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月の瞳は夢を見る。――異端のシスター巡礼記  作者: 佐倉美羽
戦士の英雄 ディオネス

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第25話 闘技場の女王

薄暗く静かな廊下を、私はひとり歩いていた。

その先には、まばゆい光が溢れていて――私は、迷わずその光の中へと足を踏み入れた。

まぶしさに思わず目を細める。

やがて視界が慣れてくると、そこには――雲ひとつない青空と、円形の闘技場〈コロッサス〉が広がっていた。


「……広い……!」


思わず、そんな言葉が口をついて出た。

まるで町ひとつがすっぽり入るような広さ。

しかも、観客席はすでに満員で、まるでお祭りでも始まるかのような熱気に包まれている。


私は空いていた席に腰を下ろし、鼓動の高鳴りを押さえながら、試合の開始を待っていた。

もちろん、目当てはただ一人。

この地の領主にして、最強の剣闘士――ゾーイ=ジ=ディオネス。

 

 

「さぁさぁ、皆さまお待たせしましたぁあ!!」


観客席が揺れるほどのアナウンスが響き渡る。


「いよいよ本日最後の試合です! 登場するは、あの金色の猛獣っ!!

ゾーイ=ジ=ディオネスだぁああ!!!」


歓声が爆発する。まさに雷のような音だった。

ゾーイはその中を、大剣を肩に担ぎながら堂々と入場してくる。長い金髪が風に舞い、観客の興奮をさらに煽る。

その姿は、まさしく"闘技場の女王"そのものだった。


「続いて登場するは挑戦者!!元帝国軍の切り込み隊長!!

あの黎陽将軍と共に戦場を駆けた不撓不屈の勇士、ヴォルカー・バギンズ!!」


大きな槍を抱えた男が、重厚な甲冑を鳴らして現れた。

彼の名が呼ばれると、またしても歓声が巻き起こる。

二人の戦士が中央に立ち、じりじりと視線を交わす。


「勝つのは誰か!? 王者が防衛記録を更新するのか!? それとも新たな覇者の誕生か!! 最終戦、開始ッ!!」


そして、ゴングが鳴らされた――!

 

 

開始直後、ゾーイが咆哮のごとく駆け出す。大剣を軽々と振るうその動きは、まるで剣が身体の一部になったかのようだった。


対するヴォルカーは堅実に受けるも、防戦一方。攻めきれない。

激しい剣戟、鋭い踏み込み、飛びかかり――野獣同士のぶつかり合いのような応酬が続く。


そして、転機は突然やってきた。

ゾーイの大剣が宙を舞うと同時に、身体をひねって放たれた回し蹴り。ヴォルカーの腹に直撃し、彼は吹き飛ばされ、槍を落とした。


その瞬間、ゾーイはくるりと回転し、足で槍を拾い上げ、空中から掴み取る。観客からどよめきが漏れた。


そして槍を――投げた。


ヴォルカーは間一髪、小盾を前に出して受け止める。


「コォオンッ!!」


金属がぶつかる音が響き渡る。槍ははじかれ、空中で回転した。

ゾーイは口を小さく「ワーオ」と言い、地面に大剣を突き刺して、手招きする。

――次はお前が来い、と言わんばかりに。


ざわめきが広がる中、ヴォルカーは再び槍を掴み取り、突進した。

槍を突き、薙ぎ払い、振り下ろす。鋭い動きの連続に、ゾーイは小盾でしのぎながら跳び回る。獣のような柔軟さで死地をすり抜ける。


――でも、限界は近い。そう思ったその瞬間。


ゾーイが翻る。

ヴォルカーの突きを受け流し、槍を両手で掴んで引き寄せ、体勢を崩させる。

そして、裏拳。続けざまに、回し蹴り。


彼の身体がまたしても吹き飛んだ――!


受け身を取る間もなく、ゾーイが一気に距離を詰め、両足で飛び蹴りを叩き込む。

ヴォルカーは地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。


ゾーイは近づき、彼の兜を取り、頬を軽く叩いたが――反応はない。

そして、兜を高く掲げ、勝利の雄叫びをあげた。


「勝者ァァァ!! ゾーイ=ジ=ディオネス!! 王座防衛記録、更新ですッ!!」


――歓声が、雷のように響き渡る。


闘技場〈コロッサス〉は、歓喜の渦に包まれていた。

この場はまさに――ゾーイという名の女王が支配する王国だった。

私は、叫んでいた。

何も考えず、ただ夢中で――。

 

 

試合後、私は近くの喫茶店に入って、紅茶を片手に興奮を鎮めていた。


(……凄かった……! こんな戦い、人生で一度見れるかどうかだわ……)


だが、私は思い出す。この試合を観に来たのは――八英雄ディオネスのことを調べるためだった。


(冷静にならなきゃ……)


そんなとき、隣の席から声が聞こえてきた。


「ちっ、これじゃ賭けになんねぇな。あの女、無敵すぎるんだよ」


……ん?


「ホントだよ。ディオネスに賭けて勝つだけじゃ、盛り上がらねぇんだよ」


テーブル席に座る二人の男の会話が耳に入った。――違法賭博だ。

さぁ、どうしたものか……

私は立ち上がり、彼らの席へと歩み寄った。


「失礼。さきほど、違法賭博の話をしていましたか?」


「……は? なんだよ、ただの修道女かよ。びっくりさせんなって。で、なに? 説教?」


二人は馬鹿にしたように笑ったが、私は毅然と名乗る。


「私はライラ=ロ=ノクタリカ。ノクタリカ州審問局所属の異端審問官調査員です。その態度、審問の際に不利になりますよ?」


空気が凍った。

喫茶店の店主は硬直し、他の客は目を見開いている。こそこそと逃げ出す者もいた。


「……証拠は?」


「こちらが身分証です」


ヴェルト司教の公印が刻まれた身分証を提示すると、彼らの顔色がみるみる青くなる。


「それでは、少しお時間をいただきます。……よろしいですね?」


「……はい……」


店は静まり返っていた。

チラリと横を見る。店主は汗だくで祈っていた。ごめんなさい。

私は自分の席から紅茶を持ってきて、彼らの向かいに座った。


「お聞きしたいのは――ゾーイ=ジ=ディオネスが、なぜあれほど強いのか。その理由です」


無言の圧が場を包む。

二人は、互いに驚きの視線を交わした。

私は静かに、しかし微笑みを浮かべて、彼らの言葉を待った。


【Tips:ディオネスオオカミ】

ディオネス州の固有種であり、州獣。

高い社会性を持つが、オスは幼いうちに群れから追放される。生き延びた者だけが、他の群れのリーダーとして君臨する。

その進化の過程と孤独な生存競争は、ある人物の歩みにも――重なるのかもしれない。


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