第20話 舞台の幕は、突然に
華の都ぺリストラ、ソル・テアトロ州教会の付属劇場。
舞台袖の控室で、私はひとり――文字通り、頭を抱えていた。
(……どうしてこうなったの)
この煌びやかな舞台で、私は今から――歌を歌う。
しかも、聖歌祭の前座。
ソラリス帝国の芸術の中心・オフィリア州。
そこで毎年行われる「聖歌祭」は、各州の教会や歌劇団から選ばれた精鋭の声楽者たちによる奉納舞台。
そこに、なぜか私が立たされることになった。
(……やりたくない。ほんとに無理……)
でも、たくさん練習した。
上手く説明できないけど、“早く終わってほしい”という気持ちと、“早く歌いたい”という気持ちが、ぐちゃぐちゃに混ざってる。
(先生……お願い、私の舞台の成功を……!)
普段は神にも祈らない私が、今は本気で手を合わせていた。
◇
数日前――
ゼルヴァ州を出発し、オフィリア州に入る。
切り立った岩肌は次第にやわらかい丘陵になり、緑の高原と真っ青な空が広がっていた。
そして、見えてきた――ぺリストラの町。
塔の屋根は尖り、街全体がまるで芸術作品。
城壁には薔薇と蝶の意匠。ステラヴィアと同じ建築様式なのに、“見せ方”が違う。
さすが芸術の都。観光の名所と名高いだけはある。
(さて、ソル・テアトロ州教会に巡礼して、ちゃちゃっと探索ね)
このときの私は、まさかあんなことになるなんて、思ってもいなかった。
◇
町並みはとにかく綺麗だった。
石畳の大通り、可愛らしい街灯、鉄柵にすら繊細な装飾。
噴水からは花と紅茶のフローラルな香りが漂い、通りには絵を描く青年、歌う女性、手を取り合う老夫婦。みんなが“絵になる”空間。
ここは、無粋なものを許さない街。
(……私、場違いかも)
そんなことを考えながらたどり着いたのが、ソル・テアトロ州教会。
水路の真ん中に立つように設計された建物は、外観だけ見ればどう見ても歌劇場。
彫刻や飾り柱が目を引きすぎて、教会としての“荘厳さ”より“演出”が勝っていた。
私はわざと遠回りして、飛び石を渡って敷地に入る。
(……教会でこのゴージャスさ、息苦しくなるわね)
中に入ると、高い天井、巨大なステンドグラス、アウラ像に金糸の絨毯。
(……いや、ほんと、豪華すぎ)
そのとき、背中で“視線”を感じた。
「……ねぇ、あの人……」
「本当だ……どこの……?」
(……え?)
反射的にベールを深くかぶり直す。
“赦されざる者”だと知られたら、まずい。滞在できなくなるかもしれない。
(祈って、出よう。今は目立たないように……)
手を合わせて、高速で祝詞を唱えていたら――
「……失礼。貴女、どこの座にお勤めで?」
背筋が凍った。
顔を上げると、そこには整った顔立ちの男が。
女性と見間違えるほどの美形。その人は、こう言った。
「おや……貴女は……」
「あ、……フィン司教……」
(……出た、最も関わりたくない司教……!)
◇
「いや、まさか貴女だったとは。ライラ審問官。ずいぶん雰囲気が変わられましたね」
「そ、そう……ですか?」
「ええ。実に魅力的になられた」
「……っ!!」
(ルード司教の方が100倍マシ!!)
私はなぜか司教室に連行されていた。
フィン司教は紅茶を淹れながら、あくまでにこやか。
「ベール越しでも、そのオーラ……まるでお忍びの女優かと思いましたよ」
「な、なにを……!そんなわけ……!」
(心臓に悪いことばかり言ってくる!)
だが、次の瞬間、フィン司教の目が鋭くなった。
「ああ、これは失礼。ライラ審問官、あなた、舞台に立った経験は?」
「は、はいっ!? ……いえ、ないですけど……?」
「では、初舞台ですね。ちょうど来週の聖歌祭で一枠空いてましてね――運命ですね」
「は?」
(何を言い出してるのこの人!?)
「貴女を見た瞬間、“神の思し召し”だと感じました。ぜひ出演をお願いしたい」
「あ、あのっ……!私、“赦されざる者”ですし……無理です!」
「貴女は、史上初の“蒼い瞳の審問官”。ヒリンス教皇の後ろ盾もある。問題ありません」
「で、でも!」
「ライラ審問官。これは“栄誉”です。瞳は隠して結構。ですが、私のオファーを断ると?」
(こ、この人、本当に怖い……!)
「わ、私、音痴なんです!ほんとに、全然ダメで……!」
「ほう……?なら、音痴かどうか――神に判断していただきましょう」
(いやああああああああ!!!)
――こうして、私の聖歌祭出演が“決定”してしまった。
【Tips:ベリスカ】
オフィリア州の州獣。
昆虫ながら公式に“州獣”として扱われている。体に比べて大きな翅を持ち、翅の表面は金属のように光る。特に雌の翅はオレンジ色に輝き、舞う姿は“空を踊る蝶”と称される。繁殖期の3〜5月には、舞踏会のように町の上空を彩る。




