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Side:リネット

・・・・・・すげぇな。あの傷が本当に治るとはな。

 フランジェと別れたあと、俺はインティ先生に貫かれた胸元を触りながら思った。昨日、深く貫かれた傷は、ある先生によって綺麗に治った。昨日、俺がフランジェに会う少し前。俺がインティ先生の勧めで救護室に行ったときのことだった。

「すみませーん」

「お、来たね。いらっしゃい」

 出迎えてくれたのは、救護室のリキュピ・ハイスト先生だ。「グニゾン」という治癒の魔法を使うが、その回復力がえげつないらしい。

・・・・・・回復に特化した魔法だからな。マリーよりもすごいのだろう。

 ちょっと傷が治る程度かなと思っていたのだが。

「『グニゾン』」

「うっ!」

「終わりましたよ」

 治療は、少し痛かっただけで終わった。しかも、深く貫かれた傷が完全に治っていた。

・・・・・・なんだと!?

 一般的な治癒といえば、人間の回復能力を向上させるだけだが、中には一瞬で傷を治すのある。勇者の技でも一瞬で傷を治す治癒があるのだが、ここまでの回復力のものはない。


・・・・・・やっぱりすげぇな。魔法は。

 俺は改めて、魔法の凄さを再確認させられた。それよりも、俺はずっと考えていたことがある。

・・・・・・全く刃が立たなかったな。

 昨日のインティ先生との訓練を思い出しながら、俺は思った。先生は岩の魔法使いだった。絶対に勝てると思った。しかし、あの差は何だったのだろうか。

・・・・・・恐らく、経験の違い。

 勇者でもそうだった。経験の違いが実力の違いを生む。ただの戦闘スキルだけではない。インティ先生はカンヌを使用していた。絶技・・・・・・と言っていた。恐らく俺達生徒には教えられないものなのだろう。

・・・・・・もしかしたら、神とかも関係しているのか?

 そんなことをぼんやりと考えていたら、壁にぶつかった。全く痛くない。どうやら、自分の部屋についたようだ。俺は、ドアノブに手をかけ、部屋のドアを開ける。

「ただいま」

「おかえりにゃ〜」

 部屋の中にはリーナではなく、ミネットが居た。何故か前よりも猫らしく静かに座っている。

「お前・・・・・・そんなに猫っぽかったっけ?」

「気のせいじゃないかにゃ〜?全然怪しくないにゃ〜」

・・・・・・なんかこいつ口調も変じゃね?

 何かあったっけと考えてみる。確か、訓練場に行く直前……。あ。

「ミネット・・・・・・」

「ど、どうしたにゃ〜?」

 俺が怖い顔をすると、ミネットは笑顔ながらも冷や汗をかいていた。可哀想とは思わない。俺は久しく忘れていた怒りの感情を沸き立たせる。

「お・ま・え・さ!いちいちムカつかんだよっ!」

「にゃあああああああああああ」

 その日、寮内には男の声と聞こえないはずの猫の声が鳴り響いたという。


「ふぅ〜スッキリした」

 やはり、訓練後の風呂は最高だ。これ以上のものはないと思う。そして、ストレッサーを潰すこともとても爽快である。今の俺にとってスッキリした、というのは二重の意味である。

・・・・・・何か部屋の隅っこに白い塊があるけど……まぁホコリだよね!

 多分俺は今日中ずっとあいつをホコリ、いやそれ以下として扱うだろう。俺が爽快感に浸っていると、玄関の方で、ガチャッという音が聞こえた。

「おかえり、リーナ」

「ただいま〜!」

 濡れている髪を揺らしながら幼馴染が帰ってきた。リーナは俺とは対照的に、今日はマリーやレフリク、フランジェと買い物に行き、温泉に入って帰ってきたという。

・・・・・・リーナは何買ってきたんだろうな。

「私寝るー」

 来た。リーナの寝る宣言。この宣言が出た十秒後にはリーナは寝ている。これは深く詮索しないほうがいいだろう。

・・・・・・それに、明日は模擬戦だもんな。

 明日は、クラス・エクスセラントの授業で生徒同士の模擬戦が行われる。他の人と戦えるので、とても楽しみだ。そんな事を考えている間に、リーナは眠りに落ちた。


 翌朝。クラス・エクスセラントの教室に八人の生徒と二人の教師が集まっていた。すると、授業の開始を知らせる鐘が鳴る。

「ジリリリリリリリリリ」

「今日の授業は模擬戦だ。新しく入ってきた人もいるから、教えながら行くぞー!」

 インティ先生が楽しそうに言いながら、全員に訓練場に出るように促す。俺は廊下に出るときに、リーナとフランジェと一緒になった。そこで、リーナに大体のルールを聞いてみることにした。どうやら、リーナによると、この模擬戦だけでなく、すべての訓練などにおいて、どちらかが降参する、もしくはどちらかが致命傷を負い、続行が不可能になった時に終了がするらしい。

・・・・・・昨日のアレは俺が致命傷を負ったから終わったのか。つまり、魔法の戦いにおいて、攻撃と同じくらい防御が大事だということだな。

 そんな事を考えていると、クラス・エクスセラントの訓練場についた。

・・・・・・広っ!

 寮にある訓練場とは比べ物にならないほど広い。入学試験に使用した建物が数十個入りそうな広さだ。

・・・・・・なるほど。ここでやれば何をしてもはみ出さないってことだな。

 そんな事を考えている内に全員が集合すると、インティ先生が腰に手を当てて口を開く。

「よし!今から模擬戦の組み合わせを決定するぞ!」

・・・・・・組み合わせってどう決めるんだろう。教えて!先生!

 すると、先生は水色のカードを八枚取り出して、再び口を開く。

「このカード一つ一つに色が書いてある。このカードを使って組み合わせを決めるんだ。大丈夫だ。組み合わせは完全にランダムだ。・・・・・・『ロテリエ』!」

 インティ先生は、呪文とともに手をバッと振り上げた。その後、水色のカードは八人それぞれの手に渡る。自分の手に渡ったカードを見ると、水色の上に紫色の丸が見えた。

・・・・・・紫色か。誰だろう。

「私、赤色だった!ミジックは?」

「私は緑色だったよ、リーナちゃん。マリーちゃんは?」

「私は黄色でした。・・・・・・見事に三人共違いますね」

 三人の話を小耳に挟み、リーナとミジックとマリーとは当たらないことが分かった。

・・・・・・じゃあ、あっちか?

「フランジェ君。僕は黄色だったよ!」

「レフリクくん。僕は緑色だった」

・・・・・・アレも違うのか?

 じゃあ、真後ろにいるあいつ。

「チッ。赤色かよ。最悪だわ」

 真後ろで舌打ちしているのは、フー・アイバー。どうやら彼も違ったようだ。つまり、残ったのは――。

・・・・・・あれ?誰がいたっけ?

 俺が思考を巡らせていると、向こう側からやってきた。俺の耳に「ねぇ」という声が届く。後ろを振り向いてみると、黒っぽい青色の髪に眼鏡越しに透き通った青色の瞳で見つめてくる小柄な男がいた。

「シリルくん……紫色だよね?」

「お、おう」

「僕も紫色」

・・・・・・完全に忘れてたな。

 存在感が薄すぎて、と言うつもりはないが、以前会ったことがあり、知っている人だったり、休日中に会ったりしてない人が、この人しかいなかったのだ。

・・・・・・確か、ドトゥ・リネット。

 ドラゴン召喚魔法とか言っていたな。恐らく、ミネットの時と同系列の魔法だろうと思う。

・・・・・・ってか、なんか名前似てない?

 一瞬思ったが、それよりも気になることがある。視線が強い。透き通った青色の瞳がじっとこちらを見つめてくる。まるでこちらの出方を探っているようだ。

・・・・・・もう模擬戦は始まっている、ということか?

「おい!お前ら、もうすぐ始まるから移動しろー!」

 俺も負けじと視線を送っていると、インティ先生の声が聞こえた。仕方ない。この続きはマウンドの上でだな。


「・・・・・・言っておくけれど、僕強いから」

 指定された場所につくなり、リネットは俺にそう言った。

・・・・・・だろうな。この猛者が集まるリュミエールの四番手だから弱いはずがない。

「勇者からこの業界に来た人は、弱いって分かってるから」

・・・・・・多分アイバーだな。

 あいつは、昔から何においても才能がなかった。恐らく、ここでもボコボコにされているのだろう。

「・・・・・・俺はそんなにヤワじゃないぞ」

「そうだったらいいんだけど」

 その会話が戦いの火蓋になったようにインティ先生の「始め!」という声が聞こえた。すぐさま俺は「シュクレ」と唱え、右手に大きいペロペロキャンディを出現させた。

「『インヴィクションドラゴン』」

 リネットは呪文を唱え、背後にドラゴンを出現させた。青い巨体を持つそのドラゴンは大きな咆哮を上げる。

・・・・・・分かってたけどデケェな。

 そのドラゴンは俺に一直線に向かって突進してくる。俺はそのドラゴンを見据えて左手に蒼い炎を出現させて絶技を出す。

「『蒼炎合菓』!」

「グオォォォ!」

 そのドラゴンは呆気なく真っ二つになり、一瞬で灰になって消えた。その光景にリネットは目を見開き、「インヴィクションドラゴン」と唱え、複数のドラゴンを出現させる。そのドラゴンは炎……ではなく火球を口から噴出した。

・・・・・・は!?

 俺は今までに、火球を出す魔族を見たことはあるが、火球をだすドラゴンは見たことがない。俺が見たことがないだけかも知れないが。しかし、俺にはそれに対抗しうる力を持っている。

「『イドロジェ』!」

 俺は左手の魔法をアズリーヌからイドロジェに切り替え、「アクアカッター」を出現させた。そしてそのまま振りかざし、大量のドラゴンを切り刻む。それを見てリネットは「くそっ」と小声で言った。次の瞬間には、彼が目と鼻の先まで来ていた。

・・・・・・うぉ!?速っ!

 突然本人が突っ込んできたので驚いた。俺は急いで「シュクレ」で作った飴細工盾を持った右手でガードする。半透明の盾なので盾越しに相手の姿が見えるのだが、盾を殴っているリネットの右腕が人間のものではなく、青い獣――まるでドラゴンのもののようだった。

・・・・・・ドラゴン?そうか、こいつ!

 俺の脳が理解したのと同時に飴細工盾にピシッという音とともにヒビが入った。そして、リネットの拳は俺の盾を破壊する。そのまま俺の腹に当たる。

「ぐっ・・・・・・」

 拳が腹に当たった衝撃で、俺は受け身を取れずに後ろに倒れ込む。

・・・・・・なるほどな。

「インヴィクション・・・・・・」

「『メタリュルジ』!」

 俺はすぐさまシュクレをメタリュルジに置き換える。そして、起き上がり、リネットに斬り込む。俺の斬撃はリネットの青い腕に防がれてしまった。

・・・・・・硬い。

 今まで召喚していたドラゴンとは違い、とても皮が硬い。勇者の技が使えないのもあるかも知れないが、全く効いている気配がない。

・・・・・・ぶっつけ本番だがやるっきゃないか!

 俺は精神を統一させ、集中する。これは一瞬でも気を抜いたらこの世が終わってしまうような技だ。調整が必須である。俺がなにかしようとして、危険を察知したリネットは一度後ろに飛び退いた。

・・・・・・無駄だ。もう近距離攻撃は来ないからな。

「『イミテ』、『メタリュルジ』!」

 次の瞬間、俺は左手に手の平に収まるくらいの鉄球を出現させた。何の変哲もない、ただの鉄球に見える。

「は・・・・・・?なんだよそれ。僕を馬鹿にしてんの?」

 リネットは少し怒り気味の声で俺に言う。まぁ、一般論はそんなもんだろう。だが、そんなことを言ってられるのは今の内だ。

「喰らえ!」

 俺は全力でその鉄球を投げた。恐らく、スピードが出れば出るほど威力は増す。・・・・・・いや、もともと威力は大きいだろうが。

「フン。こんなもの受け止めてや・・・・・・」

「ズドンッッッ!ゴオオオオォォン!ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……」

・・・・・・決まった。

 完全に勝った。アレに耐えきれるものはいないだろう。原材料が原材料だ。

・・・・・・魔王の魔法を思い出して作ってみたんだ。事前にコピーしていた太陽のエネルギーをベースに、よく祭りとかで投げて使われる爆発キノコの粉を混ぜ、それを凝縮させて鉄球の中に入れる。鉄球の中身からの衝撃やエネルギーには強いが、外側からの衝撃には弱くなっているので、相手や地面に着弾した瞬間、鉄球が爆発するようになっている。

「そうだな。名付けるとするならば……『ダイナマイト』か?」

 なんか一人でボソボソいっていると、目の前の煙越しに大きな図体が見えた。そのシルエットは、ドラゴンにしか見えない。

・・・・・・んん?なんでドラゴン?

 やがて煙が晴れると、そのドラゴンが喋りだした。

「へぇ・・・・・・『ダイナマイト』?随分と気取った名前だね」

 その声は、リネットそのものだった。俺は、リネットがドラゴンになった、無傷だった、という事実よりも、大変なことに気づいた。

・・・・・・ヤバっ!俺のやつ聞かれてた!?

 俺がダサかったかな?と内心焦っていると、リネットは言葉ではなく物理で追撃してきた。

「お前には俺の気持ちが分かんないだろうな!?」

 ドラゴンそのものとなってしまったリネットが前足――右手で殴ってくる。もちろん盾は貫通し、さっきよりも痛い。

「『ダイナマイト』!」

 俺は急いでさっきできたばかりの新技で反撃する。名前はまた今度考えるか。

「一度効かなかった攻撃が効かないって分かんないかなぁ!?」

 リネットは続けて殴りかかってくる。俺は特別投擲が下手――という訳ではなく、リネットは空中で飛んでいるので、全くダイナマイトが当たらない。

・・・・・・くそっ!どうすれば!?


「グアアアアアアアアアアアア!」

「くっ!」

 あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。もうリネットは正気を保っておらず、ただ単に暴れまわるドラゴンと化していた。そして、俺はそれをどう扱ってよいか分からず、ただ逃げているだけだった。

・・・・・・どうやら他の人は模擬戦が終わったようだな。

 とても広い結界の外を見て俺は思った。俺がいる所以外に結界は見当たらない。

・・・・・・助けを求めることもできないな。

 この結界は外側、内側からの衝撃はもちろん、音声が完全に遮断される。姿は見えるのだが。なので、助けを求めたところで、伝わるはずがない。

・・・・・・かと言って、下手に手を出して死んじゃったら嫌だしなぁ。

 どうしようか悩んでいると、結界の外に、マリーとミジックの姿が見えた。二人はリネットドラゴン形態を見ながら何か言っているが、全くもってわからない。すると、ミジックがカンヌを取り出して上に掲げる。途端に、紫色と赤色の光がきれいに織りなして、結界の中に入ってくる。それと同時に、マリーの声が聞こえてくる。

「シリルさん!リネットが暴走しているのですね?あの人の暴走を止めるには尻尾を切るしかありません!硬いでしょうけれど、この結界は勝敗が決まらないと消えないので応戦できませんから、頑張ってください!」

・・・・・・なるほどな。

 恐らく、ミジックがブリルでマリーの声を「音」として届けてくれた。有り難い。

・・・・・・尻尾か。

 俺はリネットドラゴン形態の身体を見つめる。しかし、尻尾らしいところは見当たらない。

・・・・・・尻尾ってどこだ?ん?あれか?

 俺はリネットの尻付近に枝みたいにヒョロっとしている青い尻尾みたいなものを見つけた。

・・・・・・え!?あれ!?ちっちゃ!

 とりあえず、標的は決まったので、まずゆっくりと目を閉じ、俺は「シュクレ」という一言で右手にペロペロキャンディ、「アズリーヌ」という一言で左手に蒼い炎を出現させ、精神を統一させる。そして、カッと目を見開いて空中を舞う。そしてペロペロキャンディを振りかざすようにして技を繰り出す。

「『蒼炎合菓』!」

 ギイイイイイィィィンという音が鳴り響く。しかし、尻尾には傷一つ付かなかった。

・・・・・・硬ッてえ!

 ひょろ長いのにとても硬い。メタリュルジ製の剣を握っている手がジンジンしていることからも、とても硬いことが分かる。

・・・・・・硬すぎる!

 これは恐らく今の俺には斬れない。勇者の技が使えたら……ってか使っちゃだめか。魔法の訓練だからな。

・・・・・・せめて新技でも使えるようになれば。

 新技、といっても勇者の技をオマージュしたようなもの。アレとアレを組み合わせれば、本来の威力に近づくはず。勇者の「技」は封印されてしまったが、「型」だけは覚えている。俺はもう一度剣を上に振り上げた。剣からは花びらと水しぶきが上がる。

「『コーンペクト』!」

 俺は思いっきり剣を振り下ろした。ほぼ尻尾とゼロ距離なので、範囲もいらない、間合いもいらない。ただ一つの線を斬るためだけの単純な攻撃。そもそもリネットドラゴン形態は俺が背後にいるなんて気づいていないっぽいので、攻撃は命中し、ひょろっとしていて硬い尻尾を切り裂く。すると、リネットが元の人間の姿に戻り、現れる。

「くそ・・・・・・なんでだよ」

 リネットはその言葉だけ残して、気を失った。その瞬間結界が解け、マリー達がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。


・・・・・・くそっ!くそっ!俺は一番じゃなければいけないのに!

 遠ざかる意識の中、俺はそう思った。恐らく、今は自分の中のドラゴンが暴走しているのだろう。この時は完全に自分では制御ができない。誰かにとても硬い尻尾を切ってもらうしかない。

・・・・・・くそっ!こんな事があっていいはずないのに!

 俺は自分を鎮めるように過去のことを思い出した。


 十六年前。俺は魔法の名門――主に召喚系の魔法の専門だったドトゥ家の一員として生まれた。今までは女の子にしか恵まれなかったので親も祖父母も跡継ぎが生まれたと喜び、俺が魔法取得可能年齢になるとすぐに魔法を覚えさせた。そして、魔法を上手く使えるようになるために毎日勉強漬け。遊んでいる余裕もなかった。俺は周りとは違う自分の境遇に腹を立て、一族を日に日に憎悪が溜まっていった。そんな俺のことを他所に、親は俺を五歳のときにリュミエールのクラス・エクスセラントに入学させた。その頃には親の影響か、高いプライドを持つようになった。

「痛っ!」

「・・・・・・弱」

 周りにいるやつも、仲良かったやつも、自分が強くなるためには何でも利用した。周りの非難する意見など聞かなかった。次第に自分が周りから孤立していっても、別にどうでも良かった。そして、自分が周りよりも優れていることに優越感を持っていた。……アイツらが現れるまでは。

「スウィロワ・レフリク・ラファールだ。この国の次期王となっている」

「フレー・マリーですわ。・・・・・・一応隣の国の王族なので気安く接しないでもらいたいですわ」

 ちょうど自分が七歳の時、自分――魔法の名門家よりも身分が高く、強い奴らがクラス・エクスセラント。当然、戦わずしてどちらが優れているかなんて一目瞭然だった。

「模擬戦の結果を発表します。・・・・・・一位、レフリク。二位、マリー。三位、リネット」

 それまでずっと一位だった俺は初めて越えられない壁に直面した。そしてその結果は何度やろうとも変わらなかった。

・・・・・・それは王族という絶対に越えられない壁があったから良かったんだ。しかし――。

「今日から新しい新入生を二人紹介します。ミジックさんとカンディードさんです」

 十歳の頃。俺とはかけ離れた平民の魔法使いがクラス・エクスセラントに来た。どうせ超されないだろう、それどころかすぐに落ちるだろうと思っていた。

「うわー、負けたー!」

 模擬戦の準々決勝でミジックと当たり勝ったのだが、思いの外強かった。そもそも、このクラス・エクスセラントで準々決勝に来るのがすごい。

・・・・・・もう一人のカンディードも生き残っているみたいだな。

 準決勝でそのカンディードと当たったのだが、圧倒的実力差で負けた。魔法の名門家の一員が平民に負けるなどあり得なかった。それを親に言ったら、圧倒的な暴力で叩きのめされた。親の魔法はケルベロスとウェアウルフの召喚魔法だった。絶対に俺のほうが強いはずなのに、ボコボコにされた。それがほぼ毎日。魔法がなんかちょっと強い猫を召喚するだけの兄上のように一族から追放されることも視野に入れられた。つまり、無名になるということだ。それは、この国で生きていくうえであってはならないことで、最悪国外追放もありえてしまうので、絶対にそれだけは避けたかった。その時はまだ家から通っていたが、いつしか逃げるように寮生活に変更した。


・・・・・・ふぅ。

 少しは過去のことを思い出して落ち着いた。そして、今自分の状況を再整理する。

・・・・・・いや、彼なら余裕か。

 俺はヴァイヤン・シリルの顔を思い出した。彼は自分の想像を優に超えてくる。いずれ、勇者だけでなく魔法分野において何か偉業を成し遂げてしまうのだろう。

・・・・・・あー、ビュンド。お前に会いたいな。


 二年前の夏。寮生活になったことで少しだけ親との問題から解放されたときだった。その時はまだ、クラス・エクスセラントには下のクラスと同じくらいの人数がいた。そんな優秀な魔法使いが揃っていた時代に、一人の男がやって来た。薄い青色で短い髪にまるで水晶のような透き通った半透明な瞳。きれいな外見から、一瞬女子だと勘違いするほどだった。

「グトレイト・ビュンドです。よろしくお願いします」

 グトレイト・ビュンド。彼は「ムース」という泡の魔法使いだった。ギリギリでこのクラス・エクスセラントに入ってきて、自分からあまり強くないと言ってた。

・・・・・・ふーん。

 最初は他人事だと思っていて、交わることなどないだろうと思っていた。当時はまだ人数も多かったので、模擬戦で当たらない人のほうが多かったからだ。そう思っていたのも、一週間だけだった。

「よろしくな!リネットくん!」

・・・・・・うわ。最悪だ。

 よりによって彼がここに来てから最初の模擬戦の第一戦で当たることになってしまった。しかも、こいつは性格が明るい。俺が根っから嫌いなタイプだ。

「手加減無しでお願い。クラス・エクスセラントがどんなもんか知りたいから」

・・・・・・あ、分かった!

 それで、俺は遠慮なく彼をボコボコにしたのだが。

「くっそー!負けた!」

・・・・・・結局コイツも、俺の糧としかならない。

 別に期待はしていなかったが、俺が心底がっかりしていると、彼は俺に話しかけてきた。

「ねぇねぇ、リネットくん!魔法、教えてよ!」

「は?は?は?」

 俺には彼の行動が一ミリたりとも理解できなかった。なぜだ。なぜ魔法も全く似ていない、ボコボコにされた相手に魔法を教えてもらおうと思うのか。しかし、俺が何も言わないので相手は待ってくれない。

「教えて!お願い!」

 俺は自分からなにか物事をするのが苦手で、押しに弱い。良い性格なのか悪い性格なのか自分にはわからない。ただ、その性格のせいで俺はビュンドに深く関わるようになってしまった。


「そう!そこ。そこで技を出す」

「違う、そうじゃない!」

 数ヶ月後。俺は訓練場でビュンドと特訓をする内に、親しくなってしまっていた。そんなつもりはなかったのに。

・・・・・・まぁ、自分の訓練にもなってるし。……じゃなくて!

 表向きの気持ちは、イヤイヤやっていた。しかし、どこか心の底ではそれが楽しいと思える自分がいた。

「いやー。まだまだ道程は遠いな!」

 訓練が終わり、ビュンドが俺に話しかけてきた。最初は模擬戦順位最下位だったのに、最近は順位を上げ、一桁台に到達しているので、かなりすごい方だと思う。

・・・・・・俺は未だにベスト3に帰れてないからな。

 依然として、俺の順位は四位だった。自分の順位は上がらなかったが、ビュンドの順位が上がるにつれて、何故か嬉しくなってしまっていた。

「ありがとな、リネット」

「・・・・・・俺は別に何もしてないし」

「そんなことないよ。お前は俺に魔法を教えてくれるじゃないか」

・・・・・・でも。

 自分からすると、ビュンドはただのクラスメイトだ。他の人よりも少し喋る程度の。しかし、彼の認識はどうなのだろう。

「・・・・・・ビュンド」

「何だ?」

 俺が問いかけると、ビュンドはニコッと笑う。

「・・・・・・お前にとって、俺はどういう人なの?」

「魔法を教えてくれる師匠というか……そうだ、友達だ」

 彼は一秒たりとも考えずに発言する。彼は何気なく言ったのかも知れないが、俺にとってはそれがとても不思議なことだった。

・・・・・・友達。

 久しぶりに言われた言葉。そうか。ビュンドにとって俺は友達なのか。だったら、自分の感情も言葉として言い表せるのではないか。

・・・・・・俺からしても、お前は友達なのかもな。

 そう自覚した時、訓練場の外に見える夕日が、いつもよりも輝いて見えた。


「おはよう、ビュンド。昨日は……」

 一年前のある日。俺はビュンドと些細なことで喧嘩してしまった。それを謝るために、翌日も教室に赴いたのだが、いつもは居るはずのビュンドの姿が教室になかった。代わりに、ビュンドの机の上には一枚の紙切れが置いてあった。

・・・・・・なんだこれ?

 その紙切れには、「リネット、ごめん。最後まで一緒にいられなくて」と書かれていた。俺達は「ずっと一緒にいよう」と約束していたので、その言葉は俺にとって衝撃的なものだった。

・・・・・・まさか、クラス・エクスセラントから落ちた!?そんな筈はない。ビュンドは上位をキープしていたはずだ。

 わけが分からず、担任のリュヌハート先生に聞いてみたら「分からない」と返された。

「は!?『分からない』って何ですか!?先生なら生徒の動向を把握しているはずでしょう!?」

「・・・・・・」

 俺の猛反論に、リュヌハート先生は黙り込み、一度深呼吸をして口を開いた。

「・・・・・・あのね、リネット君。今ねビュンド君みたいに突如生徒が行方不明になるケースが相次いでいるの。原因はいま調査中よ。友達を助けたくて、いち早く首を突っ込みたい気持ちはわかるけれど、これはあなた達が出る幕じゃないの。理解してくれる?」

・・・・・・そんなの、そんなの。

 世界はどこかおかしい。その日ずっと頭の中で木霊していた言葉だ。もう何を信じればよいかわからなくなった瞬間でもあった。そして、俺はその日から以前よりも周りから孤立するようになっていた。


 勇者シリルが魔王を倒したと聞いて、少しは気持ちが楽になった気がした。リュヌハート先生から行方不明の原因は恐らく魔王軍だろうと聞いていたからだ。しかし、俺の気持ちは感謝から憤りに変わることになる。

「ヴァイヤン・シリルだ。勇者だが、魔法を学びたいと思ってリュミエールに入った」

・・・・・・は?

 意味がわからない。勇者で極致に達したのに、なぜ魔法を学ぼうと思ったのか。ただの興味関心なら、なぜここまで上ってこられるのか。

・・・・・・入学と同時にクラス・エクスセラントなんて中々いないぞ。

 実力はあると思ったが、来たばかりのビュンドぐらいの強さだろうと思っていた。模擬戦をするまでは。


・・・・・・俺は負けたんだな。

 薄れゆく意識の中でそう思った。完全に意識がなくなるということは、ドラゴン化が解けて反動で気絶状態に入るということだ。つまり、ドラゴンの尻尾が切られた――つまり負けたということだ。

・・・・・・もういいかな?

 そう思った瞬間、本格的に俺の意識は闇に落ちていった。


「・・・・・・昨日は色々あったな」

 翌日、ベッドの中で俺はそうつぶやいた。昨日は本当に自分の人生が大きく変わった日だった。

・・・・・・楽しみだな。

 俺は今日、久しぶりにクラス・エクスセラントに行くのが楽しみになった。


・・・・・・あーあ。負けちゃった。

 ビュンドのことを思い出したら、ビュンドみたいな口調になってしまった。それでも良い。俺は気付いてしまった。

・・・・・・誰よりも強くなくても良い。自分が楽しかったら十分だ、と。

 救護室で、ヴァイヤン・シリルが話をしてくれたのだ。

「リネット。お前の過去に何があったのかわからないが、お前は何かに縛られている気がする」

 図星だ。俺は昔から誰よりも強くなければいけないという思想、そして高いプライドに縛られている。それでいいと思っていた。そんなもんだと思っていた。

「・・・・・・何かに縛られるのはきついぞ。だけどな、何か自分のほんとうの気持ちを我慢して何かに縛られるのが一番きつい。お前の人生はお前のものだ。だから決めるのもお前だ」

・・・・・・決めるのは、俺。

 俺はその日から、自分らしく生きようと思った。そして、俺はヴァイヤン・シリルに一言。

「・・・・・・ねぇ、ヴァイヤン・シリル。魔法、教えてよ」


・・・・・・ふぅ、昨日も災難だったな。

 翌日、俺はクラス・エクスセラントの教室に向かいながら心のなかでため息を吐いた。しかし最近、毎日のように大事が起こっている気がする。魔王軍ナンバースリーと激突、先生と手合わせ、などなど……。もしやこれは、何か良くないことが起こるサインだったりするのか?

・・・・・・いや、落ち着け。もしそうなったとしても、止めればいい。

 俺は勝手に自分で開き直った。ところで、昨日も災難だった。リネットと模擬戦をしたら、急にドラゴン化&暴走して、俺が尻尾を切って、救護室で起きたと思えば「魔法を教えて」と言われたのだ。多分言葉だけでは伝わりきらないと思う。

・・・・・・「魔法を教えて」は「仲良くしよう」ということらしいけど。何を言っているか全く分からなかったな。

 ちなみに、昨日、模擬戦の予選があったわけだが、次戦の準決勝は一日おいてから行うらしい。なので、今日は普通に授業の日である。

「ギィィィィィ」

 俺は、教室の前に到着し、ドアを開ける。すると、見慣れたクラスメイト達がいた。

「おはよう、クロ!」

「おはよう、ヴァイヤン・シリル」

「ごきげんよう、シリルさん」

「おっはよ〜」

「おはようシリル」

「・・・・・・おはよう」

 俺がドアを開けた瞬間、リーナ、リネット、マリー、ミジック、フランジェに挨拶をされた。俺は一瞬思考停止したが、すぐに挨拶を返す。

・・・・・・ワーナンカニギヤカデスネー。

 知らない間にこんなに人と交流を持つことができた。レフリクは今日は王族の仕事でいないが、アイバーは隅っこに座っている。

・・・・・・なんでだろう。普通に過ごしていたはずなのに。

「そういえばさ、今日の一時限目、魔法学なんだけど、新しく来た先生だって!」

 やっぱり、周りは俺のことを置いていく。誰かこの状況に突っ込んでくれ!

・・・・・・ってか、魔法学ってなんだ?

 リーナ達によると、魔法学とは個人が魔法を強く、効率良く使えるようにするためのもので、全員に共通していることらしい。だからこそ、魔法学は皆で協力する唯一の教科らしい。

・・・・・・へぇ。

 別に、新しく来た先生に興味はないが、魔法学には興味がある。

「ジリリリリリリリリリ」

 授業の開始を知らせる予鈴が響いた。その音を聞いて、俺達は席に着く。それからあまり時間が経たずにドアが開いた。入ってきたのは、何やら分厚い本を持ち、黒い長髪にアクアマリンのような瞳をした一見若く見える女性だった。だいたい二十代後半から三十代前半だろうか。ヒールをカツ、カツと鳴らしながら教壇に向かっている。

・・・・・・なんか見覚えあるな。でもこんな若い人、俺は知らないぞ?でも、何故か懐かしい……?

 その女性は、教壇の前に立って、手に持っていた分厚い本を置き、正面を向いて口を開く。

「おはようございます。今年からこのリュミエールに勤務することになりました。ヴァイアン・コピーヌです。一応……そこにいるヴァイヤン・シリル君の母親です」

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