は、いよいよこれから始まるのですから」
――その声に顔を上げると、そこには、赤い髪をした若き騎士が立っていた。
「えっ……アストラード様?」
「はい?そうですけど……?」
あれ? さっきの獅子は?
戸惑う彼の横から、黒髪を風になびかせた女性が、優しく微笑みながら肩に手を置いた。
「やあ、ライラ君。君ならやり遂げると信じていたよ」
そこには、長い黒髪を風にたなびかせた、美しい女性――メテウスが立っていた。
「メ、メテウス様っ!どうして!?」
「君が証を集めたから、私もここに来られたのかもしれないね」
「メテウス!久しぶりだな!」
「ふふっ、元気そうで何より。アストラード君」
二人は笑いながら手を取り合った。
騎士と賢者が再会を喜ぶそのとき――空の遥か彼方から、まばゆい光が降ってきた。
「おおっ、八英雄が六百年ぶりに集結するぞ!」
集まる光の粒が、人の姿を形作っていく。
その中から、灰色の髪を揺らす小柄な少女が、勢いよく駆けてきた。
「ライラちゃんっ!がんばったんだねっ……すっごくがんばったんだねっ……!」
「ノクタリカ……っ!」
「うんっ、うんっ!」
抱きしめられると、胸がいっぱいになった。
それだけじゃない。続々と現れる懐かしくも初めての顔ぶれ。
ガルガン、ディオネス、オフィリア、ゼルヴァ、ラメルダ――皆が笑顔でライラを迎え入れる。
「ライラさん! 立派な巡礼者だぁ!」
「強くなったな。巡礼者殿」
「このオフィリアちゃんの弟子だもんねっ♪」
「……まあ、そうだな」
「俺やで! ラメルダや! 覚えてるかー!」
「皆さんっ……!」
――夢の中なのに、こんなにあたたかい。
笑顔が、涙が、止まらない。今までのすべてが報われた気がした。
「ライラ様」
アストラードが静かに言った。
「これで貴女は、予言に抗う“新たな予言者”として目覚めました。そして……ある方が、貴女に会いたいとお待ちです」
「……はい」
私の声は、震えていたけど、はっきりしていた。
「覇王、アラヴ=ザ=インフェリオン様ですね」
彼がうなずいたそのとき、風が止まり、太陽がまばゆく輝く。
空から金色の光がゆっくりと降りてきた。
八英雄たちが一斉に頭を垂れる中、その光は人の姿へと変わっていく。
現れたのは、白い服に金髪の男。どこにでもいそうな青年のような容姿――
でも、その目を見た瞬間、凍りついた。
(……太陽の瞳)
それは、伝説の英雄が持つと言われる黄金の眼差し。
まるで世界の真実をすべて見通すような、強く、美しいまなざしだった。
覇王アラヴ=ザ=インフェリオン――彼は、静かに私を見つめていた。
【Tips:太陽の瞳】
ソラリス帝国にまれに現れる黄金色の瞳。覇王アラヴもこれを持っていたため「英雄の証」として語られる。未来を視る予言者エルの預言書『英雄歴程』には、この瞳を持つ者の運命が記されているという。また、歴代の持ち主はいずれも高い視力と戦闘力を誇った。




