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月の瞳は夢を見る。――異端のシスター巡礼記  作者: 佐倉美羽
狩人の英雄 ラメルダ

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第15話 水のように、あるがままに

「ええか、ライラちゃん。狩りでいちばん大事なんは、“自然体”でいることなんや」


 セルヴァリス――狩人ラメルダは、静かにそう口を開いた。


「……自然体、ですか?」


 私は思わず聞き返していた。


「せや。ほんまはな、自分で気づかなアカン。でも、ノールの狩りは見てられへん」


「ですが、弓の腕前は見事でしたよ。矢ははじかれちゃいましたけど……」


「そこやねん。あのままやと、一生気づかれへん」


 木の葉が風に揺れて、さらさらと音を立てていた。ラメルダの姿も、その揺れの中に自然と溶け込んでいた。


「狩りってのはな、“命のやりとり”なんや。“お前を食ったる”。それだけを考えたらええ。他は全部、いらん」


「……でも、ノールさんは“誰かに勝つ”ために狩っている?」


「せや。祭りでフレイに勝ちたいだけや。矢を放ってるときも、見てるんはセルヴァリスやのうて、あいつや」


 言われてみれば――納得してしまった。

 狩りというのは“技術”じゃなくて、“命のやり取り”なんだ。


「自然体であるというのは、あるがままの自分を受け入れ、今この瞬間に集中するということ……ですか?」


「そういうこっちゃ。ほんま、真面目やなライラちゃんは。うちのアホどもとえらい違いや」


 ラメルダの光がふっと弱まり、少し照れたように揺れた。


「そしたら、もうひとつ。ええこと教えたるわ。俺の師匠は“水”やってん」


「……水、ですか?」


 ラメルダは“狩人”でありながら、治水と建築にも偉大な足跡を残した英雄。

 それが“水”から学んだというのは、どこか納得できる気がした。


「水は、流れに逆らわん。しなやかに、かたちを変えて、どこまでも進んでいく。争わへんのに、めっちゃ強い。大水になったら何もかも流すし、岩すらも穿つ。器に入れたら、その器の形になる」


「つまり……水こそが“自然体”だと?」


「せや。ありのまま。余計なことは考えへん。ただ、命をつなぐ。それが一番つよいんや」


 なんて説得力のある言葉だろう。

 私はただ、ただ、うなずくしかなかった。


「そろそろノールが戻ってくるで。ベソかいてるかもしれへんけど、頼んだで、ライラちゃん。“汝、水に習え”や」


「はい。やってみます」


「よっしゃ!それでええ。それじゃ、またな」


 ふわり、とラメルダの光が粒子となって、空に消えた。


 ◇


「……ローデリカ姉ちゃん、待たせたな。帰ろか」


「はい。わかりました」


 ノールはうつむいていた。言葉はいらない。

 狩りの結果は、その表情だけでわかる。

 静かに、森を歩く。犬のマックとモスもどこかしょんぼりしている。


「……悔しいですね」


「……うん」


「でも、それだけ本気だったってことです。私も、似たような経験がありますから」


「姉ちゃんも、なんかあったん?」


「はい。ノクタリカ州代表選考会の面接で、大失敗してしまって……。落ちちゃったんです」


「えっ、代表試験!? 受けたことあるん!?」


「はい。筆記と実技は良かったんですけど……悔しかったです」


(本当は、受けさせてすらもらえなかったけど)


「へぇ……姉ちゃん、すげぇなぁ……」


「ふふ、そうでもないんやで」


「……でもエセラメルダ訛りやめーや」


 ノールが笑った。ふにゃりとした、子どもらしい笑顔だった。


 ◇


「八英雄についてもいっぱい勉強したんです。ノールさんのご先祖様、ラメルダのことも」


「ホンマ!? “七日間の死闘”とか!?」


「もちろん読みました。私は“ラメルダ推し”ですから」


「ふはっ、狩り素人のくせに!」


「……それはお許しください」


 二人で笑いながら歩く。マックとモスも、そんなノールに寄り添っていた。


「ラメルダが残した言葉に、“汝、水に習え”ってあるんですよ。知ってます?」


「……いや、知らん」


「水は、あるがままに流れます。それが一番自然で、強い形なんですって。

 狩りでも、余計なことを考えない。矢に気持ちを込めて、“命をいただきます”って。そういうのが“自然体”ってことみたいです」


「……あるがまま、か……」


 ノールは真剣な顔でうつむいた。


「……ちょっと、ピンときたかも」


「それはよかったです。……ちなみに、“命をいただきます”って、ラメルダ訛りだとどう言うと思います?」


「え、なんやろ……“命もろたるで”とか?」


「答えは――“お前を食ったるわ!!”」


 私はノールの脇腹をくすぐった。


「ぎゃはは!や、やめろってば!ははははっ!」


 笑い声が森に響いた。マックとモスもはしゃぎだし、ノールに飛びついていた。


 ◇


「ローデリカ姉ちゃん、ホンマにここでええんか?」


「はい。ここまでこれば、ファットーリアに戻れますから」


「そっか……おもろい話してくれて、ありがとな。祭り、楽しんでいってな!」


 ノールは夕日に照らされながら、走り去っていった。広い牧草地が赤く染まり、風が肌をなでる。


「ふぅ……」


「いやぁ、ライラちゃん、子守り上手いなぁ〜。おっちゃん感心してもうたわ。子ども好きなん?」


 急に後ろから聞こえた声にびくっとする。


「……ラメルダさん」


 再び現れた彼は、まぶしい緑色の光を放っていた。


「……いえ。どちらかというと苦手です」


「ホンマかいなぁ。全然そう見えへんかったけどなぁ」


「ノールさんが賢い子だったからですよ」


「ま、それもあるか。ほんまに、ありがとな。あの子、変わってくれればええんやけど」


「……変わりますよ」


「おっ、なんでそう思うん?」


「だって私、“予言者”と同じ神秘、持ってますから」


「ははっ!それ、おもろい!一本取られたわ!」


 ラメルダがまぶしく光りだす。


「ほな、約束のもんや。受け取り!」


 光がライラの髪飾りに触れ、花びらが一枚、そっと咲いた。


「“狩人の証”や。これで“月の瞳”がもっと冴えわたるで」


「ありがとうございます!」


 ラメルダの表情が、ふと真剣になる。


「……ごめんな、ライラちゃん。その目、大変やったやろ?」


「……はい」


「実はな……あの“赦されざる者”の話。あれな、俺らが死んだあと、エルさんが経典に書き足したもんなんよ」


「えっ……どうして……そんなことを……?」


「わからん。でも、たぶんやけど……」


 ラメルダは少しだけ目を細め、そして言った。


「“未来視の力を、誰にも使わせたくなかった”んちゃうかな……」


 空を見上げると、太陽が地平線に溶けていた。

 夕焼けに染まった空に、星が一つ、また一つと浮かび始める。

 風が吹く。

 私はベールを押さえながら、ラメルダの言葉を胸に刻んだ。



【Tips:ソル・アントルム州教会】

 ゼルヴァ州に建つ、石造りの州教会。

 外見は村教会程度の簡素な建物だが、その地下には巨大な空間が広がっている。

 ゼルヴァ州は土地が狭いため、地下建築技術が発達しており、この教会もその一例。

 なぜ地下に建てられたのか――その理由はゼルヴァ家によって長らく秘匿されている。


【Tips:ゼルヴァ州】

 帝国西南に位置する、策略と薬術の州。

「蛇と杯」の紋章を持ち、医療・毒物学・諜報に特化した文化を持つ。

 八英雄ゼルヴァはかつて覇王アラヴの斥候であり、敵将を闇に葬る“暗殺者”であった。

 現在でも、その技は厳しい選抜試験を経た戦士のみに伝えられている。

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