Side:レフリク
「よろしくね。シリルくん」
……よりによってこいつか。
よくよく考えてみれば、レフリクとの直接の交流は今までなかった。まぁ、昨日の会合くらいか?いや、実は昔に勇者として謁見したことがあるが、直接喋ったり、拳を交えたりはしなかった。
ということは相手の魔法が読めない。フランジェやリーナならともかく、レフリクの魔法は「反射」だということしかわからない。買い物の時にボコボコにされたマリーより強いらしいので、勝算はとても少ない。実際、今でもマリーに勝てる気がしない。
……何やら含んだ笑顔だな。
レフリクの笑顔は、王族が貼り付けている社交用の笑顔ではなく、裏に憎悪を抱いたどす黒い笑みでもなく、ただ何かを楽しみにしているような笑顔だ。
……考えが読めねぇ。
「それでは、準決勝を行う。直ちに大競技場へ向かうように」
インティ先生の言葉にはっとした俺は、皆に続くように大きな競技場へと向かった。
「さぁ、着いたぞ!」
……でっか。
このリュミエールと付随する建物はいちいち大きいので驚かないことにしているが、これはどうも大きすぎる。大体十万人もの国民を収容できる競技場だと聞いている。
……何か既に人が集まってないか?
やけに座席が色とりどりだな、と思っていたら沢山の人が座席に座っていた。ほぼ満席状態だ。そして、観客席の中心付近の厳重にガラスで防御されている部屋の中にロワ・ラファールがいた。近くには騎士団らしき人達もいる。
……なんでこんなに大きいかって?
それは、魔法の規模が大きいからである。ここはもともと、お人好しのロワ・ラファールが国民ナンバーワン魔法使いを決めるために建設した建物である。流石にそれだけでは建設許可が降りなかったらしく、クラス・エクスセラントの生徒の訓練にも使えるようにしたという。ちなみに、リーナによるとナンバーワンはここ数年リュヌハート先生が連覇しているらしい。恐るべし。
どのくらいソンブルヴァレのトップ魔法使いの魔法の規模が大きいかと言うと、街が一つ滅びるほどだ。そこらで戦われると街どころか国が滅んでしまうので、最高峰の防御結界が付いている建物を建設したというわけだ。この競技場には観客席の前に防御結界が張られていて、アリーナからの攻撃が一切届かないようになっている。これもやはりエテルニテが作った「エテルナ」が使用されている。
「お前ら早く観客席につけー。開会式が始まるぞ」
……開会式があるんだ。
俺は急いで適当な席に向かおうとした。すると、リーナが「違う違う。こっち!」といってロワ・ラファールがいるガラス部屋を指さした。
……はぁ!?
結局、クラス・エクスセラントの八人の生徒と二人の教師はロワ・ラファールがいる部屋で開会式を過ごすことになった。開会式はロワ・ラファールのつまらない眠くなる話……ではなく、とても面白いものだった。最近、魔法科学の発展により、瞬間移動機能が国に実装できそうだというものだ。原理は、リュミエール内を呪文で移動できるのと同じで、専用の魔石と詠唱さえあれば移動が可能になるということだ。しかし、まだ試作段階なので専用の魔石の値段が高い!そして消費魔力が多い!ことを嘆いているという。
……別に俺は困らないのだが。
魔力はもともと多いし、お金も……頑張って絞り出せばある。いろいろな魔法をコピーできるからと言って、魔石と詠唱だけで瞬間移動ができることには比べ物にならない。これは革命が起きそうだ。
という感じでロワ・ラファールが自身の風の魔法で話した後、インティ先生が特定の相手に声を届ける魔術具を使い、こう宣言した。
「只今より、クラス・エクスセラント模擬戦及び前期第一回リュミエール競技大会準決勝第一戦を始める。出場選手は準備を」
それが合図になったように、フランジェとリーナが立ち上がった。すぐさま二人は退出するかと思いきや、俺に声をかけてきた。
「クロ!絶対、応援してね!」
「シリル!……勝てないかもしれないけど応援してくれ!」
……待て待て待て。俺は誰を応援したらいいんだ!?いや、そもそも一人しか応援しちゃいけないってきまりないよな……。
「……分かった」
正直言ってどっちにも返事したつもりはないのだが、二人はニッコリとした笑顔で出ていった。うん、あの二人マジで怖い。
「さぁ、選手が出揃いました!」
インティ先生が嬉しそうに言う。この人は戦闘狂らしいので、今にも競技大会に飛び込んできそうである。
「赤コーナー、プラリネ・カンディード!」
「はい!」
リーナが元気よく返事をした。すると、インティ先生の解説が入る。
「彼女はリュミエールの最優秀を九年連続獲得。この大会でも九連覇。間違いなくソンブルヴァレ帝国のトップ魔法使いでしょう!」
……これだけ聞くとリーナってやっぱりすごいやつなんだな。
普段はだらしないやつなのに、という言葉は心の中で止めておく。言ったら先の未来が見えなくなりそうだし。
「対する青コーナー、フランリュー・フランジェ!」
「は、はい!」
フランジェは少し緊張気味で返事をした。今まであまり人前に出たことないのに、約十万人の前で名前が呼ばれるなど無理もないだろう。
「彼は今年リュミエールに入学したばかり!それにも関わらず準決勝に出場する実力派!ダークホースとなるか!?」
……これだけ聞くとフランジェってやっぱりすごいやつなんだな。
普段は妙に張り切っているサイコパスなのに、という言葉は心の中で止めておく。言ったら以下略。
「よーい、始め!」
その掛け声と同時に、端っこにいた両者は中心に向かって駆け出した。
「シュクレ!」
リーナは呪文を唱え、いつも通りの大きなペロペロキャンディを右手に出現させた。そして、大きく振り上げ迎撃する準備をした。
「エクスイドロ!」
対するフランジェは、手に小さい火の玉みたいなものを出現させた。彼曰く、これが火種となり、これがある間には無限に水素爆発を行えるという。そして、フランジェは両手を前に突き出した。すると、小さな爆発が二つ起こる。それに呼応するようにもう二つ、更に二つと爆発がどんどん増えていく。無論、大きさも威力も大きくなる。だが、それも知らぬというようにリーナは「えいっ」と言い、ペロペロキャンディを前に振りかざす。フランジェはそれを間一髪で後ろに避ける。リーナは攻撃が当たったはずなのに、無傷だ。
……多分飴細工で防御固めてるな。まじであれ厄介なんだよ。
これでは、圧倒的にリーナの方が優勢に聞こえる。しかし、突破方法が一つだけある。唯一飴細工で固められていない頭を狙うことだ。顔を飴細工で固めてしまうと、呼吸ができないので、顔だけにはつけないとリーナが言っていた。
……あとは、フランジェがそれに気付くかだな。
余談だが、ここの完全ガラス防備室でも、くっきりと戦いの様子が見えるし、音も聞こえる。これもやはり魔法が使われていて、戦いの様子を映しているカメラの視覚と聴覚が共有されているのだ。カメラの視覚や聴覚、と言ったら変に聞こえるかもしれないが、何故かこのカメラには自我があるらしい。マジで意味わかんない。
一旦下がったフランジェはふぅ、と一息ついて、体勢を立て直そうとする。そして再び同じ攻撃を仕掛ける。今度は、縦一直線上に爆発が並んでいる。
「わぁ、すごー」
とか言いつつ、リーナは体で受ける。とても楽そうである。しかし、楽なのはフランジェも変わりない。なんせ、彼は爆発を打ちながら後ろに下がっているだけである。フランジェはリーナが遠距離攻撃ができないと思ってこのようにしているのだろう。
……あー、やばいぞ。その射程は。
「『チョコウェーブ』!」
「!?」
次の瞬間、茶色い波がリーナ付近で発生し、フランジェの方に向かっていく。
……出たよ。
「チョコウェーブ」とは、リーナの技の一つだ。普通に食べることができるチョコレートの波である。そして、これを放置しておくと……。
「うわっ!なんだコレ!?」
フランジェが驚いている。しかし、害がないからか気に留めないようで、そのまま地面に足をつけたまま後ろに下がる。
……おい、フランジェ。早く逃げ――。
「『固まれ』」
「!?」
リーナが「固まれ」と言った次の瞬間、ゆらゆら揺れていたチョコウェーブがまるで氷のように固まった。それに伴い、フランジェは足が固定され、動けなくなっている。
「こんなの壊せば……」
と言いながら、フランジェは自分の足元を爆発させる。しかし、チョコレートの塊は、びくともしない。フランジェが焦っている時、上から一つの影が迫っていた。フランジェが顔を上げた時、既に手遅れだった。
「お疲れー」
「ゴッ」
競技場内に鈍い音が響き渡った。
「あ、クロ!頑張ってねー!」
「……あぁ」
一回戦目が終わり、二回戦目が始まろうとしていた時、俺はリーナと廊下ですれ違った。勿論、フランジェはいない。
……いくらなんでもやりすぎじゃないか?
相手を動けなくして、頭をペロペロキャンディで殴る。俺は頑丈だからいいけど、フランジェにはこたえたのではないだろうか。
「……何かレフリクと戦うときに気を付けたほうが良いこととかある?」
俺は不意に聞いてしまった。すると、予想外の答えが返ってきた。
「そうだね……守りを固めたほうが良いかも!」
……はぁ?なんでだ?
レフリクは反射の魔法を使う。なのに、守りを固めたほうが良いとはどういうことだろうか。
「……まぁ、これから先は言わない。あんまり面白くなくなるからね!」
俺はもっと聞こうと思ったが、リーナはそれだけ言って去ってしまった。
……どうしたものか。
そんな事を考える間もなく、インティ先生の「これより、第二回戦を始めます」という放送でハッとした。もう入場だ。俺はアリーナへと歩みを進めた。
「赤コーナー、スティロワ・レフリク・ラファール!」
「はい」
レフリクは静かに、けれどもしっかりと返事をした。王族の余裕が感じられる。そして顔に浮かんでいる笑顔には威圧感がある。
「クラス・エクスセラント内では堂々の二位!次期王としても父親にも引けを取らない実力の持ち主です!」
……残念ながら、一位じゃないんだよな。
リーナが来るまでは一位だったと聞いている。本当に不遇な王子様だ。
「青コーナー、ヴァイヤン・シリル!」
「……はい」
……何か嫌な予感がする。
俺は胃の辺りを抑えながら、小さく返事をした。観客もさっきとは違い、大いに湧いている。結構結構。じゃなくて。
「彼は、魔王を倒した勇者でありながら、異例にも魔法使いに転職!今度は魔法界にどんな革命を起こしてくれるのか!?」
……転職したわけじゃないんだよね。
いちいちそんな小さいところに突っ込んでも意味がないので、無視をすることにした。俺は紹介を聞きながら前に進む。目の前には、既に位置についたレフリクがいた。
「……よう」
「……」
話しかけてみたけれど、レフリクは相変わらず黙り込んでいた。先程の様子と似ている、というよりかは昨日の様子に似ている。何かあったのか?
「君は本当に良いよね、シリル君。まるで神に愛されているようだ」
「……は?」
「よーい、始め!」
レフリクが意味のわからないことを言った。理由が分からずにいると、インティ先生が試合を開始させた。次の瞬間、レフリクの姿が一瞬にして消える。
……右。
俺は右手にペロペロキャンディを出現させ、右に振る。レフリクに命中した。ゴッという鈍い音が聞こえた。しかし、彼は依然として笑っていた。
……何が面白いんだ?
すると、次の瞬間レフリクの攻撃された箇所が一瞬光り輝いた。その次の瞬間には、それが大きな爆発と化していた。
……まじか。
「ドゴオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォ」
……これで終わり……なわけ無いか。
煙幕に包まれたアリーナを上空から見渡しながら、僕は思った。さっきの攻撃は痛かった。さすが最強勇者だ。攻撃も見切られていた。
……だが、僕には関係ない。
僕は今、何をしたかというと、受けたダメージ分を反射させて爆発に変換した。ちなみに、反射できる倍率は自由自在。しかし、やりすぎると魔法に喰われる。
そもそも、魔族は人間が魔法に喰われた姿だ。「魔法に喰われる」とは、魔法を過剰に使用しすぎたせいで、その名の通り魔法に喰われ、姿が豹変してしまう現象のことを指す。その上、その後に生存している確率がとても低い。大昔の魔法使いたちもそれのせいで迫害されてきた。
……自分もそういう風な立場だったからな。
二十年前。ソンブルヴァレ帝国の王族がピーボジン王国の城に赴いた。この二つの国は昔から王子王女を婿嫁入りさせることで友好関係を築いている。ソンブルヴァレ帝国の王子は魔力量が多かったため、国王になることは決定事項だった。そこで、ピーボジンで嫁を探すことになったのだ。ソンブルヴァレの王族がピーボジンの城に赴いた時、次期王スティロワ・ラファール・コンフォルの嫁候補として五人の娘が紹介された。
「スティロワ・ラファール・コンフォル王子。こちらは当家自慢の五人娘でございます。この中からお一人お選びくださいませ」
そう言ったのは、ピーボジンの王であるロワ・デアニー・ピーボジンだ。普通は「ロワ」と名前だけしか呼ばないが、ル・モンド・エトワールの国には複数国が「ロワ」を使用しているので、最後に国名をつける。今のソンブルヴァレだと、ロワ・ラファール・ソンブルヴァレと他国から呼ばれる事になる。
「……ならば、わたくし一択ですわね!」
一人の娘が手を上げた。長女のフレー・フィニーニだ。
「おぉ、フィニーニ。お前が積極的で助かるよ」
フレー・フィニーニは容姿端麗、執務業務も問題なくこなし、魔法も文句無し。まさに神に愛されているような人だった。彼女は次期王最有力候補であったが、既に男子の次期王候補がいるので、他国に嫁ぐ以外の選択肢がなかったのだ。
「あら、お姉様。抜け駆けは見苦しいですよ」
「……貴方は黙っててちょうだい」
フィニーニに話しかけたのは、次女のフレー・ヨヒンベだ。彼女は優秀なので王族の養女となった人物だ。彼女は王妃となるべく育てられ、ピーボジンの次期王妃となることがほぼ決定している。しかし、本人の意志と相手国の承諾さえあれば、他国に嫁ぐことができる。
「私達のことも忘れないでくださいませ!」
「そうですわ!」
黙っていた二人も声を上げた。三女のフレー・ダンチョと四女のフレー・オーウェンだ。彼女たちは魔法使いではなくビルダーで王座につくには弱かったが、候補ではある。そこで、ずっと黙っていた一番小さい女の子が小さい声で呟いた。
「……あの、私も……」
「あら、貴方は黙っていらして頂戴」
「お前は黙っておけ。一族の恥だ」
五女のフレー・ミンデール。彼女の魔法は「木材を手紙に変える魔法」。さらに、執務業務も全くできない、品位も何も無い彼女は王族の恥であった。父親と長女に圧をかけられた彼女は再び黙り込んでしまう。
「スティロワ・ラファール・コンフォル王子。この五人……ではなくこの四人の娘の中からひとりお選びください」
ソンブルヴァレはル・モンド・エトワールの中で一番大きい国だ。だから、色々決定することができる。もちろん、婚約の拒否も簡単だ。ラファールは婚約者を決めるために四人と話をした。
……長女は何でもできて、婚約して損はない。次女はしっかりとしていて支えてくれそう。三女と四女はアクティブで一緒にいて楽しそう。
しかし、なぜかラファールの中ではピンと来なかった。
「こんなところにいた」
「……へ?」
ラファールは城の後ろにある噴水の縁石に腰を掛け、俯いているミンデールを見つけ、近寄った。ミンデールは口を開け、ポカンとしている。
「……どうしてここが分かったのですか?」
ミンデールが不思議そうにラファールに訊く。すると、予想外の答えが返ってきた。
「『風の便り』で聞いたのさ」
彼の言う「風の便り」というのは、彼の魔法「ヴァン」という風の魔法で繰り出されるものだ。この「風の便り」では自分が知りたいと思ったことを風が教えてくれる、というチート性能の技である。さっき、ラファールはこの風の便りを使ってミンデールの場所を聞いたのだ。
「……へぇ、そんなことが。……それに比べて私は……」
ミンデールはそう言って、そこら辺に落ちていた枝を手に取り、「トランスフォルメボルワンレットル」と唱え手紙に変えた。ラファールはその光景を見て目を丸くした。
「私の魔法は木材や枝を手紙に変える魔法。……見ての通り何の役にも立たない魔法よ」
ミンデールは自分を軽蔑するように言った。私はこの魔法のせいで家族からも蔑ろにされているの、とは言えなかった。しかし、ラファールは違った。
「俺はそう思わないな」
「……え?」
俯いていたミンデールが顔を上げ、ラファールの顔を見上げる。そこにはラファールの真剣な顔があった。
「俺の夢は……国民全員に手紙を送ることだ。俺は国民全員に尊敬されて、誰とも仲良くなれる王になりたい。そのために、丁度どうやって作ろうか悩んでいたところだ。君に頼ってもよいだろうか?」
「え?え?え?」
ミンデールは訳が分からなかった。ラファールのやりたい事にもだが、一番は「君に頼ってもいいだろうか?」という言葉だ。それは、求婚の言葉としか解釈ができなかった。
「……私で良いのですか?」
「ん?あぁ、君のお姉さんたちは誰も良かったがピンとこなくてね。なんだかプライド高いと思ったんだよね……」
「……ふふっ」
……ソンブルヴァレの次期王なのにプライドが高い人を嫌ってどうするのです?
ミンデールは思わず吹き出してしまった。ラファールは首を傾げていたが、やがて彼も笑い出した。
……あぁ、この人とはうまくやっていけそうだ。
両者ともこう思ったのだった。
そうして、ほぼ全員の反対を押し切り、ラファールとミンデールは結婚することになった。ミンデールは本当にドジで、執務さえもままならなかった。しかし、ラファールが丁寧に、そして優しく教えたことで、ミンデールも執務に慣れてきたのであった。
前王が退位を宣言し、王位継承が行われ、ソンブルヴァレに新たな王「ロワ・ラファール・ソンブルヴァレ」が誕生した。その妻として出席し、王妃の称号をもらったレーヌ・ミンデールは堂々としていた。そして、その頃から国民約二十億人に手紙を送る準備を始めていた。
それから数年経ち、二人は一人の男の子に恵まれた。子の名前は、レフリク。次期王なので、スティロワ・レフリク・ラファールだ。その子供の魔法を調べたところ、「リフレクション」という反射の魔法だった。今では、両親の魔法と子供の魔法や系統が異なり、両親と比べて強力な魔法になる現象のことを「突発的発達魔法」と呼ばれているが、それが実証されたのが約三年前。レフリクが誕生したときにはまだそれが「異常な存在」であったのだ。勿論人間の性上、異常な存在を排除しようとする。
「……なんでこんな事もできないのかしら?わたくしたちの子供でしょう?」
「う、うぅ。ごめんなさい」
レフリク、五歳。彼の母親であるミンデールは息子の魔法の訓練をしていた。普通はその子供にあった訓練をする筈なのだが、ミンデールは明らかに「反射」用の練習ではなく「風」用に近い訓練をさせていた。無論、レフリクにできる訳が無い。
「ミンデール、そろそろやめ――」
ラファールは彼女を止めようとした。しかしそれも虚しく、
「何を言っているのです?これぐらいやらないと次期王にはできませんよ?……まぁ、こんな異端児が王になるのも無理でしょうが」
という言葉に一蹴された。ラファールは何も言い返せなかった。やがて、それが目に見える虐待に変わっていくのも静かに見ることしかできなかった。ラファールは突然豹変してしまったミンデールに近寄ることすらできなかったのだ。せめて彼は、ミンデールがいないときにレフリクに優しくすることぐらいしかできなかった。
――それが祟ったのかはわからないが、その”実質虐待”が何かしらのルートで明るみに出てしまった。そのせいで王妃は離れに閉じこもった。しかし、レフリク王子十一歳の誕生祭の時にレフリクと同じ突発的発達魔法で虐げられていた男の手によってミンデールは殺されてしまった。生憎、その男の魔法は「自分と自分の設定した標的の命を奪う魔法」で、その男も一緒に亡くなった。丁度突発的発達魔法が実証される一年前だった。当時十一歳のレフリクは嬉しいのか悲しいのかよくわからなかった。
……俺は……勝つためには魔法に喰われても構わない。
母親が死んでから、やっと分かった。俺が弱いのが悪かったと気付いた。「反射」とかいう自分から攻撃ができない雑魚魔法を習得してしまった俺が悪いと。だから、俺は自分からも攻撃できるように自分の魔法を研究し、自分からも攻撃できるように、そして反射する倍率も自由自在にできるように自分の限界を破った。いや、どちらかと言うとリミッターが壊れたのか。
「……早く出てこいよ」
俺は砂煙に包まれているコロシアムを見下ろしながら言った。すると、しばらく経ってから声が聞こえた。
「……言われなくても!」
次の瞬間、砂煙の真ん中付近に穴が空いた。一寸の猶予もなくシリルが飛んできた。
……まずい!反射が間に合わない!
「……ヴェイル・ド・レイヴンもどき!」
スパッという鋭い音が聞こえた。斬られたのは俺の体じゃない。俺の体にかかっている魔法だ。なぜだ。勇者の技は封印されたはずじゃなかったのか。そう言えばもどきと言っていたな。
「……コピーしてみて気づいたんだけど、この反射の魔法は術者の体にかかっていて薄い膜みたいなものがあるんだって。その膜は面の攻撃を反射することはできるけど、点や線よりも細い攻撃だけは通るって。そこから俺は打開策を思いついた」
……あぁ、やはり君は……。俺と持っているものが根源から違う。
魔法の膜がなくなった俺の体はもはや無防備である。シリルは先程の凶暴女と同じように大きなペロペロキャンディを構えている。
「ふっ……君ならもしかしたら……いや必ず『あの女』を倒せる」
「……?」
俺は捨て台詞のような言葉を残し、腹部に強烈な痛みを感じたあと、意識が暗転した。
……ふぅ。
「レフリク、ノックアウト!勝者、ヴァイヤン・シリル!」
ワーッという歓声がスタジアムに響いた。反響しすぎて少しうるさく思ってしまう。
……俺は、勝ったのか。
そんな事を言うとフラグみたいになってしまうが、勝ちは勝ちだ。しかし、なんとなく実感がない。正直言って、レフリクに勝てるなんて思わなかった。
……レフリクの最後の言葉……どういう意味だったのだろう。
決勝で当たるリーナ……なのかもしくは違う人なのか……。俺にはよくわからなかった。
「さぁ、これで決勝の選手が揃いました!」
インティ先生の声が高らかに響き渡る。その一言で、会場が静まり返った。
「決勝戦は、プラリネ・カンディード対ヴァイヤン・シリル。この二名に決定しました。決戦は明後日。この二人はどのような素晴らしい戦いを見せてくれるのか!?」
それから、ロワ・ラファールが簡単な挨拶をして、今日の模擬戦は終わった。
「……よし!今日こそ特訓をしてやる!」
服を買いに行った日、インティ先生につきあわされた日を思い出して、俺は決意した。今日リーナは、また買い物に行くらしい。だから、今日俺はフリーである。
「誰か仲間を呼んでも良いな……ってん?」
前方から昨日ボコボコにされていたガタイのいい男がいるじゃないか。その男は周りをキョロキョロ見回しているが、こちらには気づいていないようだ。
……そういえばまともにフランジェと手合わせをしたことがないな。この機会に……。
そう思っていたら、あっちから声をかけてきた。どうやら、急いでいるような声色だった。
「あ、シリル。いいところに」
「いいところに、ってなんだよ」
俺は思わず突っ込んだが、フランジェはそれを気にしていないようで、用件を述べてきた。
「実は、俺……相談したいことがあって」
……ほう。俺に相談だって?なんか友達みたいでいいじゃないか。
とは思ったものの、何やら深刻な表情をしていたので、遊びじゃないことが嫌なほど分かった。
「……何だ?俺で良ければどんな相談でも乗ろう」
「ありがとう。そう言ってもらえて心強いよ」
フランジェはそう言うと一度深呼吸をして口を開いた。彼の顔はとても赤かった。
「実は俺、ミジックに告白しようと思うんだ」




