第24話 剣の丘に眠るもの
「やっぱり、ここにいらっしゃいましたか。ディオネス様。私はライラ=ロ=ノクタリカ。月の瞳の巡礼者です」
場所はガレリアの街から少し離れた、海を見下ろす高台。
無数の剣が突き刺さるその丘は、戦没者を祀る“剣の丘”と呼ばれていた。
その中心に、ひときわ大きな剣がある。巨大な一振り――孤狼の大剣。
そしてその傍ら、黄色い光をまとった大きな狼が、まるで剣を守るように、悠々と眠っていた。
「……静寂はいい。主の脛の流れもよく聞こえる。生の音だ」
低く、穏やかな声。狼はゆっくりと顔を上げ、私を見つめる。
「いかにも。儂がディオネスだ。……待ちくたびれたぞ、巡礼者」
――これが、“怒りと戦いの英雄”、ディオネス……?
鋭さをむき出しにしていたゼルヴァとはまるで違う。
声には老練な落ち着きがあり、しかしその存在は、空気ごと張り詰めさせるような威圧感を持っていた。
「ディオネス様。私は、エル・セフィアの滅びの予言に抗うため、帝国中を旅しています。どうか、あなたのお力も貸していただけませんか?」
私は、真剣にそう願った。
すると、ディオネスは視線を剣へと向け、静かに言う。
「……そこの剣を抜け。弱者に儂の力は与えぬ」
鼻先で示されたのは、地面に突き刺さった一本の直剣。
どこにでもありそうな剣で、装飾もない。しかも、ひどく錆びついていた。
私は剣の前に立ち、柄を握りしめ、力を込めて引く――
……が、まったく動かない。
「ッ……くぅ……!」
渾身の力を込めて、脚から腰、腹、腕へと連動させるように引っ張る。でも、剣はびくともしなかった。
「カハッ……はあ、はあ……」
息が切れる。視界が揺れる。……ダメだ。まるで剣と地面がひとつになっているみたいに、動かない。
「その剣は、主と同じ“赦されざる者”が持っていた剣だ。それが抜けぬとは……残念だ。弱き者よ。早々に去れ」
……その言葉を最後に、ディオネスは再び目を閉じた。
どんなに話しかけても、もう反応はない。
私は、深く礼をしてその場をあとにした。
◇
港都ガレリアの市場は、昼下がりでも活気に満ちていた。
新鮮な魚、ラメルダ州からの野菜、ガルガン州の岩塩――威勢のいい呼び込みの声が響く。
でも、私はそんな喧騒のなかで考え込んでいた。
(……ディオネス、やっぱり簡単にはいかなかった)
あの剣……本当に抜ける気がしなかった。
そもそも、私の筋力でどうこうできる問題じゃない。
てこの原理を使う?……でも、それじゃダメ。きっと彼は“力”を問うていたんじゃない。
彼が言った“赦されざる者”。それが、この剣の鍵になっている?
(……ダメね。全然分からない。こういうときは気分転換でもしましょう)
私は宿とは反対方向へ歩き出し、露店をぶらついた。
波の音が心地よく、カモメの声も新鮮だった。
ノクタリカ州にはいないから、こういう雰囲気も悪くない。
でも――
「おい……てめぇ、今ぶつかったよな?」
「はぁ?ぼさっとしてたお前が悪いんだろ」
ガレリアは、表向きは賑やかで明るい港町だけど、裏通りではトラブルが絶えない。
今日だけでケンカを見かけたのは、もう三回目だ。
(まったく、穏やかじゃないわね……。帰りましょう)
私は絵はがきを一枚買って、宿へと戻った。
◇
部屋に入り、扉に鍵をかける。
ベールと太陽の聖印を机に放り投げ、ベッドに倒れこむ。
(……まず、巡礼自体は順調だった)
ソル・コロッサス州教会への礼拝も終えたし、ディオネスとも会えた。
ただ、肝心の力は示せなかった。あの剣をどうにかしないと――
眠る大狼と、剣の丘の風景。あの落ち着いた声。
(……老齢?まさか、彼も英雄時代の姿じゃなかったのかしら。オフィリアが少女だったみたいに)
少し、ディオネスの歴史を調べる必要がありそう。
「よし。明日は闘技場に行ってみよう。何か手がかりがあるかもしれない」
私は机に向かい、巡礼の髪飾りをそっと外し、引き出しにしまう。
そして、さっき買った絵はがきを取り出し、筆を取った。
―― 一か月ぶりの手紙。宛先は、もちろんミア。
「……意外と紙面が狭いわね」
書きたいことがたくさんある。
ゼルヴァヘビの毒に苦しんだこと。聖歌祭のこと。
オフィリア州で出会った、ちょっと不思議な先生のこと。
思いつくままに筆を走らせていたら、いつの間にか夜になっていた。
(しまった、もうこんな時間か)
最近は忙しすぎて、夢もろくに見れていない。
「ん、ん――」
体を伸ばして、背中がポキポキ鳴った。
(……今日は、レオンの夢が見れますように)
カーテンを閉め、灯りを消して、私は静かに目を閉じた。
――おやすみなさい。
【Tips:港都ガレリア】
ソラリス帝国の交易拠点であり、ディオネス州の州都。
新鮮な魚や異国の物資が並ぶ活気あふれる市場と、違法薬物が出回る裏通りという二つの顔を持つ。
過去には異端者の拠点が摘発され、教会と州軍による監視が強化されている。




