プロローグ ――サッカーは戦争だ。
ボールを蹴る音。スタジアムに響く歓声。ゴールネットを揺らす快感。
そのすべてが、赤沢健斗にとっての生きる意味だった。
中学サッカー部のエースストライカーとして、全国優勝を夢見ていたあの日。
雨が降りしきる決勝戦、雷鳴とともに落ちてきた閃光が、すべてを奪い去った。
――目を覚ましたとき、そこは血と土の匂いがする戦場だった。
荒れ果てた大地に無数の武装兵。剣と盾を構える騎士。杖を掲げ呪文を唱える魔法使い。空を駆ける騎竜兵の群れ。
そして、その中心に――巨大な革のボールが転がっていた。
「……ここは、どこだ……?」
混乱する健斗を取り囲む甲冑の男たちが、声を上げる。
「貴様が新たな転生者か! 救世のストライカーと聞いている!」
「王国のサッカー部隊に入れ! すべてはゴールのために!」
剣と魔法が飛び交う戦場で、血の臭いにまみれながら、ボールを追いかける。
それが、この世界のサッカーだった。
殺し合いの果てにゴールを奪い、国を制す。
サッカーがすべてを決める――そんな狂った世界。
与えられた称号は『救世のストライカー』。
だが、現実は無情だった。
戦場でボールを追えば斬られ、盾を抜ければ矢が飛び、魔法に焼かれ、倒れ、そして僧侶の蘇生魔法で生き返る。
何度死んでも結果は出せず。
裏切りの声が飛び交い、栄光の称号は『無能な外れ者』に変わった。
――そして、健斗は辺境へ捨てられた。
だが、ここで終わるわけがない。
荒野にひとり、ボールを抱えて立つ健斗の前に、一人の男が現れる。
「サッカーを、教えてやろう。」
かつて王国最強と謳われた伝説のストライカー――ローナルド。
血の匂いをまとったその笑みが、健斗の胸に火を灯す。
――もう一度、蹴りあげてみせる。この命を賭けてでも。
剣と魔法の世界で、俺のゴールを奪い返す――!
ローナルドの元での修行は、地獄のようだった。
剣を持った相手を正面からかわすステップ、魔法弾を見切る視力と反射神経、奪ったボールを守り切るための盗賊の身のこなし――
「お前が求めるゴールは、血と骨の向こう側にしかない。死ぬ気で生きろ、健斗。」
何度倒れても、ローナルドは笑ってボールを投げてきた。
何度死んでも、立ち上がった。
足は泥と血にまみれ、心は熱く、確かにあの日のフィールドを思い出させてくれた。
そして――
新しい中学校への転校が決まった。
『盗賊』としての職業を得た健斗は、辺境の中学サッカー部に所属し、再びユニフォームに袖を通す。
しかし、異世界人というだけで、そこには冷たい視線と拒絶の壁があった。
(それでも……俺はもう負けない。)
ローナルド直伝の動きを武器に、誰よりも速く走り、誰よりも貪欲にゴールを狙う。
次第に、仲間の目が変わっていくのを、健斗は感じていた。
そんなある日――
近隣の中学校から、練習試合の申し込みが届いた。
その学校には、中学サッカー界最強の呼び声高い魔法使い――トマトッツがいるという。
高慢で傲慢で、何より絶対的な実力を持つエース。
彼の前に立つ時が来た。
「来いよ、トマトッツ。俺のサッカー、見せてやる。」
――ここからが本当の戦争だ。