第21話 歌は心で出来ている
「あのねぇ……シスターローデリカさん。高く手を上げても、高い声は出ませんよ?」
「うぐぐ……どうしてこの音が出ないのよ……!」
「裏声、やめてみよっか?」
「もっと音を“聴いて”ください、リズムがずれてます」
「音は振動です。同じだけ喉を震わせて!」
「腹から声が出すぎてる!……っていうか、声でっか!」
「あー……なんやろな。元気なのは伝わったで!」
………。
◇
「かはっ……!」
夕暮れのペリストラ、ソル・テアトロ州教会。
私は、その日一日の歌のレッスンを思い返して、祭壇前で崩れ落ちていた。
(いや、吐いてはいない。けど、気分的には血を吐いてる)
夕日の差し込むステンドグラスは優しく私を包む。
……まるで「よく頑張ったね」と慰めてくれるようで、かえって情けない。
(だから嫌だって言ったのに……フィン司教の“ビビッときた”って何……!?)
聖歌祭への出演は決定事項らしく、今さら逃げられない。
(今回ばかりは巡礼の証も意味ない……“歌姫の証”があれば、なんとかなったかもしれないけど……)
私がオフィリアに会いに来たのは、それが理由だった。
けど、この状態で探す余裕なんて、どこにもない。
立ち上がって、中庭に出る。
薔薇が整然と咲き誇り、完璧に手入れされた空間。
その中央に、ひとつの石碑がある。
【八英雄オフィリア。まことの花を咲かせ、ここに散る】
オフィリアの肖像が、柔らかく微笑んでいた。
シンプルな橙色のドレスに、品のある表情。
……これが、“歌姫”と呼ばれた人。
でも、今の私には探す余裕もない。聖歌祭を乗り越えるのが先だ。
私は静かにうなだれながら、礼拝堂へと戻っていった。
◇
ふと、視界の端に懺悔室が入った。
(……誰も、いないよね?)
礼拝堂は静まりかえっていて、人気はない。
キョロキョロと辺りを確認。誰もいない。
豪華すぎる客間では息が詰まる。
私はそっと懺悔室の扉を開けた。
◇
格子越しの小さな空間。冷たく、静かで、狭い。
誰にも見られないこの部屋が、なんだか落ち着く。
「ふぅ……」
頭の中のもやもやが、すーっと晴れていく。
その時だった。
「やっほー♪ アウラがあなたと共にありますようにっ☆さ、あなたの罪を話してみて~!」
「……ひゃっ!?」
可愛らしい、でもやけに元気な声に肩を跳ねさせた。
(う、うそ……まだ誰かいた!?)
「あ、あのっ、ごめんなさい!懺悔しに来たわけではなくて……今すぐ出ますっ!」
「えー?じゃあさ、懺悔じゃなくてもいいからさ、恋の相談とかどーぞっ♪」
(や、やけに軽い……ていうか、若くない?私より年下かも……?)
「い、いえっ、だいじょうぶですから!」
「本当に~? ホントになにもないの~?」
(……ある。特大の悩みが)
少し迷って、私は言葉を絞り出した。
「……じゃあ、その、少しだけ」
◇
「……じつは……大きな舞台で、歌うことになってしまいまして」
「ええ~っ!?すごいじゃん! うらやましい~!」
「いや、全然よくないんです……私、歌が……得意じゃなくて……」
「あらら、そうなんだ。何を歌うの?」
「“暁の祈り”です」
ソル・アルカ教の基本的な聖歌。子どもでも歌えるといわれている……のに。
「ああ!あの歌ね!こんな感じだよね~? ~♪」
……え?
思わず、耳を澄ました。
たった一節の鼻歌。
なのに、心の奥が、じんわりと震えた。
あたたかくて、包まれているみたいで……
まるで、自分の全部を「それでいいよ」って認められたみたいだった。
「~♪ これで合ってる?」
「……はい。それです」
「っええ!どうして泣いてるの!?私、なんかした!?」
「い、いえっ!とっても、素敵で……感動してしまって……!」
「なーんだ、よかったぁ~。ありがとう~♪」
……これは、運命だ。
私は思いきって言った。
「あの!歌に造詣のあるお方とお見受けしました! わたしに、歌を教えていただけませんかっ!」
「うん、いいよ~♪この、オ……じゃなかった、神官様にまかせなさーい♪」
(この人しかいない……!)
◇
「じゃあ、まずは貴女の歌、聞かせてくれる?」
「……はいっ」
私は背筋を伸ばし、軽く咳払い。
そして――
“暁の祈り”を、歌った。
音を外す。リズムずれる。裏返る。
恥ずかしい。もうやめたい。
それでも、最後まで歌った。
「……いかがでしょうか、先生」
覚悟して、顔を上げた。
けど――
「すっごくいい声してるじゃん! 才能あるよっ!」
「……えっ?」
「とっても透明感がある!まっすぐ届く、素敵な声!」
そんなこと、言われたのは初めてだった。
「あり……がとうございます……」
「でもね、わかっちゃった。貴女の課題!」
「そ、それは……?」
「それはね――もっと、歌を楽しむことっ!」
「……楽しむ……?」
「そうっ!気持ちを乗せて歌うこと!楽しいって思って、聴く人と“気持ち”を共有するの!それが“感動”なんだよ、たぶんだけどね♪」
(……楽しい、って思って、歌う)
その言葉を胸に、私はもう一度だけ、歌った。
夜の礼拝堂に、懺悔室から少し音を外した歌声が響く。
けれどその声は、たしかに――心を込めて、誰かに届こうとしていた。
【Tips:ソル・テアトロ州教会】
オフィリア州に建つ、絢爛豪華な教会。
劇場を併設しており、聖歌祭や奉納劇などのほか、芸術家たちの憧れの舞台でもある。
八英雄オフィリアの眠る場所としても知られ、多くの人々がその“歌声の加護”を求めて参拝する。




