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Side:ミジック

「ふぁー。よく寝た」

 シュムレットをワンパンして一夜が明けた。リーナの服も買えたし、今日からいつもの日常に戻るだろう。

・・・・・・と言っても今日は特訓するからいつもの日常ではないけどね!

 明日は授業があるので、訓練のタイミングとしては、今日しかあり得ない。

・・・・・・できれば誰にも邪魔されないように一人でやりたいなぁ。

「リーナは・・・・・・」

 隣のベットの方を見ると、予想通り。気持ちよさそうに寝ていた。

・・・・・・良かった。リーナが起きてたら絶対面倒なことになっていただろうな。

 連れてけとか一緒に買い物行こうとか絶対言われていた気がする。流石にもう休日の無駄遣いはしたくない。俺は必要な荷物だけ持って一度後ろを振り返って心の中で思った。

・・・・・・ごめんな、リーナ。また今度・・・・・・誕生日の日に何でもしてあげるからな。

 俺は唇をぎゅっと噛んで、申し訳ない気持ちをこらえながら、ドアを開けて出ていった。


 シリルがいなくなったことで部屋には静寂が漂っていた・・・・・・訳ではなかった。一人の女性の独り言が聞こえる。

「・・・・・・クロもなんやかんや大変そうだね〜」

 その声に返される声はなく、ただ静寂に消えていく。

「・・・・・・しょうがないなぁ。今日だけ我慢してあげるよ」

 女性の口元には不穏な笑みが浮かんでいた。


「・・・・・・広い」

 俺、ヴァイヤン・シリル。絶賛リュミエールの中を迷子中。歩いても歩いても外に出るためのロビーが見えない。

・・・・・・広い広い広い広い!マジで俺、こういうところ迷いやすいんだって!

「全く・・・・・・最強勇者とは何なんだろうな」

「あ、ミネット」

 ひー!誰か助けてー!とか思っていたところ、ミネットが来た。ここで現れたということは、道でも教えてくれるのだろうか。

「どうやらお困りのようだね」

「ミネット!助けてくれ!ロビーまでの道がわからないんだ!」

 俺は小さい体のミネットにお願いするために土下座をした。ちゃんと誠意が伝わるように。そうすると、ミネットは「やれやれ」と言いながら、何やら考え始めた。

「何してるんですか?」

「この建物を探ってるんだ。どういう道順があるのか・・・・・・ん?これは!」

 わーミネットさんすごいいいいいいと思っていると、ミネットが何かに気づいた。

「分かったんですか!?」

「この建物、魔法がかけられているな。なにか呪文を唱えると好きな場所に移動ができる。えっと呪文は・・・・・・『アンカンテス プリュシパル』」

・・・・・・何か聞き覚えありますねぇ。

 俺が心の中で焦っていると、それを見透かしたかのようにミネットは告げる。

「あ?聞き覚えあるのか?忘れていたのか?まさか最強勇者様がこの程度の呪文を忘れるわけないだろう」

 何故か、ミネットの声が少し煽り気味に聞こえる。

・・・・・・なんだコイツムカつくなぁ!?

 さっきは頼りになるなーとか思っていたけれど、どうやら勘違いだったようだ。やれやれ、この猫どう調理しようか・・・・・・。

「使えるなら私も連れて行け。どうやらこの学校に教師や生徒として登録していない私はその魔法を使えないようだからな」

・・・・・・こいつッッ!煽ってきた上に俺にお願いするだと!?

 許せない。せめて感謝するならいい情報を教えてくれてありがとう、だな。

「『アンカンテス プリュシパル!』!」

「あ、おい!」

 俺は呪文を唱えた。すると、周りの景色が初日見たロビーに変わっていた。

・・・・・・よし!これぐらいにしといてやるか。

 置いていかれるだけで済んだのだから、ミネットは随分幸運だと思う。

・・・・・・過去には地面に一週間生き埋めになったやつもいたっけ?

 それはそうと、訓練訓練。


・・・・・・お、皆勉強熱心だな。

 ロビーには机に座って本を開いて勉強している人たちの姿が多数見受けられた。その中で、俺は一人だけ見知った顔を見かけた。

・・・・・・ん?アレはミジック?どうしてここに?

 とても明るい性格の彼女にはとても似合わない、と言ったら失礼だが、今はとても静かに勉強している。

・・・・・・話しかけたら迷惑だよね。俺も実際早く外に行きたいし・・・・・・。

 そんな事を考えて数秒静止していると、反対側からフランジェよりもゴツい見知らぬ男が歩いてきた。しかし、クリーム色に近い髪色のせいでフランジェよりも圧迫感を感じない。

・・・・・・誰だろう。上の学年の人かな?怖いからあんまり関わりたくないなぁ。

 しかし、その男は黒い瞳でまっすぐにこちらの方を見ている気がする。

・・・・・・なんかこっち向かってきてない?

 逃げたいと思う気持ちは山々だが、目力が強すぎて逃げられない。まるで金縛りにあっているようだ。その間にもその男はカツカツとこちらに向かって歩いてくる。そして、距離が五メートルくらいのところで止まって、口を開いた。

「やぁ。初めまして、ヴァイヤン・シリルくん。君の功績は聞いているよ」

・・・・・・誰?

 ますます誰かわからない。やはり、上から目線だから先輩なのだろうか。

・・・・・・なんかバッジつけてない?なんかリュヌハート先生もつけてたような・・・・・・。

 よく見ると、その男は左胸の上にバッジを付けている。なんだか見覚えがあると思ったら、リュヌハート先生もつけていた。

・・・・・・ってことは?

「・・・・・・おっと!自己紹介が遅れたな。私の名前はバスティアン・インティ。リュミエールの教師。一応、顔を出していないだけだが、クラス・エクスセラントの副担任だ」

・・・・・・先生だ!リュヌハート先生以外の先生を初めて見たよ!

 厳密に言うと、入学式の日に全員が集まっていたので、見てはいるが、直接対面をしたことがなかった。だがそれよりも、俺はめちゃくちゃ気になっていることがある。

「・・・・・・何か用事ですか?」

「あぁ、そうだな。実は・・・・・・」

「あれ?インティ先生じゃないですか。それにシリルくんも!」

 できるだけ早めに、穏便に済ませようとしたら、ミジックが顔を上げ、こちらを向いた。どうやら、気づかれてしまったようだ。

・・・・・・まずい。

「おや?ミジックくんじゃないか。今日も勉強しているのか?」

「はい!」

「感心だな」

 これは非常にまずい。いつでも明るくてどんな人にも声をかけられるコミュ力の化物と、教師で基本誰にでも分け隔てなく声をかけることができるコミュ力の化物が揃ってしまった。しかも、一応俺と先生は会話中だ。こそっと抜け出したら心象が下がってしまう。ただでさえ分からないことだらけの魔法の世界で評判を悪くするわけにはいかないのだ。

「あの・・・・・・」

「ん?」

 俺が恐る恐る声をかけると、二人はやっと会話をやめて、こちらを見る。それまでミジックと先生がベラベラ喋っていて楽しそうだった雰囲気が俺によってぶち壊された気がする。いや、ぶち壊したな。

「何か俺に用事が・・・・・・」

「え・・・・・・。あっ!そうだった!完全に忘れていたよ!」

・・・・・・何やってるんですか……。

 思わず俺は激怒したくなったが、怒りを何とか堪えた。一応、この人は年上だ。多分。

「もう、何やってるんですか、先生!いつもこんな感じじゃないですか!」

・・・・・・お前もだろ!?

 もうだめだ。キレそう。俺の怒りが外部に出ようとした時、それを阻害する者が現れた。

「やめろ。本当にやめろ」

・・・・・・ミネッッッッッッ!!!!!

 先程グッバイしたばかりのミネット君じゃないですか。しかし恐らく、誰にも見つからないように姿を隠しているので、無理に反応した俺の方が変人に見られてしまう。

・・・・・・待て待て。本当の敵はこっちじゃないか?

 よし、決めた。後でミネットは地獄行きだ。

「そうそう。君と一戦交……君の実力を確かめたくてね。ちょっと訓練場まで来てくれるか?」

・・・・・・本音が出てないですか?

 この人は、あれだ。たまにいる血の気が騒いで自分の本来したいことよりも戦いを優先したがる人だ。多分、会話についても同じことが言えよう。

・・・・・・それは置いといて、勝負を受けるかだよな。

 俺の予想。多分負ける。見た目からしてすごい大仰な魔法を使いそうである。しかも、クラス・エクスセラントの教師ということでかなり強い。

・・・・・・だからといって、ここで引き下がるわけにはいかないな。

「分かりました」

「ふむ。いい威勢だ」

 俺はすぐさま返事をした。何故かというと、負けを経験することで自分は強くなれる。もちろん、自分一人で訓練するよりも。自分はこれまで、負け戦というものをたくさん経験してきた。だからこそ言えることだ。負けがあるから成長があるのだ。

「まぁ、頑張りたまえよ」

 また後ろからミネットの声が聞こえた。

・・・・・・お前マジで覚えとけよ……!


 訓練場に行くまでの道中、俺はずっと気になっていたことをミジックに聞いた。

「そういえば、何でミジックはあそこで勉強をしていたんだ?強さも申し分ないだろうに」

 俺の疑問を聞いて、ミジックはこちらを向いて、目を見開いたが、すぐに顔を悲しそうに下げて口を開いた。

「私・・・・・・元々は魔法できなかったんだ。家だってめっちゃ貧しくて、魔法になんて触れることができなかった」

・・・・・・え?

 その言葉に、俺は衝撃を受け、とっさに目を見開いてしまった。てっきり、リーナ以外は裕福な家庭で育ち、魔法の才能に溢れていたものだと思っていたから、余計に衝撃を受けた。俺の衝撃なんかを他所に、ミジックは口の端を少し上げて再び口を開く。

「でもね、私が五歳の時に近所に住んでいた男の子が魔法を見せてくれて、そこから魔法が好きになったの。そして、彼は私に魔法の取り方を教えてくれて、私は魔法が使えるようになったの。私の『ブリル』を使ったら、周りのみんなが笑顔になって、気持ちに余裕が生まれて、だんだん裕福になっていったの」

・・・・・・すごい話だな。

 誰かに影響を受けて何かを始めるなんて、とても素敵だ。そして、それを成功させて人生を変えるなんてこと、人には大抵できない。俺はもっと続きを聞きたくて、ミジックに先を促す。しかし、ミジックの表情は再び悲痛なものになる。

「でもね、ある日。魔王軍の襲来が来て、街は崩壊、近所の男の子はどこかへ行ってしまって、家族はみんな・・・・・・」

・・・・・・そうか。あの日か。

 あの日、というのは他でもない。魔王軍が歴史上でも珍しく襲来してきた日だ。死傷者は多数に上り、行方不明者も多数。魔族に寝返る人も多かった日だ。そんな日に全てを奪われた人は数多くいる。

・・・・・・俺は絶対にあの日の悲劇を繰り返さないって決めたんだ。

 魔王軍襲来の日は約六年前なので、俺は当時十歳。その時の幹部を何体か倒したが、それが精一杯だった。だから、魔王軍壊滅を目標に死に物狂いで六年間修行した。そして、数週間前、魔王を討伐して、魔王軍は実質壊滅状態になった。

・・・・・・まだ残党が残っているから、完全とは言えないがな。

 大戦中姿を一度きりも見せなかった魔王軍最強の幹部、魔王の傍系、雑魚など、まだ依然として魔王軍の脅威は残っている。

・・・・・・だから俺は、魔法を学んで未知なる敵にも対応できるようにしたいんだ。っと、独り話が過ぎたな。

 俺は再びミジックの話に耳を傾ける。

「だけど、そんな時リーナちゃんが私の目の前に現れた」

・・・・・・あいつか。

 あいつは、魔王軍との戦いで前線にいたわけではないが、一人ひとりに手を差し伸べることで、多くの人を救っている。俺だって、過去に何度救われたことか。

「リーナちゃんが魔法を教えてくれて、勉強法を教えてくれて、リーナちゃんと同じクラス・エクスセラントに上がることができた。今でも、その恩を忘れないように勉強をしているの。・・・・・・ごめんね!こんな暗い話!私らしくないよね……」

 ミジックの声色と表情がいつも通りに戻った。しかし、少し無理をしているように感じられる。

・・・・・・それほど辛い出来事だったんだな。

「すまない。思い出させてしまって」

「全然いいよ!それよりも・・・・・・」

「何か・・・・・・俺にできることはあるか?」

「え?」

 俺は申し訳なさから何かできることはないか、と思った。これは、昔からの癖だが、絶対に直すつもりはない。

「そうだなぁ・・・・・・じゃあ、いつか私に魔法を教えてくれた近所の男の子を連れてきて!」

・・・・・・は?

 それは無理なお願いではないか。だって、行方不明では?とは思ったものの、こちらに向けられている彼女の薄い紫の瞳の奥にはとても強い物が見える。俺はその期待に応えたい。

「・・・・・・分かった」

「ありがとう!楽しみにしてるね!」

 ミジックは、いつにも増した満面の笑顔で応えた。俺がほっこりしていると、インティ先生の声が聞こえた。

「よし!着いたぞ、シリル君!」


「・・・・・・本当にいいんだな?正直言って、私のわがままだから断ってもよかったのだが……」

 訓練場の端っこの方に着くなり、インティ先生は俺にもう一度確認する。しかし、その言葉を聞いても俺の考えは揺るがない。

「貴重な機会なので・・・・・・逃すわけにはいかないんです」

「そうか。ならば本気でお相手しないとな!」

 次の瞬間、インティ先生からとてつもないほどの覇気が出た。目に見えるほどくっきりと。

・・・・・・え?覇気って目に見える物だっけ?

「シリルさん。あれは強い魔法使いが持っている『ヴィンテリティ』……つまりは覇気みたいな物です。神に選ばれしもののみに送られると聞いたことがあります」

・・・・・・つまりインティ先生はそれだけすごいということだな。

 勇者界では常に自分が上の立場だったから、自分よりも遥かに強い魔法使いと対峙することがなかった。俺は無意識に自分が緊張していることがわかる。

・・・・・・これは、壁だ。俺が強くなるための。

「では、訓練結界を展開しますね」

 訓練結界とは、周りの建物や人々に危害が及ばないようにリュミエールの訓練場でのみ使える物で、呪文を唱え、戦う人が揃えば、使える。

「『エスパス・スパイタル』!」

 ミジックが呪文を詠唱した瞬間、大体半径五十メートルを覆うようにして青色のバリアのような物が下から上に向かって展開し、バリアの天頂で停止する。

・・・・・・よし、いくぞ!

「始め!」

 ミジックの声が結界内に響いた瞬間、インティ先生の姿が消えた。

・・・・・・右、左、右、左……。

 何かの目眩しだろうか。先生は高速で左右を移動している。もしかしたら、俺のことを舐めているのかもしれない。

・・・・・・仕掛けるか。

「『イミテ』!」

 俺は試しに五つ岩を前に出現させた。すると、一秒もたたないうちに自分の方に返ってきた。突然のことで対応できずに、五つの岩が自分の体に直撃する。

「ぶっ!?」

「『ロシュ』」

 続けて地面から円錐みたいな物がニョキっと生え、俺の顎に直撃する。めっちゃ痛い。

・・・・・・地面を操る魔法?

 先生は俺に一寸の余裕も与えずに、続けて円錐をたくさん出現させる。

・・・・・・使うしかないか。

「『アズリーヌ』!」

 俺が出現させた蒼い炎は、生えてきた円錐をボロッと崩す。インティ先生は少し驚きつつも、「『ロシュ』」と唱え、攻撃を続ける。少し接近してきたところに、俺は仕掛ける。

「『シュクレ』!」

 俺は一瞬で大きなペロペロキャンディを出現させ、前に振りかざす。流石に受けきれずに、インティ先生は後ろに飛んで下がる。

・・・・・・手応えはある。このまま押せば……!

「やれやれ・・・・・・生徒に負ける日は近いのではないかな……」

 そう言いながら先生はカンヌを取り出す。その行動に俺は疑問を抱いた。

・・・・・・ここでカンヌ?どうやって使うんだ?

 リーナによると、カンヌは取得するときにだけ使う物で、あんまり使わないらしい。

・・・・・・待て。ヤバすぎる攻撃でも来るんじゃないか。防御を……。

「カンヌマキシマム・・・・・・『ロシュ』」

 インティ先生がカンヌを前に突き出すと俺の胸元にズボッと何かが刺さる感触がした。恐る恐る下を見てみると、俺の胸元には岩で作られたカンヌのような物が突き刺さっていた。

「今、何を……?」

「俺の絶技だ。これを出させるなんて相当な腕前だ。しかも、数週間でここまでいけるとは末恐ろしい。これからも伸びるぞ。よく励め」


「お疲れ!」

 俺が救護室から出てくると、ミジックが出迎えてくれた。

「大丈夫?傷、深かったでしょ」

「ありがとな。もう大丈夫だ。」

 俺はミジックに負けないように笑った。すると、ミジックもニコッと笑い返してくれる。

「よかった。・・・・・・先生との訓練はどうだった?」

 俺はミジックの問いを少し考える。しかし、すぐに俺は口を開く。

「全く歯が立たなかった・・・・・・。でも、とても良い学びを得ることができた」

「それならよかった。悔しがってたらどうしようと思ってたけれど、さすが最強勇者さんだね」

「はは・・・・・・」

 褒めているのかからかっているのかわからない返答に困っていると、向こうから見知った人物が走ってきた。

「おーい!シリル!」

「あ、フランジェ」

 どうやら、フランジェによると寮内に俺とインティ先生の対戦の知らせがひびきたっていたようだ。他の人はすごーい、くらいだったようだが、フランジェは嫌な予感がしたらしく、インティ先生に尋ねてここに駆けつけてくれたらしい。

・・・・・・ありがたいな。

「いやー。心配したよ。シリルが胸を突き刺されたって聞いたときは」

「心配すんな。余程のことじゃないと俺は死なねぇよ」

 俺たちは少し談笑した後、帰ろうと思い、後ろを向いてミジックにお礼を言った。

「あ」

「今日はありがとうな、ミジック。また明日会おうな」

「あ、うん・・・・・・。また明日」

・・・・・・なんか遮っちゃったかな?

 でも、何もないようだったので、俺はフランジェと一緒に帰った。その廊下を歩いている時だけ、何故か後ろから視線を感じたのは気のせいだったのだろうか。


・・・・・・もう、私のバカっ!

 また声をかけられなかった。タイミングが悪かった。

・・・・・・シリル君は悪くないんだよ。悪いのは、私。

 私は先ほどまで見ていた背中を思い出す。

・・・・・・やっぱり、そうだよね。


 十一年前。コヴンヌ・アンシャンテアのスラム街。そこには、裕福で魔法に親しんでいる上流階級とは真逆に、食べられるお金すらも持っていない人が多く住んでいた。私の家族はそこの真ん中くらいの階級だった。

「お母さん〜。ご飯まだ〜?」

「はいはい。今から作るからね」

 当時私は、母と弟の三人で暮らしていた。お父さんは遠くに出稼ぎに行っていて、たまにしか戻ってこない。一日一食が当たり前の生活だった。学校や娯楽もなく、ただぼうっとしている日々が続いた。ある日、「絶対に行ってはいけない」と言われている外から楽しそうな男の子たちの声が聞こえた。

・・・・・・楽しそうだなぁ。

 そう思って、覗いてみると、兄弟のような二人の内、背が低い方の赤髪の男の子がこっちに気づいた。

「こっちにおいでよ!」

 私は思わず、明るい光の方へ足を踏み出してしまっていた。初めて明るいところに出たものだから、目がとてもチカチカした。今度は背が高い方の男の子が、笑顔のまま私に問いかけてきた。

「俺はフランリュー・ブルン。こっちは・・・・・・」

「俺の名前は、フランリュー・フランジェだ。君の名前は?」

「・・・・・・エティケッテ・ミジック」

 最初の頃は、二人共私とは違って、服は新しいし、裕福そうな人たちだったから、借金の取り立てに来た怖い人達の仲間かと思い、警戒していた。けれども、二人共とても優しかったので、すぐに打ち解けて私も自然に笑顔になることが増えた。私は何もしない一日の中で、二人に会える時間がとても楽しみだった。特に、フランジェはいつも私に優しく接してくれたので、会うたびにドキッとしたりして、何か特別な感情を抱くようになった。

「ミジック!こっちこっち!」

「待ってよ!フランジェ!」

 日々をフランジェとブルンの二人で楽しく過ごしていた、そんなある日のことだった。

「ねぇ、ミジックも魔法をやってみない?」

「え?」

 私は、フランジェに誘われて、ポワン・メディアン・モンタニューに魔法を習得しに行った。最初は、魔物がたくさんいたり、私にできるか不安だったけれど、ブルンとフランジェの連携は凄まじく、みるみる魔物は減っていったし、二人は「大丈夫だよ」と言ってくれたので、安心した。。そして、頂上で二人に教えてもらいながら魔法を習得した。

「ソンブルヴァレの大地に息づく・・・・・・」

「おい見ろ、フランジェ!もうカンヌが出現したぞ!」

「すごい、ミジック!めっちゃ魔法の才能あるよ!」

・・・・・・私に、魔法の才能がある?

 最初は疑心暗鬼だったが、自分の「ブリル」を使って魔物を倒したり、周りの人々を笑顔にしていると、自分に自信がついてきて、さらに笑顔になることが増えた。お母さんも、弟も、笑顔になって余裕が生まれて、以前よりも気持ちが楽になった。――しかし、そんな平穏が続くはずがなかった。

「魔王軍が襲来したぞ!」

「なんでこのスラム街に!?」

 歴史上にも珍しく、突然魔王軍が攻めてきたのだ。しかも、コヴンヌ・アンシャンテア全域に満遍なく。スラム街の人々は、魔法を持っていなかったので、次々と魔王軍に虐殺された。

・・・・・・私がやらなきゃ!

 私は精一杯、自分の魔法をぶつけた。しかし、魔族の身体は魔物と比べ物にならないほど頑丈で屈強だった。そのため、私は成すすべなく、ボコボコにされた。それだけでなく、魔族は私の大事な大事な家族まで奪っていった。

・・・・・・そうだ、フランジェとブルンは……?

 私は最後の希望を、フランジェとブルンに託そうと思った。あの二人なら、きっと魔族も倒してくれるはず。しかし、いつもの場所に見知った二人の姿はそこにはなかった。

・・・・・・そんな……。二人も負けちゃったの?

 私は絶望した。家が貧しかったときよりも遥かに自分の心が締め付けられている感覚があった。

・・・・・・フランジェ……!

 私の心の中の悲痛な叫びは、声にすらならなかった・・・・・・はずだった。

「ザッ」

「!」

 突如、目の前に現れたのは、私と同じくらいの身長の茶髪の女の子。私とは違い、堂々とした佇まいでそこに立っている。

「大丈夫?立てそう?」

 彼女の名前は、プラリネ・カンディードと言った。カンディードちゃんは私のために、魔法を教え、リュミエールを紹介してくれた。そのお陰で、今の私はリュミエールのクラス・エクスセラントの一員として、生きている。

・・・・・・だから私は、あの時の苦労を忘れないように勉強してる。まぁ、まだまだ実力不足っていうのもあるけどね。


 次の日。ミジックの自室にて。

「はぁ・・・・・・っ」

・・・・・・今日こそ、絶対にフランジェ君に話しかけるんだ!

 あの子の笑顔、明るさ、後ろ姿、名前。フランジェ君とあの子はよく似ている。

・・・・・・私のこと覚えているかなぁ。

 まず、生きているかもわからない。偶然、同姓同名なだけかも知れない。

・・・・・・だけど、あの子にとても似てる。間違いない。

 自分でもよく分からなかったので、話しかけようと思っていた。しかし、初日はレフリクに邪魔され、昨日はシリル君に邪魔されてしまった。

・・・・・・悪いのは、私。

 今日は、クラス・エクスセラントの生徒同士の模擬戦がある。それが終わったときに声をかけるのが無難だろう。

・・・・・・よし。頑張るぞ。


「ジリリリリリリリリリ」

「今日の授業は模擬戦だ。新しく入ってきた人もいるから、教えながら行くぞー!」

 昨日シリルくんと戦っていたインティ先生がそう言った。生徒たちは、ぞろぞろと教室を出て、クラス・エクスセラント専用の訓練場に向かう。模擬戦をする相手は、先生の魔法で決まる。

「『ロテリエ』!」

 この魔法は、教師専用の魔法だ。席替えや模擬戦の相手を決めるときなどに使うくじの魔法だ。その魔法によって、一人ひとりに水色のカードが飛んでくる。

・・・・・・私の相手は……。フランジェくん!?

 まさかの相手だ。話したいと思っていた相手と当たってしまった。

・・・・・・模擬戦の前に話しかけようかな。

 そう思っていると、早速彼がやってきた。

「あ、ミジックさん。よろしくお願いします」

・・・・・・まだ気付いてないみたい。

 私は思い切って話しかけた。私の過去と・・・・・・未来のために。

「あ、あのっ!フランジェくん!私、貴方に話したいことが・・・・・・!」

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