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月の瞳は夢を見る。――異端のシスター巡礼記  作者: 佐倉美羽
防人の英雄 ガルガン

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第31話 “未来を選ぶ”ということ

「……オレ、滅びの予言って、どこかで“間違い”だったらいいって思ってたんだ。でも……」


 夕暮れのオルソ霊廟。その奥で、ガルガンさんの声はかすかに震えていた。

 私は言葉を返せなかった。

 彼の話をここまで聞いてきて、私は感じていた。

 彼は心から“八英雄”たちを、覇王を、そしてエル・セフィア――“予言者”を、尊敬しているのだ。

 だからこそ――その予言者が、自らの手で世界を壊そうとしているなんて、到底信じたくなかったのだろう。


「アラヴ様が病で亡くなったのは知ってたさ。でも……それがエル様の予言だったなんてな……」


「……ゼルヴァ様が、徹底的に隠したのです。きっと、予言者としての名誉を守るために……」


「だけど、それじゃあエル様が……報われねぇじゃねぇか。何のために戦ったんだ……!」


 ガルガンは大きな手で頭を抱え、声を詰まらせた。

 その姿は、ただの“武の英雄”じゃない。傷ついた仲間を案じる、一人の人間だった。

 私は、彼にかけるべき言葉が見つからず、ただそっと見守っていた。


「……でもよ、滅びの予言に抗うってのは……エル様の“想い”を否定することになるんじゃねぇか?」


「……え?」


 思わず聞き返してしまった。


「誰かの未来を変えるってのはよ……そんな簡単なことじゃねぇ。何かを選ぶってことは、きっと誰かの未来を……奪うってことなんだ」


「未来を……奪う……?」


「例えばさ、負けるはずの戦いで勝っちまったら……本当は勝つはずだった“誰か”の未来を、奪っちまうことになるだろ?」


 私は息を呑んだ。

 そんな風に“未来”を考えたことなんて、なかった。


「……でも、それって、生き延びるためには仕方ないことじゃ……」


「正しいか間違ってるかは、オレにもわかんねぇ。けどな……死んでいった人たちの絶望や、誰かの涙を“なかったこと”にしちゃいけねぇよ」


 言葉が胸に刺さった。

 未来を変えることで、誰かの“生”を守ることはできる。

 そのことにばかり目を向けて、犠牲のことは、見ないふりをしていた。

 気づいたとき、自分が持つ“未来視”の力が、少しだけ怖くなった。


「エル様は……きっと償おうとしてるんだ。帝国が奪い続けてきた未来……その罪を」


 沈黙が落ちた。

 私は、ただレオンを守りたかっただけだった。

 未来を変えることで、災厄を遠ざけて、誰かを救えるなら――それでいいと、思っていた。


 でも……ガルガンの言葉が、心に刺さる。

 未来を変えるってことは、誰かの未来を奪うことでもある。

 そのことを無視して、“正義”を語っていいのだろうか?


 心が、揺れた――。


「……でも、それで今を生きてる人たちの“希望”まで切り捨てていいわけがありません」


 そう、私は言った。気づいたら、言葉があふれていた。


「抗うべきです。滅びの予言に。エル・セフィアの絶望を否定せずに、しっかりと胸に刻んで……!」


 滅びを描いた予言は、エル・セフィアと覇王の“想い”の結晶。それに背を向けることは、たしかに裏切りかもしれない。


 でも——


「選ぶということは、希望と絶望の両方を抱えたまま、それでも歩いていくってことだと思うんです……!」


 私たちは、生きている。

 なら、選ばなければならない。生きるために、進むために。


 死者の想いと、生きる者の未来。どちらかを選ばなければならないとしたら――


 私は、生きる者の未来を、守りたい。

 それがたとえ、重くて、苦しくて、誰にも認められなくても――。


「……そうだな。アラヴ様だって、エル様にそんな顔させたくなかったはずだよな……!」


 ガルガンはそっと、私をその大きな手で包み込むように抱きしめてくれた。


「ライラさん……お願いだ。エル様を止めてくれ!オレには……もう、できねぇんだ……!」


「……はい!」


 静寂が戻ったオルソ霊廟に、静かな意志だけが残った。


 ——優しき防人、ガルガン。戦いを嫌い、すべてを守るために戦った英雄。

 彼との対話は、私の心を強く、まっすぐにした。


 私は、滅びの予言に抗う。レオンを、みんなを救う。

 その選択に、もう迷いはなかった。


 夕日が差し込む中、私はガルガンさんの甘い蜂蜜の匂いと、もふもふの温もりを胸いっぱいに吸い込んで、静かに霊廟をあとにした。


 ◇


 外に出ると、夜の帳が降り始めていた。


「……刺客よ。闇を見つめる目を私に」


 私はゼルヴァの力を借りて、階段を下る。

 本当は、ガルガンさんが“泊まっていけ”と言ってくれたけれど――

 できるだけ早く、ウルサの街に戻りたかった。

 ノクタリカの力があれば、迷うこともない。


「……私、どんどん人間やめてきてる気がするわね」


 苦笑いしながら見上げた夜空は、月の光が優しく照らしていた。


 次に向かうのは、メテウス州——叡智と学問の都。


 “仙女”と呼ばれた戦術の天才、賢者メテウス。私がもっとも会いたかった八英雄。

 彼女のいる場所も、ガルガンさんが教えてくれた。


《メテウスさんはたぶん、大図書館の書斎にいるんじゃないかなぁ?あそこが自分の“城”だって言ってたし》


 帝国最大の知の殿堂・メテウス大図書館――その扉の先で、彼女は何を思い、何を守ってきたのだろうか?


 私は期待と不安を胸に、階段を慎重に下りていった。

 闇のなか、月明かりが、私の道を照らしていた。




【Tips:歌姫の証】

 “歌姫オフィリア”の力を宿す、月の巡礼者の神秘。

 その加護を受けし者は、聞き、見て、感じた者の胸を打つ“表現”の力を得る。

 自分自身との対話によって生まれた真の芸術は、人の内面のずっと深いところに届くのだという。


【Tips:八英雄メテウス】

 ソラリス帝国創成の一人。戦術の天才と呼ばれ、予言者エル・セフィアと共に覇王アラヴを補佐した。

 一部では“仙女”とも称されたが、実際は高い分析力と観察眼を持つ、極めて理性的な戦略家だったと記録されている。

 自然現象を“操った”という逸話も、全ては科学的観察と計画に基づいていたらしい。

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