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月の瞳は夢を見る。――異端のシスター巡礼記  作者: 佐倉美羽
騎士の英雄 アストラード

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第39話 巡礼の終わり

「……つかれたぁぁ……」


宿の部屋に入った瞬間、靴を脱ぎ捨ててベッドへダイブした。

全身が重い。力が、どこにも残っていない。


頭も体もクタクタで、もう報告書を書く気力なんてかけらもない。

だけど……それでも、あの審問廷での記憶が、何度もフラッシュバックする。


あの場で、私は自らの意思でベールを外し、恐れながらも“眼”をさらした。

あれは私の戦いだった。誰の加護にも頼らず、言葉だけで、証明しなきゃいけなかったから。


「……私は、戦った。今は、それだけで、いいよね……」


ぼんやりとつぶやいた声は、ベッドの中で霧散する。

まぶたが重い。まるで世界が、私を優しく引きずり込もうとしているみたい。


少しだけ……少しだけ眠ろう。

起きたらまた書類の山が待っているけど、今くらい、許されてもいいよね……。


深く、深く目を閉じた。

――そして、私は、夢の中へと落ちていった。



ぽかぽかとあたたかい陽射し。頬を撫でる優しい風。

どこかの草原の真ん中。木々のざわめきと小鳥のさえずりに包まれ、私は穏やかな光の中で目を開けた。


「……ここは、どこ……?」


立ち上がろうとした、その瞬間。


「ライラ様!お目覚めですね!」


「――!?」


目の前にいたのは、真っ赤なたてがみを風に揺らす、堂々とした獅子だった。

いや、獅子の姿をした騎士――!


「私はアストラード。ソラリス帝国の騎士にして、八英雄のひとり!夢の中でお会いできるとは光栄です、巡礼者ライラ様!」


驚きすぎて、私は口をパクパクさせるしかできなかった。



「えっと、これって夢……なんですよね?」


「はい、そうです。でも、ただの夢じゃありません。貴女の魂が辿り着いた“特別な夢”なのです」


「そ、そうなんですか……?」


「まぁ、説明は抜きにして――これは祝福の場なんですから!」


にっこり笑うアストラードの体が、まばゆい光に包まれた。


「貴女は、迷いながらも恐れを超え、人々の心を動かしました。その勇気、そして知恵。私はそれを心から讃えます!」


光がライラの髪飾りに触れ、花びらが一枚――八枚目が、ふわりと咲いた。


“騎士の証”。


これで、すべての証が揃った。

涙が溢れてくる。

あの長い旅のすべてが胸に込み上げてきて、私は膝から崩れ落ちるように地面に座りこんだ。


「う、うわあああああん……!」


情けなくても、恥ずかしくても、今だけは泣いてもいいって思った。


「……泣かないでください、ライラ様。貴女の旅は、いよいよこれから始まるのですから」


――その声に顔を上げると、そこには、赤い髪をした若き騎士が立っていた。


「えっ……アストラード様?」


「はい?そうですけど……?」


あれ? さっきの獅子は?

戸惑う彼の横から、黒髪を風になびかせた女性が、優しく微笑みながら肩に手を置いた。


「やあ、ライラ君。君ならやり遂げると信じていたよ」


そこには、長い黒髪を風にたなびかせた、美しい女性――メテウスが立っていた。


「メ、メテウス様っ!どうして!?」


「君が証を集めたから、私もここに来られたのかもしれないね」


「メテウス!久しぶりだな!」


「ふふっ、元気そうで何より。アストラード君」


二人は笑いながら手を取り合った。

騎士と賢者が再会を喜ぶそのとき――空の遥か彼方から、まばゆい光が降ってきた。


「おおっ、八英雄が六百年ぶりに集結するぞ!」


集まる光の粒が、人の姿を形作っていく。

その中から、灰色の髪を揺らす小柄な少女が、勢いよく駆けてきた。


「ライラちゃんっ!がんばったんだねっ……すっごくがんばったんだねっ……!」


「ノクタリカ……っ!」


「うんっ、うんっ!」


抱きしめられると、胸がいっぱいになった。

それだけじゃない。続々と現れる懐かしくも初めての顔ぶれ。

ガルガン、ディオネス、オフィリア、ゼルヴァ、ラメルダ――皆が笑顔でライラを迎え入れる。


「ライラさん! 立派な巡礼者だぁ!」


「強くなったな。巡礼者殿」


「このオフィリアちゃんの弟子だもんねっ♪」


「……まあ、そうだな」


「俺やで! ラメルダや! 覚えてるかー!」


「皆さんっ……!」


――夢の中なのに、こんなにあたたかい。

笑顔が、涙が、止まらない。今までのすべてが報われた気がした。

 

「ライラ様」


アストラードが静かに言った。


「これで貴女は、予言に抗う“新たな予言者”として目覚めました。そして……ある方が、貴女に会いたいとお待ちです」


「……はい」


私の声は、震えていたけど、はっきりしていた。


「覇王、アラヴ=ザ=インフェリオン様ですね」


彼がうなずいたそのとき、風が止まり、太陽がまばゆく輝く。

空から金色の光がゆっくりと降りてきた。

八英雄たちが一斉に頭を垂れる中、その光は人の姿へと変わっていく。


現れたのは、白い服に金髪の男。どこにでもいそうな青年のような容姿――


でも、その目を見た瞬間、凍りついた。


(……太陽の瞳)


それは、伝説の英雄が持つと言われる黄金の眼差し。

まるで世界の真実をすべて見通すような、強く、美しいまなざしだった。

覇王アラヴ=ザ=インフェリオン――彼は、静かに私を見つめていた。

【Tips:太陽の瞳】

ソラリス帝国にまれに現れる黄金色の瞳。覇王アラヴもこれを持っていたため「英雄の証」として語られる。未来を視る予言者エルの預言書『英雄歴程』には、この瞳を持つ者の運命が記されているという。また、歴代の持ち主はいずれも高い視力と戦闘力を誇った。

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