第28話 モフモフの出会い
ガルガン州のど真ん中にある、城塞都市ウルサ。
ひときわ広い大通りには活気あふれる人々が行き交い、町の中心――巨大な岩山を削って造られた砦が、その背後にドーンと構えている。まるで街全体を見下ろすかのように。
ソル・フォルジア州教会は、その砦に向かう石段の中腹あたりにあった。
私は祈りを終え、白く美しい礼拝堂の外に出ると、ウルサの街を一望できる場所に立った。
――狩人よ、私を防人ガルガンのもとへと導いてください。
そっと目を閉じて、そう祈る。
優しい風が頬を撫で、街を越えて、ずっと先のアルベド山脈へと吹き抜けていった。
◇
街を出てから、整備された山道を黙々と歩き続ける。ようやく山の麓にたどり着いたところで、思わずつぶやいた。
「……これは、ちょっと、骨が折れるわね」
目の前にそびえる、果てしない石階段。岩肌を削って作られた、天へと向かう道。
巡礼者として帝国中を歩き回ってきた私でさえ、思わずたじろぐレベル。
水筒の水をひと口飲み、少し足を伸ばして深呼吸をする。
「よし……行くとしますか」
覚悟を決めて、私は石段を登り始めた。
……。
風が心地よい。階段を上るごとに、喧騒は遠ざかっていく。気づけば、ウルサの街全体が見渡せる高さに来ていた。
(ネブラシス族との戦いの最前線……ここは、戦地なんだわ)
国境線沿いに建てられた監視砦が点々と見えるその風景に、改めて現実を突きつけられる。
「ふぅ……あと少し……」
人混みの中よりも、こうして一人で登っている方が、なんだか落ち着く。むしろ、少し楽しいくらい。
背中を押してくれるような風に励まされながら、私はひたすら階段を登る。
ザラド・ロメロの反乱、エル・セフィアの予言、レオンとの出会い――思考は渦を巻く。でも、今はただ、登ることだけに集中した。
◇
頂上が見えてきた……そのとき。
「……グガぁー……スー……」
――え、いびき?
しかも、でかい。山全体に響き渡るような音。
まさかと思って駆け足で階段を登りきると、目の前に広がるのは壮大な霊廟だった。遠くからは見えなかったその全貌。屋根の飾りがいくつも立ち並び、細かい彫刻が壁を埋め尽くす。まるで芸術品のような建物だ。
振り返ると、大地と空のコントラストが美しく、はるか彼方に小さく海が見える。
ここはオルソ霊廟――八英雄のひとり、防人ガルガンが眠る場所。
……なのに。
「……う、うるさ……。なんて大きないびきなの……」
静謐さとは真逆の騒音。いびきの主を突き止めるべく、私は霊廟の中へ足を踏み入れた。
◇
石扉を押し開けると、冷たい空気と、温かな光に包まれた空間が広がっていた。
天井から差し込む光が彫刻の柱を照らし、まるで異世界の神殿のよう。
本来なら、奥にガルガンの墓があるはず……だった。
けれど――そこにいたのは。
「……見つけた……ガルガン様……」
熊だった。いや、正確には“熊という生き物を超越した巨大熊”。
その体は精緻な彫刻のようにぎっしり詰まり、何より――
「グガァアアア……ヒュー……」
……寝てた。
「あ、あのっ! ガルガン様ですよねっ!?」
「フゴッ!? んあ~? だれだ~?」
ガルガンが顔を上げた瞬間、視界は熊の顔でいっぱいになった。もふもふの毛に、ふわっと広がる甘い蜂蜜の香り。
「私はライラ=ロ=ノクタリカです。月の瞳の巡礼者です!」
「おぉ~! オレはガルガン!このへんの防人だぁ!よろしくなぁ、ライラさん!」
もふっ。
いきなりモフモフの両手で抱きしめられ、ガルガンの額に頬を押しつけられた。
きもちいぃ……じゃなくて!
「よ、よろしくお願いします!……できれば、離して……もらえますかっ……!」
「おお、ごめんよぉ。よく来たなぁ、ライラさん!」
ぱっと手を離すと、ガルガンは満面の笑みを浮かべた。
「……ありがとうございます、ガルガン様」
私は体勢を整え、咳払いを一つ。真剣な声で話を切り出した。
「私は、予言者エル・セフィアの滅びの予言に抗うため、巡礼の旅をしています。どうか、ガルガン様の力をお貸しください」
これまでの英雄たちは、みな一筋縄ではいかなかった。きっと彼も、何かしらの試練を――。
「もちろんだぁ! オレの力で、この国の人たちを守ってくれー!」
……あれ?
突然、霊廟がまばゆい光に包まれ、私の髪飾りに六枚目の花びらが咲いた。
「これは“防人の証”!ここぞって時に踏ん張る勇気のしるしだー!これで月の瞳もパワーアッ……」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!? そんなに簡単に授けちゃっていいんですか!?」
思わずツッコミを入れる私。だって、あまりにあっさりしすぎてる――!
ガルガンは、首をかしげた。
「えぇ!? ライラさん、困ってるんだろぉ? オレ、なんかまずかったかぁ……?」
「ま、まずくはないのですが……これまでと比べて、あまりにも……簡単で……」
ゼルヴァやディオネス、ラメルダ、オフィリアの顔が浮かぶ。みんな、簡単じゃなかった。
「簡単……って、どういうことだぁ?」
「皆さん、試練やお願いをしてきました」
「えぇー!? 帝国ピンチなのにぃ!?」
……そんなこと言われると反論できない。
「そいじゃ……オレも試練みてぇなの出した方がいいかぁ~」
(今さら!?)
……もう、証もらっちゃったんですけど。
でも、そんなこと言える空気じゃない。
「お!思いついたぁ!防人ガルガンの試練を言い渡すぞぉ!」
「……はい」
「ライラさん!オレに、これまでの旅の話、聞かせてくれよ!みんな、元気だったか?」
にっこり笑う熊の瞳は、どこまでも優しくて――。
私は、自然と微笑んで頷いた。
【Tips:隠者の証】
“隠者ノクタリカ”の力を宿す、月の巡礼者の神秘。その加護を受けた者は、最後に安全だと感じた場所へと正しく戻る“帰還”の力を得る。
たとえ迷っても、帰る場所がある。その思いが、決死の一歩を支えてくれるのだという。
【Tips:八英雄ガルガン】
ソラリス帝国建国の八英雄のひとり。巨躯と怪力を誇る戦士で、大木を小枝のように折ると伝えられる。
影の国との戦いで瀕死のところを覇王アラヴと予言者エル・セフィアに救われ、忠臣となった。
元来は心優しい男で、戦いを好まなかったが、仲間が傷つくことには人一倍敏感だったという。




