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月の瞳は夢を見る。――異端のシスター巡礼記  作者: 佐倉美羽
賢者の英雄 メテウス

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第34話 正義って、誰のもの?

「太陽の国と影の国――正義は、どちらにあると思う?」


 メテウス様の問いが、頭の奥で何度も反響する。

 影の国は、敵。侵略者。ずっと、そう教えられてきた。帝国に生まれた者として、それを疑うことなんて一度もなかった。

 でも――。


「私たちが……簒奪者さんだつしゃの末裔……?じゃあ、本当の“悪”は、太陽の国だったってこと……?」


 そんなこと、信じたくない。けど、否定もできない自分がいる。


「す、少し休憩しませんかっ! 情報量が多すぎて、頭がぐるぐるしてきて……」


「もちろん。ディスプテリウムは本来、カフェでの談義が理想なんだ。受付のエルゴ氏に頼めば、きっとお茶を用意してくれるよ」


「……ありがとうございます!」


 私は一礼して、書斎の扉をそっと開けた。


 ◇


 扉を静かに閉じて、胸の前で手を組む。


(――戦士よ、加護を……。この混乱を、静めて)


 祈りとともに、張り詰めた心が少しずつほぐれていく。凍りついていた背筋に血が通い、重くのしかかっていた思考の霧が、ゆっくりと晴れていった。


「……はぁ……。ふぅ……」


 深呼吸を一つ。すると、さっきまでの混乱が嘘のように落ち着いていった。


「……シスター?どうかなさいましたか?」


 声をかけてきたのは、受付の老紳士。胸の名札には『エルゴ・トファイオス』とあった。


「あっ、いえ。ただ……お茶が飲みたくて」


「それは良いことです。今、お淹れしますね」


 にこやかな笑顔でエルゴさんは立ち上がり、奥へと消えていった。

 その間、私は自分の思考を整理しようと顎に手を当てる。


 メテウス様は八英雄のひとり。つまり帝国の正義の象徴……のはず。それなら、こんな危うい問いを私に投げかけるなんて、どうして?


「……お待たせしました。お茶、入りましたよ」


「あぁ、ありがとうございます!」


「なにかお悩みでしたら、この老骨でも力になれるかもしれません」


 一瞬、迷ってから、私は口を開いた。


「“生きるためにリンゴを奪った者”と、“それを暴力で取り返そうとする者”、どちらに正義があると思いますか?」


「ふむ……。その例でいえば、どちらにも非があるように思いますな」


「……えっ?」


「話し合いがなかった点ですよ。対話も合意もないままに衝突してしまえば、そこに本当の正義なんて生まれませんからな」


「……なるほど。ありがとうございます」


 対話なきところに、正義は存在しない――。


 メテウス様の言葉が、再び脳裏をかすめる。

 “語りえぬ問い”の先へ、いっしょに踏み込んでみようじゃないか。


 私はお茶を片手に、もう一度書斎へと向かった。


 ◇


 書斎に戻ると、メテウス様が止まり木のように椅子で羽の毛づくろいをしていた。


「やぁ、ライラ君。落ち着いたようだね?」


「はい。お茶もいただいて、少し頭が整理できました」


「それは良かった。あのエルゴさん、実はお茶にこだわりがあるんだ。こっそり楽しんでいるらしいよ」


「ふふ、そんな感じでした」


 メテウス様が机の上にぴょんと飛び乗った。

 その仕草ひとつにも、どこか気品と親しみを感じる。


「それで? 考えは深まったかい?」


「はい。さっき、エルゴさんにも似たような質問をしてみたんです」


「ほうほう、彼はなんと言っていた?」


「正義は対話や合意がなければ語れないと。どちらにも非があるとおっしゃっていました」


「なるほど、彼らしい意見だ。でも“どっちも悪い”で終わるのは……本当の解決にはならないね」


「影の国とは……話し合うことは無理なんですか?」


「難しいだろうね。彼らにとって我々は、“土地に縛られた弱者”だからさ」


 そうか……だからこそ、争いは絶えない。

 私はうなずいた後、お茶に口をつける。やさしい味が心をほぐしていく。


「それで、考えたんです。そもそも、正義って……なんなんでしょうか?」


「ほう、それは良い問いだね!」


「メテウス様は、どうお考えですか?」


「私はね、“遠くから公平に見ている誰か”が納得するかどうか。そういう目線で判断するのが、正義のひとつだと思う」


「公平な……観察者?」


「そう。どちらにも肩入れしない立場から見たときに、どう見えるか。それが一番フェアなんじゃないかな」


 なるほど……絶対的な視点、か。でも私は帝国で育ったから、どうしてもその視点を持つのが難しい。


 でも――。


「考えをまとめながら、話してもいいですか?」


「ぜひ、聞かせてくれ」


「ありがとうございます。それでは……」


 ――。


「まず、“太陽の国が正義”という立場で考えた場合、確かに帝国は過去を隠し、真実を伏せてきた。でもそれは、帝国の平和と秩序を守るための行動だったとも言えます」


「ふむふむ」


「一方、“影の国が正義”だとすれば、失われた土地と歴史を取り戻すために戦うのは、当然の権利。ですが、今を生きる私たちが、祖先の罪によって裁かれるのは……とても受け入れられません」


「続けて」


「となると、どちらにも非がある、または正義があるって話になりますけど……それじゃ何の答えにもならない。最後には“正義なんて幻想だ”って結論になってしまいます」


「……それは、悲しい答えだね」


「だからこそ思うんです。正義を“誰かのもの”と決めてしまうと、必ずどこかに歪みが出る。片方が正しければ、もう片方は必ず悪になる。その構図では、いずれ行き詰まるだけです」


「……」


 私は、決意するように言葉を放った。


「この問いかけ……罠じゃないですか? だって、どの答えも、必ず反論ができてしまう。メテウス様が問う“正義”って、いったい誰のためのものなんですか?」


 静寂が落ちる。


(……やっちゃったかも)


 でも、この方なら、きっと怒らない。そんな確信が、なぜかあった。

 そして、メテウス様は小さく羽を揺らして、静かに答えた。


「今……そして、未来に生きる人たちのため、だよ」


 その言葉には、確かな“意志”が宿っていた。


【Tips:防人の証】

 “防人ガルガン”の力を宿す、月の巡礼者の神秘。

 その加護を受けし者は、恐れや不安を乗り越える“勇気”の力を宿す。

 勇気とは、恐れを知らないことではなく――恐れに打ち勝つ、心の力そのものだ。

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