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true177の短編小説10作詰め合わせ【3】

呆れるほど薄っぺらい俺の彼女。

作者: true177

 休日の遊園地には、さまざまなタイプの客が訪れる。休暇を子供に使う家族、自己の世界を楽しむ一匹狼、果ては利潤を出そうとする配信者……。ガラパゴス諸島もいいところだ。


「……もう三周したぞ、あの観覧車……」


 あきらが分類されるのは、その中でも最底辺、『やる気なしカップル』である。正確に示すとすれば、『彼氏が冷え切っている』だろうか。


 売店に姿を消したっきり、連絡の一つもよこさないのは恭子きょうこ。彼氏を待たせているとは思えない。


 雲一つない空に、章のため息が上がっていく。空きコマをデートなるもので埋められた上、自身はアトラクションに搭乗してすらいないのだ。ひと時の青春を返してほしい。

 恭子と出会って、まだ一か月。彼女に前も後ろも塞がれてはいたが、親しみを持って付き合い始めた。そのはずだった。


「……あー、ここにいた! ごめんね、会計が詰まっちゃってて……」


 甲高く透き通る声の主は、彼女である。合唱で歌声につられ、中々パートの音程が覚えられなかったのは記憶に新しい。声優の道も勧めたが、本人曰く『給料が満足に入らない職業はイヤ』だとのこと。将来の夢より現金重視とは、小学生にお手本として見せられない。


 何食わぬ顔でクマのキーホルダーを主張してくる恭子は、ファストフードのスマイルゼロ円。笑みを保ってはいるが、筋肉の緊張が無理やりだ。


「……詰まったも何も、どこから来てるんだよ……」

「ついでにトイレ寄ってたの。……レディにそんなこと、聞いていいのー?」


 そもそも、彼女は入った扉から出てきていない。その癖、彼氏を探していた風である。論理の破綻にも程というものがある。


 ……まあ、この関係も今日で終わりだしな……。


 今この時、腐ったカップルの仲を断ち切る。そのつもりで章はデートを了承したのだ。そうでなければ、サーブを打ち込んで汗を流しているところだ。時間を奪われるのは、ここでおしまいにする。


「……それじゃ、次は……」


 恭子の視線は、早くも飲食店をロックオンしていた。財布が隣に付属品として付いてくる心境を思えば、十分頷ける。章を犠牲にした飯を、おいしく感じる彼女の感性を疑う。


 元気いっぱいに振り出された恭子の腕を、思いきり引き留めた。反動で、彼女の身体がバランスを崩した。

 楽観した真っ黒な目が、こちらに向いた。意思を制止されているのに、不満の色一つ示さない。


「……何かな、章くん? お腹も減ったし、何か食べに行こうかな、って」

「もう、茶番は終わりだ。全部、清算しよう」


 章は、入場してから百歩も動いていない。躍動しているのは、章の財布と恭子だけだ。いつからデートは男が全払いになったのだろうか。誠に迷惑である。


 投げつけられた通告に、恭子からぼんやりとした抱擁感が消えた。微笑サービスが終了し、証明写真に使えそうな初期設定に戻った。


「……どういうことかな。説明してもらえる?」


 ここに、溌溂として活動的な彼女はいない。心が冷えていたのは、章だけではなかったようだ。


 真正面からの激突となれば、証拠を突き付けるだけ。


「……恭子って、薄っぺらいよな」


 彼女は、上辺だけの乞食である。


 付き合い始めた当初から、財布を頻繁に忘れてきた。宣言させようが、メモ帳に書かせようが、努力はすべて水の泡だった。特徴、個性として受け入れるには、彼女に都合がよすぎた。

 旅行の話を持ち出しても、映画の鑑賞に誘っても、浅い知識で躱そうとする。家を訪問することも、時期尚早だと却下。散々向こう側から勧誘しておいて、こちらからの提案は全無視。疑心が募るのに、そう時間はかからなかった。


 如何せん、上辺だけなのだ。今日の遊園地にしても、『行きたいから』『一緒にいると楽しいから』。理由のための理由を繰り返された。


「本当に、何もかも。……自覚、ある?」


 動じない腕を外に払い、正対させた。章の追及を、恭子は口一つ動かさず受け止めている。隠せていない余裕が、勝っているはずの章にも雑音を生じさせる。


 恭子が、口を開いた。怯むどころか、前のめりになっていた。


「……それでこそ、私が見込んだ甲斐があるってものだよ、章くん!」

「……は?」


 日本語としては聞き取れたが、文章にならない。聞き返そうにも、言葉が出ない。質問になる手前で、砂山のように崩壊してしまうのである。


 恭子が、例のクリアな声で笑いを噴き出した。章のことを、攻め駒と認識している。そのくらい、『人』に対する感情が存在していない。


「上辺だけで騙されるような人間に、用はないからね。……無事で良かったよ、章くんは……」


 目の前でこくこく頷くのは、悪魔か魔王か。どちらにしても、この瞬間に章のカーストは最下位になってしまった。ピラミッドの中には二人しかいない。恭子と、章である。


 脳の伝達系統が、仕事をしない。逃走しなくてはいけないのに、恭子にくぎ付けにされている。逆らってはいけないと、全神経がボイコットしてしまっていた。


「……キミに、頼みたいことがあるんだ……」


 ……どうやら章は、、踏み込んではいけない領域に首を突っ込んでしまったようである。

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