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月の瞳は夢を見る。――異端のシスター巡礼記  作者: 佐倉美羽
歌姫の英雄 オフィリア

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第21話 歌は心で出来ている

「あのねぇ……シスターローデリカさん。高く手を上げても、高い声は出ませんよ?」


「うぐぐ……どうしてこの音が出ないのよ……!」


「裏声、やめてみよっか?」


「もっと音を“聴いて”ください、リズムがずれてます」


「音は振動です。同じだけ喉を震わせて!」


「腹から声が出すぎてる!……っていうか、声でっか!」


「あー……なんやろな。元気なのは伝わったで!」


………。

 


「かはっ……!」


夕暮れのペリストラ、ソル・テアトロ州教会。

私は、その日一日の歌のレッスンを思い返して、祭壇前で崩れ落ちていた。


(いや、吐いてはいない。けど、気分的には血を吐いてる)


夕日の差し込むステンドグラスは優しく私を包む。

……まるで「よく頑張ったね」と慰めてくれるようで、かえって情けない。


(だから嫌だって言ったのに……フィン司教の“ビビッときた”って何……!?)


聖歌祭への出演は決定事項らしく、今さら逃げられない。


(今回ばかりは巡礼の証も意味ない……“歌姫の証”があれば、なんとかなったかもしれないけど……)


私がオフィリアに会いに来たのは、それが理由だった。

けど、この状態で探す余裕なんて、どこにもない。

 

立ち上がって、中庭に出る。

薔薇が整然と咲き誇り、完璧に手入れされた空間。

その中央に、ひとつの石碑がある。


【八英雄オフィリア。まことの花を咲かせ、ここに散る】

 

オフィリアの肖像が、柔らかく微笑んでいた。

シンプルな橙色オレンジのドレスに、品のある表情。

……これが、“歌姫”と呼ばれた人。

でも、今の私には探す余裕もない。聖歌祭を乗り越えるのが先だ。

 

私は静かにうなだれながら、礼拝堂へと戻っていった。

 

 

ふと、視界の端に懺悔室が入った。


(……誰も、いないよね?)


礼拝堂は静まりかえっていて、人気はない。

キョロキョロと辺りを確認。誰もいない。

豪華すぎる客間では息が詰まる。

私はそっと懺悔室の扉を開けた。

 

 

格子越しの小さな空間。冷たく、静かで、狭い。

誰にも見られないこの部屋が、なんだか落ち着く。


「ふぅ……」


頭の中のもやもやが、すーっと晴れていく。

 

その時だった。

 

「やっほー♪ アウラがあなたと共にありますようにっ☆さ、あなたの罪を話してみて~!」

 

「……ひゃっ!?」

 

可愛らしい、でもやけに元気な声に肩を跳ねさせた。


(う、うそ……まだ誰かいた!?) 


「あ、あのっ、ごめんなさい!懺悔しに来たわけではなくて……今すぐ出ますっ!」

 

「えー?じゃあさ、懺悔じゃなくてもいいからさ、恋の相談とかどーぞっ♪」

 

(や、やけに軽い……ていうか、若くない?私より年下かも……?)

 

「い、いえっ、だいじょうぶですから!」

 

「本当に~? ホントになにもないの~?」

 

(……ある。特大の悩みが)

 

少し迷って、私は言葉を絞り出した。


 「……じゃあ、その、少しだけ」

 


「……じつは……大きな舞台で、歌うことになってしまいまして」

 

「ええ~っ!?すごいじゃん! うらやましい~!」

 

「いや、全然よくないんです……私、歌が……得意じゃなくて……」

 

「あらら、そうなんだ。何を歌うの?」

 

「“暁の祈り”です」

 

ソル・アルカ教の基本的な聖歌。子どもでも歌えるといわれている……のに。

 

「ああ!あの歌ね!こんな感じだよね~? ~♪」


……え?


思わず、耳を澄ました。

たった一節の鼻歌。

なのに、心の奥が、じんわりと震えた。

あたたかくて、包まれているみたいで……

まるで、自分の全部を「それでいいよ」って認められたみたいだった。

 

「~♪ これで合ってる?」

 

「……はい。それです」

 

「っええ!どうして泣いてるの!?私、なんかした!?」

 

「い、いえっ!とっても、素敵で……感動してしまって……!」

 

「なーんだ、よかったぁ~。ありがとう~♪」

 

……これは、運命だ。

私は思いきって言った。 


「あの!歌に造詣のあるお方とお見受けしました! わたしに、歌を教えていただけませんかっ!」

 

「うん、いいよ~♪この、オ……じゃなかった、神官様にまかせなさーい♪」

 

(この人しかいない……!)

 

 

「じゃあ、まずは貴女の歌、聞かせてくれる?」

 

「……はいっ」

 

私は背筋を伸ばし、軽く咳払い。


そして――

“暁の祈り”を、歌った。

音を外す。リズムずれる。裏返る。

恥ずかしい。もうやめたい。

それでも、最後まで歌った。

 

「……いかがでしょうか、先生」

 

覚悟して、顔を上げた。

けど――

 

「すっごくいい声してるじゃん! 才能あるよっ!」

 

「……えっ?」

 

「とっても透明感がある!まっすぐ届く、素敵な声!」

 

そんなこと、言われたのは初めてだった。

 

「あり……がとうございます……」

 

「でもね、わかっちゃった。貴女の課題!」

 

「そ、それは……?」

 

「それはね――もっと、歌を楽しむことっ!」

 

「……楽しむ……?」

 

「そうっ!気持ちを乗せて歌うこと!楽しいって思って、聴く人と“気持ち”を共有するの!それが“感動”なんだよ、たぶんだけどね♪」

 

(……楽しい、って思って、歌う)


その言葉を胸に、私はもう一度だけ、歌った。

 

夜の礼拝堂に、懺悔室から少し音を外した歌声が響く。

けれどその声は、たしかに――心を込めて、誰かに届こうとしていた。

 

【Tips:ソル・テアトロ州教会】

オフィリア州に建つ、絢爛豪華な教会。

劇場を併設しており、聖歌祭や奉納劇などのほか、芸術家たちの憧れの舞台でもある。

八英雄オフィリアの眠る場所としても知られ、多くの人々がその“歌声の加護”を求めて参拝する。

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