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月の瞳は夢を見る。――異端のシスター巡礼記  作者: 佐倉美羽
賢者の英雄 メテウス

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第33話 それでも、“正義”を語ろう

「さて、議題はもう決めてある。“正義”とは何か。……これでいこうか」


 メテウス様がそう言った瞬間、空気が少しだけ重くなった気がした。


「……わかりました。メテウス様」


 静かにうなずいた。机の上でこちらを見上げているのは、聡明なフクロウの姿をした大賢者――メテウス様。その眼差しは深く、どこか人間のそれよりも鋭い。


「正義、ですか……」


 正義――それは、私たちが日々、祈りの中で口にする言葉。でも、いざ向き合おうとすると、まるで霧のように正体をつかませてくれない。誰もが正しいと思いながら、すれ違うのがこの言葉の厄介なところだ。


「それじゃ、ライラ君。質問だよ。影の国――ネブラシス族は、どうして我が帝国に攻めてくるんだと思う?」


「……はい。ネブラシス族は風のように生きる遊牧民です。定住を嫌い、奪うことで生きる。だから、土地に根ざす我々を“弱者”と見なし、狙ってくるのです」


「さすが、ソル・アルカ教の優等生らしい回答だね」


 メテウス様の返しに、胸の奥がチクリと痛んだ。何か……違和感がある。


「……他に理由があるというのですか?」


「あると思うよ。というか、“本質”が、そこに隠されてる」


「……本質、ですか?」


「彼らはね、“取り返し”たいんだよ。“聖地”を。この中央の大地(中央アルメティア)を」


「……とり、かえす?」


 あまりに意外すぎる言葉に、口が自然と開いた。


「え、でも……それって……」


「うん。つまり、我々が“奪った”ってことさ」


 目の前がグラリと揺れた。太陽の国――私たちの祖国は、悪なんですか? 正義は、向こう側にあるんですか……?


「太陽の国、ソラリスはね。覇王や予言者が活躍した“その前”の歴史が、ほとんど残ってない。牧歌的に生きていた……っていう記録はあるけど、それだけなんだ」


「何が言いたいのですか……?」


「じゃあ、私の仮説を言おう。私たちは、“月の国ルナリア”からの移民だよ。あの、アルベド山脈の奥深くに存在していた、幻の国から来たんだ」


「そ、そんな……!」


 まるでおとぎ話じゃないですか……! でも、メテウス様は冗談を言うような方じゃない。ましてや、私にこんな話をする必要もない。


「じゃあ、中央アルメティアは……もともとネブラシス族の土地だった……?」


「うん。そして、我々の先祖が奪った。戦争は侵略じゃない、“奪還戦争”だった。……そういうことだよ」


 私は……声が出なかった。

 心がぐらぐらと揺れている。


「でも、それは仮説でしょう!? 確かな証拠なんて……!」


「あるよ。瞳の色がその一つだ」


 メテウス様は翼で自分の顔を少しだけ隠して、じっと私を見つめた。


「ソラリス帝国の民は様々な瞳を持っている。黒、茶、緑、蒼、そして金……でも、ネブラシス族は白一色だ。そして我が帝国に、白い瞳の者は……いない。なぜだと思う?」


「……っ、それは……太陽神に背いた、罪人の証だから……です」


 自分で言っておいて、胸が痛くなった。


「思ってもないことは言うもんじゃないよ、ライラ君。でも、瞳だけじゃあ不十分だ」


 メテウス様の声は優しかった。だけど、だからこそ辛かった。


「で、私はこう考えた。他に証拠が見つからないなら、“証拠の方に来てもらおう”ってね」


「……どういうことですか?」


「この“メテウス大図書館”を作ったのさ。世界中のあらゆる知を集めるために。そして、見つけたよ。月の国からの移民である証拠を口伝する集落を」


「そ、そんな……でも、物的証拠は……?」


「壊されてたよ。ほとんど。でも、口伝は生きてた。ノクタリカ州の奥、戦火の届かない集落に。彼らの話は、聖地の伝承と一致していた」


 それだけじゃない。メテウス様は続けた。


「アルベド山脈の地質調査から、もともとここは地続きだったことが分かってる。つまり、月の国の民が歩いてこられる距離だったってことだ」


「……そんな……」


 証拠が、理屈が、すべてを覆していく。


「で、私の結論はこうだ――」


 メテウス様の声は静かだった。


「月の国、ルナリア。未来を視る“月の瞳”と“太陽の瞳”で繁栄したが、力の濫用が天変地異を呼び、滅亡寸前に至った。彼らは中央アルメティアに移住しようと決めた。……交渉したかは分からないが、結果的に戦争となり、“聖地”を奪った。そうして私たちの今がある」


 私は、何も言えなかった。ずっと信じてきたものが崩れ落ちていく音がした。


「……そんな話、どこにも書いてなかった! メテウス様の論文は読んでます!全部!」


「書けなかったのさ。エルに“帝国の正当性”を揺るがすと禁書指定されてしまってね。論文は焚書対象。でも、私は隠したよ。……正義を問うには、まず真実を知らなきゃ」


 そして、メテウス様は机の上で羽を広げて言った。


「さあ、ライラ君。改めて問い直そう。太陽の国と影の国――正義は、どちらにあると思う?」


 ……答えられなかった。

 崩れていく信念の中で、私はただ、天井を見上げていた。

【Tips:戦士の証】

“戦士ディオネス”の力を宿す、月の巡礼者の神秘。その加護を受けた者は、荒れ狂う感情を強制的に沈める“安静”の力を得る。

 狂戦士は、自らの力に溺れた末にそれを克服し、真の強さを得たという。


【Tips:メテウス州】

 ソラリス帝国北部、知と秩序の国。梟と天秤を象徴とし、文明をもたらした八英雄メテウスの地。かつて“仙女”とも呼ばれたメテウスだが、その神話性は現代科学により見直されつつある。

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