第11話 巡礼の始まり
共同の祈りを終えて、事務仕事も一通りこなした。
けれど、心の中はずっと、ぐるぐると混乱しっぱなしだった。
(ノクタリカ……もし本当に彼女が、あの“隠者ノクタリカ”なら、私は……その子孫?)
さらに、エル・セフィアが帝国を滅ぼすかもしれないって話まで……信じられない。
でも、あの光るコウモリが喋ったのも、本当なのだ。
――お願い、部屋に戻ったらノクタリカがいませんように。
そんな祈りをこめて、ドアノブに手をかけた。
一気に扉を開ける。
「……」
部屋の隅。
ぶら下がってる。
光ってる。
(あっ、ライラちゃんおかえりなさーい!)
しゃべってる。
「……神はやっぱりいなかったのね」
思わずため息をついた私に、ノクタリカがビクッと震える。
(ひぇっ!?ライラちゃん、怒ってる?もしかしてあたし、怒られてる!?)
「怒ってません。ただ、ちょっと……希望を失っただけです」
(そ、それはつまり怒ってるじゃないですかあぁぁあぁ……!)
これが……私のご先祖様?
そんな馬鹿な。どう考えても間違いだ。
「怒ってないから……話をしましょう。ノクタリカ、さん……いえ、ノクタリカ様」
(えへへ、“様”なんていいよぉ〜。だってライラちゃんは、あたしの孫みたいなものだもん!)
……は、はは……
その瞬間、ノクタリカがぱあっと明るく光った。机の上にすとんと飛び乗る。
「……じゃあ、改めて聞くわ。エル・セフィアを止めるには、私、どうすればいいの?」
(あ、そ、そうだったね!その話ね!)
少し光が弱まったノクタリカは、ぺたんと机に座り直した。
(ライラちゃんはとても強い神秘を持ってるの。でも今のままだと……エル・セフィアの予言に勝てない)
「どうしてそんなことがわかるの?」
(だって今まで、“月の瞳”を持ってた人たち、みんな試したんだもん。誰も成功しなかったけど……)
「……“月の瞳”?」
(蒼い瞳。太陽の瞳に対するもう一つの力。未来を映す夢を視る力。でも、彼らは“太陽の瞳”を持つ人と出会うことさえできなかった)
確かに。この瞳は“赦されざる者”の証とされて、普通は教会の中に入れない。
一方、太陽の瞳は生まれながらの英雄。出会う機会なんて、普通はない。
「じゃあ私も、会えないんじゃないの?」
(でもライラちゃんは違う!あの夢で、陽炎の仮面祭でレオン=ル=アストラード君と踊ったじゃない!あれは、今まで誰も見られなかった“出会いの可能性”だったんだよ!)
レオン……確かミアの学友。
まさか彼が……あの夢の中の私だったなんて。
「……つまり、私は、“予言者に抗える力”を得て、レオンと出会う必要がある、と」
(うん!それには“巡礼”が必要なんです!ソラリス帝国中を旅して、八英雄の魂とまみえて、その力を借りるの!)
「でも、私はもうすべての州教会を回ったわよ? それじゃダメなの?」
(うぅ……州教会じゃないのぉ。八英雄は自由気ままに動いてる。だから……会える場所も時も決まってない)
「ええ……。仮面祭まであと3ヶ月しかないのに、帝国中を旅して探し回れってこと?」
(だ、大丈夫!ライラちゃんの神秘はとっても強いから、きっと彼らも懐かしくて集まってくるよ!)
まさかの吸引力理論。
あまりにも雑すぎて、笑いすら出ない。
……本当に、このコウモリの言うことを信じて大丈夫なの?
でも、夢の中のレオンとの出会いは、間違いなく美しかった。
あれが“未来の可能性”だというのなら、私にも……選びたい未来がある。
「……わかったわ。ヴェルト司教には、再巡礼のために一時的に任務を離れると伝える」
(ほんとに!?ありがとう、ライラちゃん!!)
ノクタリカは嬉しそうに机の上をバタバタ跳ねながら、ぴょこぴょこ頭をこすりつけてくる。
(じゃ、じゃあね!これ!“隠者の証”!)
光が、パァッと一気に強くなる。
目を閉じて、光が引いた頃にそっと見開くと――
机の上には、小さな髪飾りが置かれていた。
一輪の白い花。もうほとんどが散ってしまっていて、残っているのはたった一枚の花びら。
「これが……?」
(うんっ!これがあれば、夢がもっと鮮明に見えるようになるの!巡礼を進めるたびに、花びらが増えていくはず!)
なるほど。夢を見る旅、記憶を辿る旅、未来を変える旅。
どこか懐かしいようで、でも全く知らない旅。
「ありがとう。……もらっておくわ」
(えへへ……そんな、お礼なんて〜……こっちがお願いしてる立場なのに〜!)
ノクタリカは、机の上でぺこぺこ頭を下げていた。
この小さな存在が、地図製作の偉人“八英雄ノクタリカ”だなんて、今も信じられないけれど――
「ねえ、聞いてもいい?」
(なになに?)
「どうして、ソル・グアルディア州教会にいたの?」
(えっ!?それはもちろん……!引きこもれるからだよ〜!人少ないし!ジメジメしてるし!最高でしょ!?)
ああ……そういうことなのね。
「じゃあ最後に、もうひとつだけ聞かせて。予言者エル・セフィアは……どうしてこんなことを?」
ノクタリカは一瞬黙り込んだあと、ぽつりと答えた。
(……たぶん、“復讐”だと思う。詳しくは……あたしも知らないけど)
外はもう、日が落ちていた。
部屋に灯るロウソクが、風に揺れて、小さく明滅する。
私は、机の上の花の髪飾りをそっと手に取り、胸に抱きしめた。
【Tips:太陽の瞳】
ソラリス帝国にごくまれに生まれる黄金色の瞳。
覇王アラヴもこの瞳を持っていたため、“英雄の証”として知られる。
予言者エル・セフィアが残した予言書『英雄歴程』には、未来に現れる太陽の瞳の持ち主の運命が記されているという。
また、太陽の瞳は通常の人より視力が高く、歴代の持ち主は皆、戦場で無類の強さを発揮していた。
【TIPS:ソル・デポジト州教会】
ラメルダ州に立つ、木造建築の州教会。
複雑に組まれた木材は、現代技術でも再現が難しい職人技の結晶。
遷都時に一度解体されてから再構築されたため、600年前とほとんど同じ姿を保っている。
質素ながらも、通気性と保温性に優れ、居心地の良さでは州内随一とも言われる。
その荘厳さと居心地の両立は、訪れた者を静かに感動させる。




