第29話 巡礼の記憶
「それじゃ、ちょっと失礼して……」
私は正座して背筋を伸ばし、小さく咳払いをする。
ここはオルソ霊廟。ひんやりとした空気が満ちる神聖な場所で、私と――一巨大な熊が向かい合って座っていた。
「わくわく……!」
その熊、ガルガンさんは目をキラキラさせながら、次の言葉を待っている。まるで子供みたい。
私は、ぴしゃりと自分の膝を叩いて語りはじめた。
「旅の始まりは、そう――“光るコウモリ”こと、ノクタリカ様からの突然の声かけでした」
「ノクタリカさん!ライラさんのご先祖様だね!」
「ええ。目覚めたばかりだったので“誰っ!?”と叫んでしまいまして。そしたら“ひひぇえ、お構いなく!?”と。お互いにびっくりしてパニックになってしまいました」
「ははっ、それノクタリカさんっぽい」
「それから、“これはきっと悪い夢だ”と思って、もう一回寝ようとしたんです。でもノクタリカ様が必死に頼んでくるので、つい負けてしまい……。目をこすりながら巡礼の旅に出ることにしたんですよ」
「うんうん、頑張ったんだなぁ~ノクタリカさん」
「それからというもの、もう艱難辛苦の連続でした。最初に向かったのはラメルダ州。聖獣セルヴァリスを探しに東の森へ――ですが、そこで私の不幸が始まったのです」
「な、なにがあったの……?」
「森に入って少し進んだあたりで、ガサリという音がして振り返ると、空腹そうな犬が二匹……。慌てて森の奥に逃げ込んだのが間違いでした。すっかり道に迷ってしまい、遭難状態です」
「うわぁ、ヤバいやつだ……!」
「《《そうなん》》ですね。しかもその森に入ったのは、ラメルダ卿の息子・ノールさんを探すためだったのです。もうどうしようもなくて泣きそうになっていたとき、遠くから手を振る人影が! ノールさんでした!」
「おおっ!グッドタイミング!」
「でもその犬、実は猟犬でして。私は知らぬ間に狩場に入り込んでたらしくて……。なんと、七歳の少年にめちゃくちゃ怒られてしまいました……恥ずかしかったです」
「それはキツい……」
「それから何故かノールさんと一緒にセルヴァリス狩りに行くことになりまして。しばらく待っていると、ついに現れたのです。角の冠を戴く森の王――セルヴァリス。圧倒される美しさと威厳でした」
「うおお……!」
「ノールさんは冷静に弓を構え、矢を放ちました。その瞬間――矢はまるで雷みたいに一直線に飛びましたが……」
「……まさか?」
「セルヴァリスはその角で、矢を叩き落としたのです!ノールさんは“なんでやねん!”と叫んでいました」
「やばすぎる……セルヴァリス、強っ!」
「ノールさんは悔しそうに走り去ってしまい、私は一人ぽつんと残されました。そこに現れたのが……光をまとったセルヴァリス――ラメルダ様でした」
「出た!お茶目なラメルダくん!」
「ラメルダ様は私に“ノールに狩りのコツを教えてやってくれ”と頼み、“汝、水に習え”と伝えて欲しいと……。私は快く承諾し、その言葉をノールさんに伝えたのです」
「ノールくんはなんて?」
「“なんかピンっときたかも”と……。結局、狩りは失敗でしたが、彼は晴れやかな表情でした。そしてラメルダ様から巡礼の証をいただいたのです」
「ふぅ~……一件落着っ!」
「次に向かったのは、ゼルヴァ州の教会。刺客ゼルヴァ様との出会いです。これはもう、恐怖との戦いでした」
「恐怖って……?」
「まずは暗闇。真っ暗な階段を、頼りない松明ひとつで下りるんです。どれだけ進んでも終わらない、心が折れそうな長い階段。その先には……重い石扉」
「ごくり……」
「開かない扉を見まわすと、小さな穴が……。“手を入れろ”と本能が告げます。そろそろと差し込んだ瞬間――」
「……まさか?」
「ガブッ! 毒蛇に噛まれました」
「ぎゃあああああ!」
「何とか扉を開けて進んだ先には、夜光石が美しく輝く部屋。でも私は熱にうなされ、腕は腫れ上がり、立っているのもやっとでした。まさに死を覚悟したその時……現れたのです。青い蛇、ゼルヴァ様が」
「やっぱりいたか……!」
「ゼルヴァ様は短剣のように鋭い方でした。そしてこう聞いたのです。“なぜ、滅びの予言に抗いたい?”と」
「“生きたいから”じゃダメなのか……?」
「それも考えましたが、違いました。私が守りたいのは……“私の夢”。それは、太陽の瞳を持つ少年――レオンのことだったんです」
「わぁ。好きなんだね、レオンくんのことが」
「そ、それは置いておきましょう……!ともあれ、私の答えが気に入ったのか、ゼルヴァ様は巡礼の証をくださいました」
「ゼルヴァさんは、本当は優しい人なんだよ。ノクタリカさんとも仲良しだったし!」
「ええ。それは強く感じました。ご本人は否定しそうですけど」
「違いねぇや!」
「これで、証は三つ。ガルガン様の元にたどり着くまで、ちょうど折り返し地点です。少し、休憩なさいますか?」
「おう!頼むぞ!」
「それでは、しばし休憩といたしましょう」
私は軽く礼をして姿勢を崩した。
ガルガン様は、その後も昔話を楽しそうに語ってくれた。オルソ霊廟には、静かな笑い声が優しく響いていた。
【Tips:狩人の証】
“狩人ラメルダ”の力を宿す、月の巡礼者の神秘。
その加護を受けし者は、「最も探すべき対象」――人・物・動物、あるいは“強い魂”を追う“追跡”の力を得る。
思索とは、悩むことではない。まず動くこと。手でも、足でも、頭でも。
―それが“考える”ということの本質だ。




