表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月の瞳は夢を見る。――異端のシスター巡礼記  作者: 佐倉美羽
狩人の英雄 ラメルダ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/45

第12話 祭りの香りに誘われて

 いい匂いが、風に乗って鼻をくすぐる。


(お腹すいた……)


 ファット―リアの町の門をくぐった瞬間から、炭火で焼かれた肉の香りや香草の匂いが辺りに漂っていた。

 ここはラメルダ州の中心都市。今まさに、二大貴族――ラメルダ家とカルナス家――による“味覚の祭典”の真っ最中だった。

 道いっぱいに並んだ屋台。

 緑色の旗を掲げるラメルダ家と、黄色の旗を振るカルナス家が、それぞれの料理を売り込み合っている。

 シド村ののどかな雰囲気とは真逆の、活気と喧騒。まっすぐ進むことすら難しい。


「いらっしゃい! これがラメルダ家の自慢の燻製肉や!」


「こっちはカルナス家の黄金のコーンスープや! 農業の力、見せたるわ!」


(しまった……来る時期を完全に間違えた)


 とにかく、目的のソル・テポジト州教会へ急がなければ。

 私はベールを深くかぶり直し、人混みを縫うように歩き始めた。

 ──耳に入るのは、通りすがりの人々の会話。


「聞いたか? メリダ司教、カルナス家に肩入れしてるってよ」


「ラメルダ家、セルヴァリス見つけたのに逃がしたらしいな」


「びゃああああ! うまいぃぃぃ!!」


「農耕の時代や、仕事も増えるし人も集まる」


「いやでも、家畜から病気が広まったって……教会はなにやってんだ?」


「おい、黙れ!誰が聞いてるかわかんねぇぞ」


 ──混ざり合う声に、ふとシド村のことを思い出す。


 もう三ヶ月経つ。ラーヤ司祭、元気でやっているだろうか。


(……ノクタリカが“ツキミコウモリ”だったなら、ラメルダは“セルヴァリス”の姿で出る可能性が高い)


 だったら、探す場所は“森”。

 私は、ざわつく胸を落ち着けながら教会の門にたどり着いた。

 巨大な木製の門はまるで石のような重厚さ。緻密な彫刻が彫られ、荘厳という言葉がぴったりだ。

 中に入ると、石畳の上には白い小石がびっしりと敷き詰められていた。

 まるで雲の上を歩いているような錯覚に陥る。

 祭り目当ての観光客が礼拝所に長い列をつくっていた。


(たしかここは“立礼”だったわね。さっさと済ませて宿を探さなきゃ)


 並んで待っていると、突然、茶色の髪をした小さな男の子が礼拝所から飛び出してきた。

 その目には、涙がいっぱいに溜まっている。


(……なにがあったのかしら)


 気になりつつも、私は列を進んでいく。


 ◇


 礼拝所の前には、立派なアウラ像。そして、その傍らに、堂々とした男性が目に入った。

 整えられた髭、茶髪、朗らかな笑顔――


(あれがラメルダ州の領主、ダリオ=デ=ラメルダか……)


 彼は笑顔で参拝者たちに頭を下げていた。たぶん、選挙活動の一環だろう。


(……せっかくだし、セルヴァリスのことを聞いてみようかな)


 礼拝所が近づいてきたとき、私は一歩前へ出て声をかけた。


「こんにちは。もしかして、領主のダリオ様では?」


「おっ、よう知っとるな、シスター。せや、ワシがダリオ=デ=ラメルダや」


「やっぱり!私はローデリカと申します。巡礼で参りました。どうぞよろしく」


「ローデリカはんか、よぉ来てくれたな!ええとこ見せられたらええんやけどなぁ」


 ダリオは人懐こそうに笑いながら、髪を撫でる。


「さっき、男の子が走っていくのが見えましたが……何かあったのでしょうか?」


「あぁ……見られてもうたか。あれはワシの息子、ノールや。ちょっとすねとってな」


「息子さん、何かあったんですか?」


「今回の祭りで、俺らラメルダ家はセルヴァリスを狩ろうとしてな、あと一歩で逃げられてしもた」


「そうだったんですね」


「まぁ、狩りなんてそんなもんや。セルヴァリスも命がけやしな。せやけど、アイツにはそれが許されへんのや」


 彼は苦笑しながら、腕を組んだ。


「許せない?」


「……フレイ・カルナスって知っとるか?カルナス家の若き天才や。農業派やのに、狩りもめっちゃうまい。

 ノールはな、アイツに負けたくないんや。せやから、今回の祭りでセルヴァリスを仕留めて、見返したかったんやけどな……」


 そう言って、彼はがっくりと肩を落とす。


「でも、ノールさんはまだ……5歳くらいですよね?」


「せや。けど、年齢やあらへん。男はな、自分の中で勝負しとるんや。それが男のプライドっちゅうやつや」


 男のプライド……それは、よくわからない。


「ただ、ちょっと度が過ぎていると......」


「せやねん。さっきも“森でセルヴァリス見た!”って言うて聞かへんから、“こんな人混みでおるわけないやろ”って言うたら、泣いて飛び出してもうたわ」


「一人で探しに行った……なんてこと、ありませんよね?」


 ダリオは頭を掻きながら答えた。


「まぁ……東の森ならありえる。ノール、よう遊びに行っとるし」


(東の森……ラメルダがいるとしたら、そっちかもしれない)


「……心配ですね」


「大丈夫や。東の森はワシらの庭や。心配してくれてありがとうな」


 そう言って、ダリオはポケットから飴玉を一つ差し出してくれた。

 包み紙には「ラメルダに清き一票を!」と書かれている。

 口に入れると、蜂蜜の甘みがふんわりと広がった。


「ありがとうございます。美味しいです」


 私は頭を下げてから、教会を後にした。


 ◇


 太陽が高く昇り、大農都ファット―リアは眩しい光に包まれていた。

 人々が行き交い、屋台の呼び声が響き、ラメルダ訛りが町中に飛び交っている。


(……東の森、行ってみるか)


 セルヴァリスの気配。ノールという少年。巡礼という名の“夢の旅”。


(時間は、少ない。でも……不思議と焦ってはいない)


 私は足元を確かめながら、ゆっくりと東の森へと向かっていった。



【Tips:大農都ファット―リア】

 ラメルダ州の州都。温もりある木造建築が並ぶ、農業と林業の拠点。

 周辺には広大な農地と牧場が広がり、ソラリス帝国全土へ食料や木材を供給する。

 また、ラメルダ家(狩猟派)とカルナス家(農耕派)の対立が続いており、それを鎮めるために開かれる「グルメ祭り」では、司教が審査員を務める。


【Tips:ラメルダ州】

 ソラリス帝国西部に広がる、森林と自然の州。

「ソラリスの肺」とも呼ばれ、豊かな自然と共に生きる文化を持つ。

 紋章は鹿と角笛。木材や農作物の生産が盛んで、中央のアストラード州と交易関係にある。


【Tips:ラメルダ訛り】

 ソラリス帝国内でも特に有名な方言の一つ。

 ラメルダ州は広大で、北部・中央部・南部で言い回しも語調も異なるが、どこも共通してテンポが速くリズミカル。

“ラメルダの男はよう喋る”という言葉があるほど、話好きが多い。

 ラメルダ州民は他州でも方言を直さないことが多く、それがまた一種の“誇り”となっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ