第30話 ライラの冒険
「それじゃあ、続きのお話をしてもよろしいですか?」
私がぴしっと正座して話し始めると、ガルガンはモフモフの体を揺らして頷いた。
「おう、よろしく頼むぞ!」
咳払いひとつして、私は膝をポンと叩いた。
「では、次の巡礼地は……花と蝶の都、オフィリア州ペリストラ! なんと私、ここで……歌手デビューすることになりました!」
「え!? ライラさんって、そんなに歌上手いのか?」
「……いえ、自他共に認める音痴です」
「それでデビュー!? どういうこと!?」
「それがですね、司教様に“ビビッときた”とか“運命を感じた”とか、正直よくわからない理由で推薦されまして……。もう恥ずかしさで巡礼どころじゃなくなるかと思いました」
「はは、でも結果的に歌ったんだろ? どうやって乗り越えたんだ?」
「そこで出会ったのが、オフィリア様……もしかしたら、ですが」
「もしかしたら?」
「はい。実は懺悔室で声だけで出会ったのです。私、そのときまでオフィリア様ってもっと大人のレディだと思い込んでたんですよ。だけど聞こえてきたのは、どう考えても少女の声でして……」
「あー……それ、村娘のときのオフィリアさんだ」
「彼女の教えの中で一番印象的だったのが、『もっと歌を楽しむことっ♪』でした。私、人前で歌うのが辱めだと思ってたんですけど……それを見抜かれちゃって」
「辱め、って言ったらさすがに言いすぎじゃ?」
「ふふっ。でもそれくらい本気で恥ずかしかったんです。けれど、彼女の歌を何度も聞いて、真似して、間違った音を直していくうちに、だんだん楽しくなって……。歌って、心で奏でるものなんですね」
「おぉ、歌は心……!」
「そうして迎えた一夜限りのステージ。最初で最後の歌姫として、精いっぱい歌い上げました。気づけば、舞台に“歌姫の証”の花が咲いていたんです」
「ライラさん、すごいじゃないか!」
「ありがとうございます。でも、それだけじゃないんです」
私の視線は遠く、あの光景を思い出す。
「ペリストラを旅立とうとしたその時、花畑を舞う蝶“ベリスカ”が、まばゆい光をまとって踊っていたのです。あの美しさ……まさに“光の舞踏会”でした。オフィリア様が“まことの花”と呼ばれる理由が、あの瞬間、わかった気がしました」
「オフィリアさん、サプライズ好きだからなぁ……」
「その後、私はディオネス州へ向かいました。そこでは、英雄ディオネス様から試練を与えられました。“この剣を抜いてみよ”と」
「剣を……? 力試しか?」
「そう思いましたが、どうやらそれだけじゃなかったんです。私は剣闘士たちの試合を観戦したり、人気選手ゾーイ=ジ=ディオネスさんに強さの秘訣を学んだりしました。そして気づいたんです。私には“怒り”が足りないと」
「怒り……?」
「私は、怒りを表に出すことを恥だと思っていました。けれど、ディオネス様はそれを“剣を錆びつかせたままの戦士”だと感じたのでしょう。繰り返し、“弱き者”と罵られて……とうとう私、カチンと来ちゃって」
「おおお……」
「その怒りを剣に込めて握ったら――スポンッと、抜けたんです」
「抜けた! やった!」
「ええ。そして言ってやりましたよ。“私は、あなたのことが嫌いです”と」
「アッハッハッ!エル様もよく言ってた!」
「そこから、怒りとは何か――向き合うための話をしました。ディオネス様は、ただの狂戦士ではありません。若い頃はそうだったらしいですが、今は理性を備えた、静かな炎のような方でした」
「……そうだな、昔は怖かったけど、今は落ち着いてるよな……」
「そして、彼はとても重要なことを教えてくれました。“ザラド・ロメロが謀反を企てている”と」
「……!」
「ザラドが、帝国を脅かす存在かもしれない。そう伝えられた私は……ただの旅人に過ぎないけれど、どうしたら良いのか悩みながらも、防人ガルガンの元へたどり着いたのです」
話し終えて、私は深くお辞儀をした。
「以上が、私、ライラの冒険譚でございます」
「すごい! 大冒険だったな!」
ガルガンが両手でぱちぱちと拍手をする。その姿は、まるで巨大なぬいぐるみが拍手してるみたいで、ちょっとかわいかった。
ふぅ……話し疲れちゃった。頭がぼーっとする。
「じゃあ、オレからも面白い話をしてやる!」
「面白い話、ですか?」
「実はな……エル様とアラヴ様、付き合ってたんだぜ!」
「――は、はいっ!?」
「ライラさんとレオンくんに似てるなぁ」
「そ、それって……本当なんですか!?」
「おう!本人たちは隠してるつもりだったけど、オレの目はごまかせねぇ!」
信じられない。
もしそれが本当なら、アラヴは愛する人の予言によって死を選んだことになる――。
エル・セフィアは愛のために予言の力を使い、そしてその力で……最愛の人を殺してしまった?
“……たぶん、“復讐”だと思う。詳しくは……あたしも知らないけど”
ノクタリカの言葉が、私の中で冷たく反響する。
「……心中」
「ん? なんだって?」
「エル・セフィアは……覇王の魂、帝国そのものと、心中するつもりで予言を遺したのかもしれません……」
「……なんだって?」
神聖な静けさが、オルソ霊廟を満たす。
その中で、一人と一頭――私とガルガンは、ただ黙って、その重さを噛みしめていた。
【Tips:刺客の証】
“刺客ゼルヴァ”の力を宿す、月の巡礼者の神秘。
その加護を受けた者は、光ひとつない深淵の闇を歩く“暗視”の力を得る。
闇を直視し、恐怖と共に歩むことこそが、本当の意味で“生きる”ということだ。




