秘密
第五話 秘密
その夜。マリ姉の家に泊まることになった俺は、ダイニングのテーブルの椅子に座っていた。フールと共に。ダイニングは、家の広さの割に長机があるわけでもなく、普通の家族用のテーブルだ。もちろん、二人で暮らしているのだからそれは必要ないのだと思うけれど、家の広さからすると、どうしても違和感を覚えてしまう。しかし、自分の家の作りに似ているため、とても落ち着く。
「マリ姉、まだー?」
「んー。まだー」
「あともう少しだから待ってー」
・・・・・・なんでリーナもしてるんだよ。
なぜか知らないけれど、リーナがマリ姉と一緒に料理をしている。デザートにお菓子でも出るのかな。こちらから台所は見えないので、鼻と耳の神経を尖らせて何か何かと思っていると、フールが話しかけてきた。
「シリル兄」
「ん、なんだ?」
「・・・・・・この家広いけれど、寝れる部屋は二つしか無いんだよね」
「・・・・・・ってことは・・・・・・?」
「うん。僕とシリル兄が同じベッドで寝て、マリ姉とリーナちゃんが一緒に寝るんだ」
・・・・・・えっ?なんだ、俺フールと一緒かよ・・・・・・。
てっきり、俺とリーナが一緒に寝ろ、と言われているもんだと思った。いや、よく考えたら、普段フールとマリ姉は別々に寝ているから人様に一つベッドを貸すわけ無いよな?もしかすると、普段一緒に寝ているのか?
「はーい、できたよー」
俺の思考を邪魔するようにマリ姉が声をかけた。料理を作った女子二人は満面の笑みを浮かべている。その手に持っているのはカレーだ。俺の欲張りな腹がとても震えている。それだけで、美味しいことがわかる。
「今日のカレーには、カンディードちゃんのチョコレートが入っているのよ」
・・・・・・マジか。ありがたいわ。
今更だが、俺は甘党である。辛いものは全く食べられない。あの鼻と舌を突き刺すような感じが嫌いである。だから、カレーはいつも甘口である。よく見たら、この場にいるのは全員甘党だ。
・・・・・・しかも、リーナのチョコレートか。
リーナのチョコレートはとても深い甘みが感じられ、ミルキーで、かつコクを感じられる。そのリーナのチョコレートがカレーに入るなんて、想像しただけで腹が満たされそうだ。満たされないが。
「うわぁ・・・・・・!美味しそう!」
フールは我慢ならない、と言わんばかりに前傾姿勢で待機している。
「さぁ、召し上がれ」
「いただきます」
俺は勢いよく机上のスプーンを取った。そして、その勢いのままカレーをすくう。口に入れた瞬間、カレー独特のピリリとした辛みと、後からリーナ特製チョコレートの得も言われぬ甘みを感じる。
・・・・・・あぁ、最高だ。しかも、二日目のカレーのようにまろやかでコクがあるじゃないか!
俺は二日目のカレーがたまらなく好きなのだ。そして、メインのカレーを引き立てるホカホカのご飯も最高である。特に俺は米を味わっているときに、大地の恵みと自分が生きている恩恵を感じる。つまり、俺は白米諸々が好きである。
「美味しい!マリ姉、美味しいよこれ!」
「ふふふ。フールに喜んでもらえて嬉しいわ。ルーの仕込みから頑張ったのよ」
・・・・・・ほぅ。この家のカレーはルーから手作りなのか。こだわっているなぁ。
しかもこのカレー、後半になっても飽きないのである。わざとなのかわからないが、チョコレートの混ざり方が均等ではないので、少しの味の変化が楽しめる。これは神のカレーと言っても過言ではない。うん、合格だ。
最高の夕食を終えた後、俺は風呂に入り、フールと寝室に向かった。
「うわぁ・・・・・・。広いな、この部屋」
「うん。広すぎて困ってるんだけどね」
・・・・・・ずるいな。うちにもお金を分けてほしいぜ。いや、貧乏ってわけじゃないけれど、広い家を変えるほど裕福でもないからな。
もちろん、どこの家の庭もトレーニングができるように広いが、家自体はあまり広くない家が多い。
「ねぇねぇ、シリル兄!絵本読んで!」
・・・・・・フールもまだまだ子どもだな。
昔のフールを思い出しながら、俺は了解の返事を出す。
「いいよ。何読もっか」
「勇者の本読む!」
そう言ってフールが持ってきたのは、グリモワール・ダムネ・テヌーブルくらい・・・・・・パッと見五百ページはある分厚い本だった。
・・・・・・フールもまだまだ子どもだな・・・・・・?え・・・・・・?
その瞬間、猫を出現させたくなったが、抑えた。まぁ、いいだろう。最近の子供はこんなに分厚い本も読むのかもしれない。聞いてしまったら、癪に障るかもしれない。そして、俺はもう一つの疑問を聞いてみた。
「ん?勇者の本?」
「うん!シリル兄がモデルになってるんだよ」
・・・・・・知らねぇ。
それもそうだろう。皆が口々に勇者シリルがモデルだと言うが、絵本の最後には小さく「この物語に登場する人物・団体は実際の人物に関係ありません、そしてこれはフィクションです」と書かれていた。あっ、そう。
・・・・・・そして、絵本と言っても絵が十分の一以下でありますか。
その後は覚えていない。ただ、俺が寝るまでその本を読んでいたことだけは覚えている。
「はぁー。お風呂気持ちよかったー」
私はマリーナさんの部屋のドアの前に来るなり、そう言った。
・・・・・・うちのお風呂も広いけれど、やっぱりここのお風呂は景色がいいからなぁ〜。
「お!おかえり」
ドアを開けると、先にお風呂から上がっていたマリーナさんが声をかけてくれた。何やらニヤニヤしているのは気のせいだろうか。
「・・・・・・なんでニヤニヤしているんですか?」
私が聞いた途端、余計にニヤニヤし出した。
・・・・・・なんだろう。心当たり無いなぁ〜。
「ねぇ・・・・・・。カンディードちゃんはシリルくんの事、好き?」
・・・・・・あぁ、シリルね。シリルって誰だっけ?シリル、シリル・・・・・・。ん?ヴァイヤン・シリル・・・・・・クロじゃん!へ?
私は、普段聞いていない名前だからか、それとも図星だったのかわからないが、瞬時にそれがクロだということが認識できなかった。
「あれ?その顔は図星だね?」
「ち・・・・・・ちがっ」
どうやら顔に出てしまったようだ。私は必死に否定するが、マリーナさんは止まらない。
「ふーん?やっぱりそうなんだー?」
「だからちがっ」
「・・・・・・手伝ってあげてもいいよ」
・・・・・・手伝う?私を?
私は、本心に問いかけてみる。
・・・・・・おい、自分の本心!本当はどうなんだい!
・・・・・・私は、昔からクロと一緒にいた。家も近いし、親同士が仲が良かったものだから、よく遊んでいた。
「待ってよー」
「はいはい」
昔は二人で公園とかで元気よく走り回っていた。その時はすごく楽しかった。
「ねぇねぇ、クロ」
「だから、その呼び方やめろって言ってるだろ?」
「いやだ!愛称で呼びたい!」
「はぁ・・・・・・。僕の愛称はお嫁さんだけが呼べる特権持ってるんだよ?」
「じゃあ私がお嫁さんになる!」
「えぇ〜」
みたいな感じで、唯一「クロ」と呼べる権利を手に入れたのも私だ。
・・・・・・けれど、そんな毎日が続くはずがなかった。
ある日、クロの両親が「勇者修行をするから当分遊べない」と言われ、ショックを受けたのを今でも覚えている。この前ほどでは無いが、部屋に引きこもっていた。
・・・・・・一緒に魔法使いになろうって約束したのに!
しかし、クロは私のことを気にかけてくれていたのか、たまに修行を抜け出して私と遊んでくれた。それだけで私は救われていた。だから、自分一人魔法使いになったとしても、頑張ることができたのだ。
・・・・・・あの時のことは今でも許していないんだから!
そう、あれは私にとって人生で一番ショックを受けた出来事であった。
「たあぁ!」
半年前、私たちはいつものように、というか、いつものようにクロは修行を抜け出して私と戦っていた。相手は勇者だから、私も頑張って大きいペロペロキャンディーを使って対抗していた。
「ちょっと休憩しよっか?」
私は、少しクロの集中が切れていることを悟り、ベンチに座って休憩することにした。すると、クロから思いがけない発言が飛び出してきた。
「リーナ。俺、明後日から魔王討伐に行くことになったんだ」
・・・・・・魔王討伐、だって?
普通、この場合の「魔王討伐に行く」という言葉は、「死にに行く」と言っているのと同じだ。しかし、私はクロがそれを実現できる、成し遂げることができると思っていたから、心配よりも応援したいと言う気持ちが勝った。
「すごいじゃん、クロ!魔王討伐なんてなかなかできるもんじゃないよ!」
「・・・・・・悲しまないのか?」
・・・・・・悲しむ訳ないじゃん。幼なじみの願ってもいない出世だもん。
正直、私のペロペロキャンディーだけじゃもう歯が立たないレベルだ。恐らく、クロは実力を隠しているのだろう。私が本気を出しても敵わないほどに。そんなクロのことを思いながら、私は自分が思ったことをそっくりそのまま言うことにした。
「クロだったら絶対に成し遂げられるって思ってるから!それで?私も行っていい?」
「・・・・・・」
私は、絶対にクロと一緒に行きたい。そして、もっと絆を深めたい。そういう思いで私は言ったのだ。そして、どうせ、一緒に行けるだろうと勝手に思っていた。
「ごめん・・・・・・。俺は1人で行く」
「え・・・・・・?」
そんな答えが返ってきた時、私は今まで積み上げてきたものが崩されるような感覚に陥った。
・・・・・・私の今までの十六年間は何だったの・・・・・・?
私はクロと一緒に旅をしたいと思って、今まで一緒に戦ったり遊んでたりしてたのに。どうせ私のことなんてどうでもいいと思っているんだろう。あの時、私が「クロ」と呼んでいいと言ってくれたのも、面倒くさい私を引き剥がすための言葉だったのかもしれない。
「ごめん。俺が帰ってくるまで待っててくれるか?」
「・・・・・・意味わかんない!もうクロなんて知らない!」
「あ」
私はそう言い残して家に帰り、部屋に引きこもった。クロが魔王討伐に行く前も、家に来たらしいが、私は知らない。もうどうでもいいんだ。あんなやつ。
・・・・・・嘘です。本当は・・・・・・本当は!
本当は、クロに頼ってもらえなかったことが悲しかった。私じゃ力になれないと思って、悲しかった。だから、あの時「魔法を学びたい」って言ってもらったときは私でも力になれるんだ、と思って立ち直れた。
・・・・・・本当は・・・・・・本当は!
「・・・・・・マリーナさん」
「言わなくてもわかるよ。クロに頼ってもらえなかったことが悲しかったんだろう?でも、それはカンディードちゃんを危険に遭わせないためだったって言ってたわ」
「え・・・・・・?」
・・・・・・そんなことを?
「シリルくんは魔王討伐に来る前、カンディードちゃんを傷つけてしまったかもしれない、って相談に来たわ。本当はそんなつもりはなかったって」
・・・・・・そうだよね?流石に私はちゃんとやっているよね?
マリーナさんの言葉を聞いて、私は自分自身に自信が持てた。自分は頼られているんだ、自分はクロにとって必要なんだと強く感じることができた。
「それにさ?シリルくんは『魔王討伐から帰ったらリーナの願い何でも聞いてやる!』って言ってたし、今告っちゃえばOK貰える確率高いわよ?」
・・・・・・マジすか⁉︎
「・・・・・・シリルくん、人気者だからリュミエールに入学しちゃったら誰かに取られちゃうかもよ?」
・・・・・・マジすか⁉︎
急に私の心が焦り出した。それと共に、私が本当にクロのことを好きだという自覚も持つことができた。私の恋路は、今始まったのだった。




