第10話 月が映す未来
一つの音が打ち鳴らされる。
祭囃子が、ゆっくりと始まった。
彼女の手が私の肩に、私の手が彼女の腰に。
一歩踏み出し、くるりと旋回、リズムにあわせて跳ねるように舞う。
不思議なことに、一度も練習していないのに、私たちはまるで何度も一緒に踊ってきたかのように、ぴったりと息が合っていた。
誰かがぽつりと手拍子を始め、それがやがて周囲全体へと広がっていく。音の波が、祝祭を包み込んでいく。
風が吹く。
花が舞う。
彼女の銀髪が宙を舞い、舞い散る花と溶け合う。
月の仮面の奥、その蒼い瞳には、私の“太陽”が映っていた。
音楽が高鳴るたびに、私たちの距離は近づいていく。
言葉は要らなかった。ただ存在を感じればよかった。
そして、最後の一音が鳴り終わった瞬間、私たちは動きを止め、見つめ合った。
沈黙の中で、ただ静かに呼吸だけを重ねて――
◇
「っ……!」
飛び起きた私は、毛布を握りしめたまま、自分の手を見つめた。
心臓が暴れ回り、頬が熱い。いや、耳まで真っ赤かもしれない。
「私ったら、なにを……!? 相手は、私……!? 自分と踊る夢って……どういう……!」
あの冷たいはずなのに、どこか温もりを持っていた指先――
バフッ!
毛布に顔を埋めて転げ回る。
「ミアのせいだ! あんな手紙を送ってくるから……!」
でも、あんなに鮮明な夢はシド村以来だった。
広場に立つ大きなかがり火、響く音楽、踊る人たちの笑顔、熱気――
あれは帝都リステラ。陽炎の仮面祭。
今年の祭は、リステラで過ごすって決まってる。
(やった……ついに……!月が太陽に出会う未来が……これで……!)
「――誰だッ!!」
突如、部屋に響いた声に、私はすべての眠気を吹き飛ばした。
誰かがいる!? 慌ててあたりを見回す。だが、部屋には誰もいない。
(……え?)
「どこだ!?隠れてないで出てきなさい!」
(えっえっえええええええぇぇぇ!?)
視線を天井に向けると――
そこには、灰色に光る……コウモリ?が、逆さまにぶら下がっていた。
喋ったのは、まさかコイツ……!?
(ひぃっ!? い、今あたしを見ましたよね!?ど、どうぞお構いなく……!)
……。
私はベッドに戻り、そっと目を閉じる。
これは夢だ。そうに違いない。しゃべる光るコウモリなんて、夢以外にあるわけがない。
とりあえず寝よう。何もかも忘れて。
ベッドに潜り直して、毛布をかぶる。
(ちょ、ちょっと待ってください!寝ないで!ちゃんと声が聞こえているなら……!)
うるさいコウモリ……。
顔だけ出して、こっそりコウモリを見ると、すでに目の前に来ていた。
(ライラちゃんっ……! ああ、この日を何度夢見たことか……!)
「……どうして私の名前を知ってるの?」
(あ、あわわ、ご、ごめんなさい……!ずっとそばで見ていたから……!)
「そばで……どういう意味?」
(えっと、だから……ま、守り神!あなたの守り神なんです!)
「残念だけど、私はそういうものを信じてないの」
……気が狂ってしまったのかもしれない。
あまりのバカバカしさに、私は顔を覆ってうなだれた。
(ううぅぅ……でも、でも!ライラちゃん、夢見たでしょ!? 仮面祭で自分と踊ってたでしょ!?)
「……っ、な、なんでそれを!?」
(あれはただの夢じゃない。太陽の瞳が映す未来の可能性。エルちゃん――予言者エル・セフィアと同じ神秘の力!)
◇
私はベッドに座り直し、コウモリと正面から向き合った。
「それで? 私の夢が予言だと?」
(う、うん……)
「仮にそうだとして……私には関係ない。他人の未来が見えたって、意味なんてない」
(でも、ライラちゃんが動けば、未来は変わるの!)
「……それがどうしたの?」
私は眉をひそめた。
他人の未来を変えたところで、私の過去が変わるわけじゃない。
「他人の未来を変えたって……私は、ただの審問官よ」
コウモリは、まるで泣きそうな声で叫んだ。
(違う!このままだと……ソラリス帝国は、滅びてしまう!)
「は?」
(未来を変えすぎると、“厄”がたまっていくの。放っておくと、それが災いになって世界にあふれ出すの)
話についていけない。
なら、未来なんて変えなければいい。誰も動かなければ、何も起こらない。
(“英雄歴程”は、予言書なんかじゃない……罠なの!)
「……罠?」
(予言者が残したあの書は、“太陽の瞳”を持つ者を導くふりをして、運命を縛る呪いなの!)
胸の奥がぞわっと冷たくなる。
(すでに9人……9人が違う未来を選んで、厄がたまってる。そして、10人目……今の太陽の瞳の持ち主が、災厄を呼び出す運命にある!)
「……じゃあ、どうすればいいの?」
(止めて!あの子を――エルちゃんを!それができるのは、“月の瞳”を持つあなたしかいない!)
月の瞳、予言、呪い、厄災、未来――
頭の中がぐるぐると回る。
「……あなたは誰?」
コウモリは、灰色の光を弱めながら、静かに名乗った。
(私は……ノクタリカ。“隠者ノクタリカ”と呼ばれてた……信じてもらえないかもしれないけど)
朝の光が差し込む。
床に、私の影が落ちる。
でも――
そこには、コウモリの影はなかった。
【TIPS:異端審問官】
ソル・アルカ教における信仰の守護者。
異端や背信者、他教徒に対する調査と排除を担う。
調査員は高い学識と信仰を持つ者のみ、執行員は一度罪を犯し、その後更生した者が任命される。
その存在は、時に信徒にとって希望であり、また時に恐怖でもある。
【Tips:八英雄ノクタリカ】
ソラリス帝国建国の英雄の一人。
地理情報を初めて“緯度・軽度”という座標で整理し、地図制作の基礎を築いた。
元々は極端な人間嫌いで、アルメティア山地の洞窟にこもっていたが、予言者エル・セフィアの粘り強い説得により、覇王アラヴの忠臣として仕えた。
現代の中央アルメティア大陸の地図に描かれる州紋章は、彼女の原案とされる。
【Tips:英雄歴程】
予言者エル・セフィアが残した予言書。
未来に現れる“太陽の瞳”を持つ者たちの運命が書かれている国宝。
全部で22枚あり、現在の第9枚目にあたるザラド・ロメロ 第10枚目にあたるレオン=ル=アストラードが帝国にいる。




