第38話 蒼き瞳の審問官
「……ノクタリカ州審問局から、正式な確認が届いた。今後は軽率な行動は控えていただきたい」
鉄格子の鍵がカチリと外される。その奥で、兵士が顎を突き出すように言った。
「……軽率な行動、ですか?」
私はじっと彼を見つめた。
胸の奥で脈打つ鼓動が、怒りとともに熱くなる。
「その前に……私に伝えるべき言葉があるのでは?」
兵士は鼻で笑いながら肩をすくめる。
「私たちは市民の安全を守っただけです。審問官殿」
「……なるほど。よくわかりました」
私はゆっくりと息を吸い込んで、彼の目をまっすぐに見据えた。
「――異端審問官調査員、ライラ=ロ=ノクタリカとして通告します。アストラード州軍全体に背信の疑いありとし、将軍に対する正式な聴取を申請します。一週間以内に返答がない場合、審問法に基づき強制聴取を行います。お伝えください」
「……は?」
兵士の目が、瞬きもせずにこちらを見たまま固まった。
「正式な通知文は、本日中に送付します。それでは、失礼します」
その場を後にする私の背中に、怒りを含んだ声が飛んだ。
「……これは職権濫用だぞ!自分が何を言っているのか、分かっているのか!?」
私は振り返ることなく答える。
「あなた方こそ、ご自身の立場を理解していないようですね」
立ち止まり、振り向いて告げた。
「あなた方は、教皇の意志を否定しました。私は異端審問官として、与えられた責務を果たします」
その瞳は、ベールを通さず、まっすぐ兵士の目を見据えていた。
◇
宿に戻った私は、書類の山に埋もれていた。
「……はぁ……。やっぱり、めんどくさいなぁ」
でも、やらなければならない。
それが“正義”を貫くということだから。
胸の中にあるのは、あの書斎で誓った強い意志――メテウスから託された“問い”だった。
◇
――そして数日後。
私は、ソル・アルカ大教会にある審問廷にいた。
神聖な光が天井から差し込み、静まりかえった空間に足音が響く。
正面の証言台には、これから対峙すべき相手が来るはずだった。
(……慣れないな。この静けさ)
――間もなくして、堂内に軍靴の音が響く。
姿を見せたのは――燃えるような赤髪を後ろに束ねた、精悍な男。ルキウス=ル=アストラード将軍だった。
「ルキウス=ル=アストラードです。まずは、ライラ審問官に……先日の件、誠に申し訳ありませんでした」
深く頭を下げる将軍に、私は冷静に返す。
「……審問はまだ始まっていません。顔を上げてください」
教皇代理が席から立ち上がり、口火を切った。
「それでは、異端審問官ライラより、アストラード州軍に対する背信の疑いについて説明をお願いします」
「はい」
私は立ち上がり、まっすぐに将軍を見た。
「三つ、確認させてください」
「まず一つ目。私は教皇陛下から“聖印”と“赦し”を賜っています。これは本来、絶対的な保護対象です。それを、あなたたちは……」
私は言葉を噛みしめながら、続けた。
「――書類の確認を拒み、話を遮断し、挙句、暴力を振るいました。それは、教皇の意志を否定する行為ではありませんか?」
「確かに、証明は後に確認しました。しかし、現場の兵は誰もその情報を把握していなかった……伝達の不備です」
「伝達がなかった? それは言い訳にすぎません。私は“太陽の聖印”を提示しました。にもかかわらず、それを確認しようとすらしなかった」
「……仰るとおりです」
将軍はうつむきながらも、静かに答えた。
「制度があるのは、秩序のためでしょう? あなたたちは確認すべき義務を怠った。現場の“怠慢”です」
「……異議はありません」
「二つ目。私は“窃盗犯”“異端者”として、即座に拘束され、暴力を受けました。これを正当化できる法的根拠はあるのですか?」
「目撃証言があり、緊急措置として……と判断されました」
「それは“民意”に迎合しただけです。あなたたちは、秩序を守る存在ではなく、群衆の怒りに踊らされた。国家の信用を損ねた、それこそが背信です」
一拍置いて、最後の問いを投げかけた。
「三つ目。群衆に流され、手続きも踏まずに“異端者”と断定した。この責任は、将軍としてどうお考えですか?」
ルキウスは静かに頷いた。
「現場の兵士たちは、混乱に呑まれ、冷静さを欠いていた……異端者とみなされた人物を即時排除してしまった。その責任は、我々にあります」
「……異端者とみなされた」
私はベールを外し、隠していた蒼い瞳を、堂内に晒す。
教皇代理があわてて立ち上がるが、制した。
「お許しください。これは、必要なことなのです」
そして、静かに語る。
「赦しとは、“過ちをなかったことにすること”ではありません。“過ちを認め、悔い改め、信頼を取り戻すこと”です」
私の言葉が、審問廷に響き渡る。
「......私は、国家も、軍も、あなたたちも――もう一度信じたいのです」
――堂内に沈黙が落ちた。そして……
「......兵たちを守るために、あなた一人に“誤解”を背負わせたのかもしれない。だがそれが正しかったのか、今も自問しています」
ルキウス将軍は深く、深く頭を下げた。
【Tips:八英雄アストラード】
ソラリス帝国建国の英雄のひとり。
調整役として名を馳せつつ、神速の戦技で敵を討った。
後世には「腹痛に耐えながら皆をまとめた」とも記されている、苦労人の英雄。




