第16話 “最後の罪人”のまなざし
拝啓 四月五日
お元気ですか。
こちらは諸事情が重なり、再巡礼の旅に出ています。何も悪いことはしていないのでご安心ください。ただ、コウモリに白羽の矢を立てられただけです。日頃の行いというものはあまり運に影響しないのではないかと、つい勘ぐってしまいます。
運で思い出しましたが、先日ラメルダ州ファット―リアにて、思いがけず味覚の祭典に参加することとなりました。ラメルダ家とカルナス家の熾烈なグルメ合戦に、思わず頬っぺたが落ちるかと思いました。私はラメルダ家を応援しましたが、結果は敗北……。けれど、どちらも互いの健闘を称え合っており、とても楽しいお祭りでした。
また、これも偶然ですが、ラメルダ家のご子息ノール=デ=ラメルダさんのセルヴァリス狩りに同行させてもらいました。七歳とは思えないほどしっかりとした方で、とても頼もしかったです。
ちなみに、狩りにおいて最も大切なのは“自然体”であることだそうです。作為的なことをせず、水が流れるように、あるがままでいること。貴女の恋の悩みにも、同じことが言えるのではないでしょうか。変に取り繕うことなく、素直な気持ちでロイドさんと向き合ってみてはいかがでしょう。“汝、水に習え”です。
話は変わりますが、今はゼルヴァ州におります。ラメルダ州の緑豊かな景色から一転、ここでは渓谷がそびえ、まだ少し冷え込みます。ゼルヴァ州に来てもう四日が経ちますが、巡礼は思うように進んでおりません。ソル・アントルム州教会で祈祷は済ませましたが、しっくり来ていないようで、もう少し滞在することになりそうです。
巡礼中につき、しばらく返信はできません。お許しください。お詫びに、味覚の祭典で見つけた美味しい飴を同封します。
追伸、ラメルダ州では飴のことを、“飴ちゃん”と敬称をつけて呼ぶそうです。お菓子には敬称をつけるのかなと思い、“ルクス餅さん”と呼んでみたところ、怪訝な顔をされました。納得はいっていません。
敬具
狩猟の極意を心得たライラ
“水”に弟子入り予定 ミア・フェルネスト 様
◇
「ふぅ……」
ベッドにダイブして、声が漏れた。
ゼルヴァを見つけるのは、やっぱり甘くなかった。ラメルダが一日で現れたのは奇跡だったらしい。
「ゼルヴァ家の屋敷も古戦場も回ったのに、ダメ……。ゼルヴァヘビって言えば岩場だけど、州全体が岩場なんだけど……?」
頭を抱えて、窓のない部屋を見渡す。
ここは地下にあるゼルヴァ州の宿屋。部屋には机とタンスが一つずつあるだけ。光は夜光石がぼんやり照らしていた。
(八英雄は自由に動く。場所も時も決まってない……)
ノクタリカの言葉が頭をよぎる。
岩場を好むのは、ゼルヴァヘビの生態。けれど、“八英雄ゼルヴァ”がそれに従うとは限らない。
(毒……。毒に関係ある場所……? 研究所とか……)
頭を振った。今日はもう限界だった。
灯りを落とし、毛布に包まる。夜光石の青白い光が、室内を優しく照らす。
眠気が一気に押し寄せ、まぶたが重くなる。
(……寝て、明日考えよう)
◇
馬の蹄が、石畳を優雅に叩く音が響く。
私は帝都リステラの大通りを、静かに進んでいた。
黒馬にまたがり、道を埋め尽くす民衆の喝采を受けながら。
街は整い、秩序に満ちていた。まるで神の手が全てを包み込んでいるかのような、完璧な景観。
(……この美しさが、やがて戦場に変わる)
清潔な手袋に包まれた掌を見つめる。だが、その裏には確かに――血があった。
私は、教皇を討つ。
ソル・アルカ大教会を焼き払い、“神を檻から解き放つ”。
それが、この身に課された使命。
我が信仰は、もはや“信じる”という段階ではない。
“証明”されねばならない――神は教会にではなく、民にあることを。
一歩ずつ、確かに歩む。
見上げる先に、堂々とそびえる教会。
帝国八州の代表生徒が出迎える、その前。
その中に――いた。
赤毛の少年。燃えるような瞳。
金色に輝く“太陽の瞳”。
(……君か)
レオン=ル=アストラード。
神に選ばれたもう一人の者。
君は、見えるか? この国の底に沈んだ矛盾と歪みが。
私は、彼に視線を向ける。
「――よく励めよ」
言葉は短く、しかし、すべてを告げていた。
君が歩む道は、やがて私の前に立ちはだかる。
その時、共に歩むか、それとも討たれるか。選ぶのは君だ。
だが、民は私につく。
いや――そうでなくてはならない。
神は、民のなかに戻るべきだ。教会という檻から解き放たれ、血肉と心の中に――再び。
私は歩く。静かに、しかし一歩一歩が重く、大地に刻まれていく。
神を戦争の道具とする者たちの象徴、“ソル・アルカ大教会”へ。
ここが、決戦の地となる。
そして私は、
――教会が生み出す“最後の罪人”となるのだ。
【Tips:黎陽将軍】
“ザラド・ロメロ”の異名。
彼が帝国軍で台頭し始めたころ、その両目――片方は闇のように黒く、もう片方は太陽のように金色――から、“黎の陽”を意味するこの名が生まれた。
神に選ばれし戦士としての神秘性と、どこか危うい二面性を象徴する言葉でもある。
【Tips:コルノドルチェ】
ラメルダ州の名物お菓子。蜂蜜をセルヴァリスに象って固めた一口サイズの飴。
庶民から貴族まで広く愛されており、保存性も高く、非常食としても使われる。
なお、ラメルダ州民がよく「飴ちゃんいるか?」と配っているが、断ると「戦争か?」という空気になるので、受け取っておこう。




