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月の瞳は夢を見る。――異端のシスター巡礼記  作者: 佐倉美羽
隠者の英雄 ノクタリカ

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第10話 月が映す未来

一つの音が打ち鳴らされる。

祭囃子が、ゆっくりと始まった。

彼女の手が私の肩に、私の手が彼女の腰に。


一歩踏み出し、くるりと旋回、リズムにあわせて跳ねるように舞う。

不思議なことに、一度も練習していないのに、私たちはまるで何度も一緒に踊ってきたかのように、ぴったりと息が合っていた。


誰かがぽつりと手拍子を始め、それがやがて周囲全体へと広がっていく。音の波が、祝祭を包み込んでいく。


風が吹く。

花が舞う。


彼女の銀髪が宙を舞い、舞い散る花と溶け合う。

月の仮面の奥、その蒼い瞳には、私の“太陽”が映っていた。

音楽が高鳴るたびに、私たちの距離は近づいていく。


言葉は要らなかった。ただ存在を感じればよかった。

そして、最後の一音が鳴り終わった瞬間、私たちは動きを止め、見つめ合った。

沈黙の中で、ただ静かに呼吸だけを重ねて――



「っ……!」


飛び起きた私は、毛布を握りしめたまま、自分の手を見つめた。

心臓が暴れ回り、頬が熱い。いや、耳まで真っ赤かもしれない。


「私ったら、なにを……!? 相手は、私……!? 自分と踊る夢って……どういう……!」


あの冷たいはずなのに、どこか温もりを持っていた指先――

バフッ!

毛布に顔を埋めて転げ回る。


「ミアのせいだ! あんな手紙を送ってくるから……!」


でも、あんなに鮮明な夢はシド村以来だった。

広場に立つ大きなかがり火、響く音楽、踊る人たちの笑顔、熱気――

あれは帝都リステラ。陽炎の仮面祭。

今年の祭は、リステラで過ごすって決まってる。


(やった……ついに……!月が太陽に出会う未来が……これで……!)


「――誰だッ!!」


突如、部屋に響いた声に、私はすべての眠気を吹き飛ばした。

誰かがいる!? 慌ててあたりを見回す。だが、部屋には誰もいない。


(……え?)


「どこだ!?隠れてないで出てきなさい!」


(えっえっえええええええぇぇぇ!?)


視線を天井に向けると――

そこには、灰色に光る……コウモリ?が、逆さまにぶら下がっていた。

喋ったのは、まさかコイツ……!?


(ひぃっ!? い、今あたしを見ましたよね!?ど、どうぞお構いなく……!)


……。

私はベッドに戻り、そっと目を閉じる。

これは夢だ。そうに違いない。しゃべる光るコウモリなんて、夢以外にあるわけがない。

とりあえず寝よう。何もかも忘れて。

ベッドに潜り直して、毛布をかぶる。


(ちょ、ちょっと待ってください!寝ないで!ちゃんと声が聞こえているなら……!)


うるさいコウモリ……。

顔だけ出して、こっそりコウモリを見ると、すでに目の前に来ていた。


(ライラちゃんっ……! ああ、この日を何度夢見たことか……!)


「……どうして私の名前を知ってるの?」


(あ、あわわ、ご、ごめんなさい……!ずっとそばで見ていたから……!)


「そばで……どういう意味?」


(えっと、だから……ま、守り神!あなたの守り神なんです!)


「残念だけど、私はそういうものを信じてないの」


……気が狂ってしまったのかもしれない。

あまりのバカバカしさに、私は顔を覆ってうなだれた。


(ううぅぅ……でも、でも!ライラちゃん、夢見たでしょ!? 仮面祭で自分と踊ってたでしょ!?)


「……っ、な、なんでそれを!?」


(あれはただの夢じゃない。太陽の瞳が映す未来の可能性。エルちゃん――予言者エル・セフィアと同じ神秘の力!)



私はベッドに座り直し、コウモリと正面から向き合った。


「それで? 私の夢が予言だと?」


(う、うん……)


「仮にそうだとして……私には関係ない。他人の未来が見えたって、意味なんてない」


(でも、ライラちゃんが動けば、未来は変わるの!)


「……それがどうしたの?」


私は眉をひそめた。

他人の未来を変えたところで、私の過去が変わるわけじゃない。


「他人の未来を変えたって……私は、ただの審問官よ」


コウモリは、まるで泣きそうな声で叫んだ。


(違う!このままだと……ソラリス帝国は、滅びてしまう!)


「は?」


(未来を変えすぎると、“厄”がたまっていくの。放っておくと、それが災いになって世界にあふれ出すの)


話についていけない。

なら、未来なんて変えなければいい。誰も動かなければ、何も起こらない。


(“英雄歴程”は、予言書なんかじゃない……罠なの!)


「……罠?」


(予言者が残したあの書は、“太陽の瞳”を持つ者を導くふりをして、運命を縛る呪いなの!)


胸の奥がぞわっと冷たくなる。


(すでに9人……9人が違う未来を選んで、厄がたまってる。そして、10人目……今の太陽の瞳の持ち主が、災厄を呼び出す運命にある!)


「……じゃあ、どうすればいいの?」


(止めて!あの子を――エルちゃんを!それができるのは、“月の瞳”を持つあなたしかいない!)


月の瞳、予言、呪い、厄災、未来――

頭の中がぐるぐると回る。


「……あなたは誰?」


コウモリは、灰色の光を弱めながら、静かに名乗った。


(私は……ノクタリカ。“隠者ノクタリカ”と呼ばれてた……信じてもらえないかもしれないけど)


朝の光が差し込む。

床に、私の影が落ちる。

でも――

そこには、コウモリの影はなかった。



【TIPS:異端審問官】

ソル・アルカ教における信仰の守護者。

異端や背信者、他教徒に対する調査と排除を担う。

調査員は高い学識と信仰を持つ者のみ、執行員は一度罪を犯し、その後更生した者が任命される。

その存在は、時に信徒にとって希望であり、また時に恐怖でもある。


【Tips:八英雄ノクタリカ】

ソラリス帝国建国の英雄の一人。

地理情報を初めて“緯度・軽度”という座標で整理し、地図制作の基礎を築いた。

元々は極端な人間嫌いで、アルメティア山地の洞窟にこもっていたが、予言者エル・セフィアの粘り強い説得により、覇王アラヴの忠臣として仕えた。

現代の中央アルメティア大陸の地図に描かれる州紋章は、彼女の原案とされる。


【Tips:英雄歴程】

予言者エル・セフィアが残した予言書。

未来に現れる“太陽の瞳”を持つ者たちの運命が書かれている国宝。

全部で22枚あり、現在の第9枚目にあたるザラド・ロメロ 第10枚目にあたるレオン=ル=アストラードが帝国にいる。

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