第9話 お手紙、ありがとうございます
拝啓 二月二日
お手紙、ありがとうございました。
ステラヴィアでは、いまだに分厚い雲が空を覆い、町も人もドンヨリに包まれております。ときおり、雲の切れ間から太陽の光が差し込み、「あっ」と思うのですが、数分後にはまたドンヨリの世界に逆戻りです。まるで、ヴェルト司教の無言の威圧感に耐えている司教室の空気を思い出してしまいます。
冬季課題で模擬立法討議があったとか。それは大変でしたね。特にロイドさんの「辺境民の徴税と防衛の優先順位」に関する話は興味深く感じました。メテウス州のカイルさんとの議論、私もぜひ聞いてみたかったです。
そして、あなたのお手紙を読んで、私は少し驚いてしまいました。前回のお手紙で、“この国についてどう思う?”や“巡礼して何か感じたことは?”などと問いかけていた理由が、ようやくわかりました。なるほど、そういうことですか。不正はいけませんよ。
もっとも、あなたのことですから、“これは民の声を聞いただけ”などと言い訳されるのでしょうね。いつもそんな調子です。あなたも、ゲールさんの沈黙にじりじりと追いつめられる苦しみを味わえばいい。ともあれ、課題の終了、お疲れさまでした。
安息週間にオフィリア州の歌劇とは、なんとも羨ましい限りです。
演目は『銀砂の王国』でしたか。太陽の戦士役をセシリアさんが演じていたと聞きました。さぞ美しく、華やかな舞台だったことでしょう。あなたのお手紙からも、その感動が伝わってきました。……で、どなたとご一緒だったのでしょうか?
事と次第によっては、私もリステラに“巡礼”に出向く必要があるかもしれませんね。
チケットを同封してくださり、ありがとうございました。時間できれば、是非観に行かせていただきます。
私の方はというと、ラメルダ州の辺境へ巡礼に赴いておりました。
安息週間だというのに、ヴェルト司教の命にて。まったく、酷い話です。でも、そのおかげでセルヴァリスを見ることができたのは、実に幸運でした。……覚えていますか?私たちが孤児院でこっそり夜に『七日間の死闘』を読んでいたあの頃。本棚から本をこっそり持ち出して、管理人に見つかって叱られたこと。尋問されるあなたが、私のことなど知らないと管理人を睨みつけながら言い張ってくれた姿を、いまだに夢で見ることがあります。懐かしい思い出です。
夢といえば……あなたが以前話していた夢の話、「教室で“グレン来てないね”と言ったら、机の上にパンが置いてあって、“ああ、グレンは今パンなんだよね”と皆が言っていた。しかもパンなのに出席がついていた」――という不思議な内容の夢。あれにどんな教訓があるかと問われても、正直私にはわかりません。おそらく、“パンの食べ過ぎに注意しましょう”ということなのでしょう。
私の助言で、あなたの体重は守られたようですね。感謝の言葉が今にも聞こえてきそうです。
私も最近、夢を見ることがあります。戦場を駆け抜けるような夢です。あまり気分の良いものではなく、まさに“ハズレ夢”ですね。でも、たまにあなたが登場することがあり、それが“アタリ夢”です。
次は夢の中ではなく、現実でお会いできる日を楽しみにしています。それでは、また。
敬具
ライラ=ロ=ノクタリカ
ミア・フェルネスト様
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拝啓 三月十四日
お手紙、拝読いたしました。
リステラの街では、麦の芽が芽吹き始めており、青く広がる草原が美しく出来上がっているとのこと。とても素敵ですね。フレイさんがよく寝転がっているそうで、それもまた微笑ましい話です。きっと彼とは気が合うと思います。
この時期のリステラは賑わっているのでしょうが、こちらステラヴィアは静かなものです。門を抜けて少し歩くだけで、山々が広がっています。寝転ぶには最適――とは言えませんが、大の字で横になろうと思えばいつでも可能です。もっとも、でこぼこしていて、決して気持ち良いとは言えませんが。
前回のお手紙で書かれていた歌劇場の件、驚きました。ご一緒されたのがまさかロイドさんだったとは。そしてその上、修道女である私に恋の相談とは……さらに驚きました。相談する相手を、完全に間違えています。どうしてこんな堅物に相談しようと思ったのでしょうか。もし万が一どうにかなる恋だったとしても、私に相談した時点でどうにもならなくなるのではないかと心配です。
ですが、あえて言うならば――まずは情報収集が最優先です。前提となる情報が揃っていなければ、どんな仕事もうまくいきません。これは巡礼でも、立法でも、恋でも同じです。
さて、私は先日オフィリア州に巡礼に行ってまいりました。とても疲れたので、いただいたチケットで『銀砂の王国』を見に行こうとしたのですが……すでに公開期間が終了していたそうです。情報収集の大切さを、改めて思い知ることとなりました。痛感しています。
ところで、太陽の瞳を持つ少年――たしかレオンさんでしたか。ロイドさんが彼を苦手としているという話、なにか根深い事情があるのかもしれませんね。
けれど、彼は“未来の英雄”です。
ここでご機嫌を取っておくのも、将来を考えれば賢明な選択ではないでしょうか。あなたが私のことを思って、なんとなく彼を気にくわないと感じてくださるのはとてもありがたいです。でも、正直に申し上げますと、嫌われるのは将来的に損になるだけです。
以前、私がノクタリカ州代表選考会で“瞳”を理由に落とされた時、誰よりもあなたが怒ってくれたこと、私は今でも忘れておりません。とても嬉しかったです。
でも今は――あなた自身の未来のことを、しっかりと考えてください。
とまあ、本質をちくりと突いてしまったこと、お許しください。
そのお詫びとして、オフィリア州で見つけた可愛らしい栞を同封いたします。
追伸。
次の「陽炎の仮面祭」では、時間が取れそうです。リステラに伺おうと思います。
よろしければ、案内していただけると嬉しいです。
情報敗者 ライラ=ロ=ノクタリカ
青春乙女 ミア・フェルネスト様
【Tips:帝国八州代表選考会】
ソル・アルカ大教会において、10年間の教育を経て各州の中枢人材を育てるために行われる選考会。5〜10歳の才能ある子どもを対象に、家柄不問で八州から1名ずつ選出される。
学術試験・実技試験・面接試験の三部構成となっており、ソラリス帝国でも最難関の試験のひとつ。合格すれば将来を約束されたも同然とされ、多くの家庭が希望を託して受験に挑む。
【Tips:安息週間】
ソラリス帝国の“国民的休暇”。
太陽神アウラが予言者エル・セフィアに息子アラヴを託したとされる一週間を記念し、国民は労働を避け、神に祈りを捧げ、家族と共に過ごす期間。
軍や教会も最低限の業務に留まり、街の広場では神話劇や奉納演舞などが行われる。
【Tips:太陽の瞳】
ソラリス帝国にごくまれに生まれる黄金色の瞳。
覇王アラヴもこの瞳を持っていたため、“英雄の証”として知られる。
予言者エル・セフィアが残した予言書『英雄歴程』には、未来に現れる太陽の瞳の持ち主の運命が記されているという。
また、太陽の瞳は通常の人より視力が高く、歴代の持ち主は皆、戦場で無類の強さを発揮していた。




