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月の瞳は夢を見る。――異端のシスター巡礼記  作者: 佐倉美羽
狩人の英雄 ラメルダ

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第14話 角冠戴く森の王

「ごめんな、シスターの姉ちゃん。怖い思いさせてもうたな。でもな、姉ちゃんも姉ちゃんやで」


小さな肩を揺らしながら、ノールが犬の頭をなでていた。


「はい……」


私はうつむいたまま、謝るしかなかった。


「狩場荒らされたら、そりゃこいつらも怒るわ。道戻ればええのに、なんで森の奥に行ったんや」


「……おっしゃるとおりです」


さっきまで私を追いかけまわしていた犬――マックとモスは、今はノールの足元でおとなしく伏せている。こうして見ると、思っていたよりずっと小さくて、愛嬌すらある。


「まあええわ。ホンマやったら道まで案内するけど、時間ないさかい。終わるまで、そっちも居てもらうで」


「わかりました。邪魔はしません」


ノールは、さっき涙目で走っていた子とは別人みたいに落ち着いていて、堂々としていた。


「で、姉ちゃんの名前は?」


「ローデリカといいます」


「そっか。オレはノール。ノール=デ=ラメルダ。誉れある狩人、ラメルダの血筋や。よろしくな、ローデリカ姉ちゃん」


マックとモスを撫でながら、彼は自信たっぷりに名乗った。



「ノールさんはおいくつですか?」


「7歳。ローデリカ姉ちゃんは?」


「私は今年で16です」


(まさか、9歳差の子に説教されるとは……)


そんな心の声を押し殺しつつ、私は彼の狩りに付き合うことにした。

頭から獣の皮を被り、木々の陰に身をひそめる。


ノールの手には小さな弓。けれど、その手首には一分の揺れもない。

マックとモス――2頭の猟犬が放たれ、森の奥へと音もなく駆けていった。


「てかさ、シスターやのに、なんでこんなとこおるん?」


「実は……セルヴァリスを探していて」


「そんな“人間臭い”カッコして見つかるわけないやん」


「く、臭い……!?」


「そらそうよ。獣は鼻が利くんや。人間は異物や。臭いだけで近づかへん。人間かて臭いもんは避けるやろ?」


思わず腕を匂ってみたけど、無臭だった。……多分。


「でもな、セルヴァリスは絶対ここにおった。オレ、見たもん」


ノールの声が少し強くなった。


「祭りで勝ちたいんですね」


「そうや。あかんか?」


「いえ……ただ、どうしてそこまで?」


ノールは黙った。

少しして、ぽつりと口を開いた。


「最近な、ラメルダ家は祭りで負け続きなんや。特に“フレイ・カルナス”が出てきてからは……」


「フレイ・カルナス……」


「せや。8歳でセルヴァリスを一人で狩った天才や。……オレも、負けたない」


(そういうこと……か)


「再来年には、オレも州代表選考会を受ける。狩りができる時間も、もうあまり残ってへん」


少年の声は、子どもっぽさと、大人びた決意の両方を含んでいた。

私は黙ってうなずいた。

彼の背負っているものを、簡単な言葉で慰めたくはなかった。



――ワンッ! ワンッ!


犬の鳴き声が森に響いた。

ノールの体が一気に張りつめ、弓に矢をつがえる。

私も無意識に息を殺した。

木々の隙間から、重い足音。

枝を揺らし、空気を裂いて、何かがこちらへ迫ってくる。


(……来る)


ドクンドクンと、自分の心音が耳に響く。

風が止まり、鳥たちの声が消えた――


その瞬間。

木立の間から、現れた。


――セルヴァリス。


巨大な枝分かれした角を持ち、まるで森の王者のような威厳。

陽の光を受け、銀灰色の毛並みが淡く輝いている。


マックとモスが左右から回り込み、威嚇の声を上げる。

だがセルヴァリスは角を振りかざし、彼らを寄せつけない。

ノールの目が鋭く細まり、狙いを定める。


ギリッ――

弦がきしむ音が、空気を震わせた。


(……放たれる)


――瞬間。

矢が風を裂いて飛んだ。

白銀の軌跡を描きながら、まっすぐ、一直線にセルヴァリスの心臓を狙って飛ぶ。

矢は空気を貫き、木々をかすめ、完璧な軌道を描いて――


(……当たる!)


その時だった。

セルヴァリスが突如として体をひねり、

角を勢いよく振るう――!


カァンッッ!!


鋭い音が森にこだました。


矢が――折られた。

いや、“はじき落とされた”のだ。角で、真っ向から。


その衝撃にマックとモスが怯み、一瞬、動きを止める。

セルヴァリスはその隙を逃さず、全力で森の奥へと駆け抜けていった。


「はぁぁぁああ!?なんでやねん!!マック!!モス!!追えぇぇぇぇぇ!!」


ノールは叫びながら駆けていった。

私は……その場に残された。



……静寂。

温もりの残る獣の皮にくるまりながら、じっと息を整えていた。


(すごい……あれが、セルヴァリス……)


前に見た時よりも大きくて、恐ろしくも、美しかった。

でも、あれを仕留めようなんて――人間に、できるんだろうか。


「嬢ちゃん、見とったか? あれはあかんな。セルヴァリスは、あれじゃ狩れん」


「――っ!?」


不意に聞こえた声に飛び上がる。


いつの間に、誰が……?


振り返ると、そこにいたのは――

緑色の光を放つ、巨大な鹿だった。


(セルヴァリス……!?)


「なんや懐かしい気配あるなぁ思って見に来たら、また君か。シド村のあたりで見かけたな」


「……あ、貴方は……ラメルダ様、ですか?」


「様ぁ?やめーや。まぁええけど。“狩人ラメルダ”っちゅうのは俺のことや」


あまりにも軽い物言い。

セルヴァリス――いや、ラメルダは陽気に笑った。


「まぁ、今は狩る側やのうて、狩られる側やけどな!」


一人であっけらかんと笑っている。


「嬢ちゃんはただのシスターやないやろ。その神秘、尋常やない。どこの誰や?」


「あ、私は……ライラ=ロ=ノクタリカ。“月の瞳”の持ち主です」


「ノ、ノクタリカぁ!? あの引きコウモリの子孫か!?はは、遠路はるばるやなぁ!」


(……引きコウモリ……)


「ちゅうことは、エル・セフィアの予言絡みか。……大変やな、ほんま」


ラメルダはゆったりと頷きながら、木陰に座り込んだ。


「ええで、力貸したるわ。でも、ひとつだけお願いがある」


「……お願い?」


「あの“ボン”、ノールに、狩りのコツを教えたってくれへんか?」


「狩り、のコツ……ですか?」


「恥ずかしい話やけど、あいつには……誰かに背中を押してもらう経験が、必要やねん」


森の奥で揺れる、優しい緑の光。

それは、“狩る者”ではなく、“育てる者”の眼差しだった。


「……分かりました。引き受けます、ラメルダさん」


「あんがと。月の瞳の嬢ちゃん」


ラメルダの瞳が、優しく細められた。


【Tips:ゼルヴァヘビ】

ゼルヴァ州の州獣。神経毒を持つ毒蛇で、死には至らないが抽出次第では医療用麻酔や暗殺毒にも転用可能。

八英雄ゼルヴァが愛用していたことからこの名がついた。夜行性で、月のない夜に特に活発化する。

日中は日光浴のために岩場に出現するが、皮膚の色を変える能力を持つため、人間はしばしば気づかずに噛まれる。


【Tips:八英雄ラメルダ】

ソラリス帝国建国の英雄のひとり。

卓越した弓の名手にして狩人でありながら、建築家としての才能も高く評価され、ラメルダ式建築を確立した。

大河ソラ川の治水や農業支援にも尽力し、“知の英雄”として崇敬されている。

また、聖獣セルヴァリスとの死闘を描いた伝記『七日間の死闘』は、帝国で広く読まれている名作。

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