1 異世界からの転移勇者さま
ここは日本ではない。
何処にあるのか、別の次元か。まさかのボクの夢の中という可能性も否定出来ないのだけれど、ここは異世界。
その異世界にいくつもある国の一つ「ミヨイ王国」の王都、その東地区の中央に国教「スメラギ教」の教会の大聖堂があった。
大聖堂の大広間に素っ裸で召喚されたボク。
毛深いのが珍しいらしく、召喚時に居合わせていた男性魔道士たちは、マジマジとボクの股間を凝視していた。
恥ずかしい⋯⋯。
なんの前触れもなく、僕とモリクボ先輩は突然こちらに召喚されてしまった。
よく分からないが「迫り来る魔族の脅威から世界を守る為に、異世界勇者を三人召喚」したという。
一人は召喚時の転移座標ミスで、壁にめり込んだ状態で即死だったとか。酷い話だ。
もう一人はモリクボ先輩で、一ヶ月前に……こちらも転移座標にゆらぎが生じて、召喚出現位置が教会大聖堂からかなりずれて、隣国の「アタランテ帝国」の辺境の村に現れたらしい。
それと最大の問題は、転移召喚時に性別が反転してしまう事。
どうやら性別が反転する時に、こちらの世界の人間にはありえない程の、特別なスキルと魔力量が身体に備わるようで、転移者を尊敬を込めて「勇者」と呼称する。
* * *
勇者さま⋯⋯勇者さま⋯⋯。
聖女アリシアさんが大聖堂から戻るのを待っている間に、いつの間にか寝落ちしていたらしい。
声を掛けてきたのは、王都の中央広場にあるセンター「ギルド受付嬢のアリサ」さんだった。
「勇者さま、聖女アリシアさまから話は伺っております。先に冒険者登録を済ませておきませんか?」
そういえば召喚された時にいわれていたっけ。冒険者として王国で身分を証明しておけば帝国にも入りやすいとか。
「あっ、はい。お願いします。何をすればよいのですか?」
異世界転生、その手の小説やアニメは殆ど見たことがないのだが、どうやらネットゲームのそれに近いらしいということくらいは知っている。判定は、ゲームのキャラメイキングみたいなものなのかな。
「まずはランク判定の為に、職業適性とレベルを確認しましょう。こちらの水晶玉に手を乗せてください」
人間の頭蓋骨のようなデザインの水晶をカウンターの上に出してきた。
「こう、ですか?」
「ええ、それで結構です。ではしばらく測定が終わるまで、そのまま手を乗せておいてくださいね」
すると、最初は青白くぼんやりと輝いていたその水晶の色が少しづつ変化してきた。
——紫だ
青に赤い色が混じって紫に変化してきた。赤み強くなり、より赤よりの赤紫で変化が止まった。
「はい、ありがとうございます。事前に伺っていた通り『魔法使い』としての適性が強く出ているようですね』
「魔法使いですか。あまり実感がわかないですね」
日本にいた頃に少しでも異世界ファンタジーに触れていれば、こういう時もう少し理解が出来るのだろうが、さっぱりだ。
後でアリシアさんに解説をしてもらおう。
「では、冒険者ランクの参考にするレベル判定を行います。そのまま今度は、この水晶に向かって意識を集中してください」
「どういう風に意識を集中すればいいのか、よくわからないです……」
「それでは、こう考えてください。頭の中でこの水晶を押し潰してペタンコにするような、そんなイメージをしてください」
「……はい」
イマイチよく分からないが、とりあえず言われるままに頭の中でイメージイメージ。
「うわ⋯⋯うわっ、なんか熱くなってきた、それに⋯⋯」
水晶が振動を始めた。それに伴い熱を帯びてきた感じがする。
「ああああ、あのあの、これ大丈夫なんですかぁぁぁぁ」
――ヴゥゥゥゥン
「そのまま続けてください。こ、これはすごい」
怯えるボクを気にせずアリサさんは、水晶の様子を冷静に観察している。
激しく振動する水晶。まだ測定が終わらないのだろうか。アリサさんはじっと様子を観察している。
――ピシッ
あっ、なんかヒビが入ってきた。大丈夫かな⋯⋯。アリサさんの表情が少し強ばってきた。
「あっ、あの⋯⋯」
心配になって声が漏れる。
「そのまま、そのまま⋯⋯」
――ピキピキピキ、ピシャアアアアアン
「ああっ」
水晶は激しい音とともに粉々に砕けて飛び散ってしまった。
それを見たアリサさんは少し興奮した様子で額の汗を腕で拭いつつ話だした。
「いやぁ、さすが勇者さまですね。魔力量が膨大過ぎて計測不能でした」
「これは、どういうことなのでしょうか」
「計測不能なれど可能性は未知数。経験値不足なのだけれど⋯⋯」
つまりとんでもない魔法使いということ以外は何も分からないということらしかった。
ギルドとしての公式認定として以下のようになった。
――ランク暫定Sクラス魔法使い
「勇者シノヤマさん!」
聖女アリシアさんが戻ってきた。
「急いで大聖堂に戻りましょう」
「どういうことです?」
「詳しくは戻って大司教さまとお話を⋯⋯」
アリシアさんの深刻そうな表情から、何かよくない話なのかなと想像はついた。
―― つづく