第7話 スタントマン
<21:00 秋葉原のスタントスクール>
火曜の夜、秋葉原のネオンと雑多な喧騒を抜け、一はスタントスクールのドアをくぐった。
ビルの2階、汗とゴムの匂いが漂う教室。壁には色褪せた格闘技のポスターや古びた映画のチラシが貼られ、マットの上では若いスタントマンたちがロープワークや転倒の練習に汗を流す。
一は周囲の活気に気圧されつつ、白川拓実の関係者である人に会う目的を頭で整理した。
受付で名を告げると、スタッフが奥のトレーニングルームへ案内する。
そこでは、筋骨隆々の男がミットを叩いていた。パンチの音が響き、短い黒髪が汗で揺れる。
三角竜、25歳。鋭い目つき、まるで格闘家のような体躯――元ボクサーで、今はスタントマンとして活躍する男だ。
「お、佐藤さんか? 五虎社長から聞いてるぜ。」
三角はミットを外し、タオルで汗を拭きながら笑顔で近づく。
気さくな声に、一は軽く会釈した。
「こちらこそ、三角さん、ですよね?」
一は彼の握手を握り返しつつ、目の前の男が白川の過去を知る鍵だと確信した。
<実写映画「しノび」の話>
二人はトレーニングルームの隅に置かれたベンチに腰を下ろす。三角はペットボトルの水を飲みながら、目を輝かせる。
「そういや、佐藤さん、俺の主演映画『しノび』観てくれたんだって? どうだった?」
一は頷き、答える。
「迫力のあるアクションに圧倒されました。忍の末裔が裏社会のドンを暗殺するストーリー、緊張感がすごかったです。」
三角は笑顔を弾けさせる。
「マジか! 嬉しいね! あの映画、制作決まった時はSNSでボロクソだったんだよ。『実写化失敗確定』とか、ヒヤヒヤもんだった。でも、公開したら大ヒット! アクションシーン、全部自分でやったんだぜ」
彼は身振り手振りで、撮影の舞台裏を熱く語る。
伊賀と甲賀の間に生まれた忍の主人公が、裏社会の巨悪を倒す物語
過酷なトレーニングや、監督との衝突、スタントの失敗談まで、三角の話は止まらない。
「特にクライマックスのドンとの対決さ。あのシーン、ワイヤー使って飛び回るんだけど、最初はNG連発でさ。監督が『もっと忍者らしく!』って怒鳴るんだよ。結局、20テイク目でOK出た時は、みんなでハイタッチしたぜ!」
三角の声は熱を帯び、一は相槌を打ちつつ、内心で白川拓実の話題へどう繋げるか考える。だが、三角の熱量に押され、しばらく聞き役に徹する。
「それに、衣装も本格的でさ。忍装束の下に隠し武器仕込んで、動きやすいようにカスタムしたんだ。実写アクションの怖さって、CGに頼らず体張る部分だろ? それが伝わったみたいでさ」
一は微笑み、
「本当に本物の忍者みたいでした」と返す。
<白川との過去>
会話が一段落すると、一は慎重に切り出す。
「三角さん、五虎社長から伺ったんですが、白川拓実さんと同期だったとか?」
三角の笑顔が一瞬曇り、タオルを握る手が止まる。
「ああ、アイツか……白川のこと、確かに、中学の頃、ボクシングで一緒だった」
三角は遠くを見るような目で続ける。
「中一の時、体育の先生に勧められてボクシング始めたんだ。俺もアイツも、毎日殴り合ってたよ。アイツ、めっちゃ速かった。パンチのキレが半端なくてさ、練習相手としては最高だった」
一はメモを取りながら聞く。
「白川さんはどんな方でした?」
三角は苦笑し、首を振る。
「クソ真面目で、でもどこか冷めた奴だった。リングの上じゃ熱かったけど、普段はポーカーフェイス。なんか、いつも一歩引いてる感じ? でも、負けず嫌いだったよ。」
三角の言葉に、一は白川の冷たい目のイメージが重なる。
一はさらに尋ねる。
「ボクシングの練習以外で、白川さんと話す機会はありましたか?」
三角は少し考えて答える。
「まあ、道場で待ってる時とかさ。アイツ、意外と本読むのが好きで、格闘技の歴史書とか読んでたよ。『強さって、ただ殴るだけじゃねえ』とか、哲学者みたいなこと言うんだ。」
一は頷き、続ける。
「その白川さんが、俳優に転身したと聞きましたが……?」
三角は水を一口飲み、話を続ける。
「そう、中学卒業前、急にアイツが『俳優になる』って言い出した。きっかけは、幼馴染の早乙女藍って奴だよ。アイツ、『リングより舞台の方が広い世界が見える』とか、急にカッコつけたこと言いやがってよ。」
三角は笑うが、どこか寂しげだ。
「最初は戸惑ったよ。急に辞めるって。けど、実は俺も香港映画に憧れてて、スタントマンになりたいって思ってた時期だった。だから、アイツが辞めるなら俺もって、思い切ってボクシングやめたんだ。最後、道場で別れのスパーリングしたよ。アイツの最後のパンチ、めっちゃ重かった。『お前も自分の道行けよ』って、」
一は目を細める。
「その後、お二人で会うことは?」
三角は首を振る。
「高校からは別々の道だった。アイツは俳優になって、俺はスタントの道に進んだ。会うこともなかったな。……でも、アイツが消えたって聞いた時は、なんか信じられなかった。ただ消えるなんておかしいよ。」
一はメモを進める。
「白川さんの失踪について、何か噂や手がかりは?」
三角は肩をすくめ、
「いや、俺の周りじゃただの失踪話だけだよ。ただ舞台の世界に引き込まれたのは、藍の影響がデカかったはずだ。」
<白川への思い>
三角はタオルを肩にかけ、遠くを見るように呟く。
「白川が消えてから7年、だろ? 一度でもいいから、アイツと本気の喧嘩してみたかったなぁ」
その言葉に、一は少し驚く。
「喧嘩、ですか? 恋愛的に白川さんが好きだったとか……?」
三角は目を丸くし、慌てて手を振る。
「ないない! それはないって! ハハ、めっちゃ誤解された! いや、リングの上での話だよ! アイツのあのキレのあるパンチ、もう一回受けてみたかったってだけ!」
一は苦笑する。だが、内心では三角の言葉に引っかかる。
本気の喧嘩――それは、白川の強さへの憧れか、それとも未練か。失踪の理由に、藍との関係が深く絡んでいる気がした。
三角は笑いを収め、真剣な目で一を見る。
「佐藤さん、アイツを探してるんだろ? 見つけたら教えてくれよ」
一は頷き、
「もちろんです。何か思い出したことがあれば、いつでも連絡ください」 と返す。
<スタントマン>
名前:三角 竜
性別:男性
年齢:25歳
身長:168cm
風貌:やや短い黒髪を無造作に立て、鋭い目つきと筋骨隆々の体躯が特徴。トレーニングウェアを好み、常にエネルギッシュな雰囲気を纏う。
職業:スタントマン(元ボクサー)
性格:熱血漢でマイペース、格闘やアクションへの情熱が人一倍強い。普段は気さくで仲間思いだが、戦いや挑戦の場面では闘争心を剥き出しにし、フェアさを重んじる正義感が強い。過去の別れや未練を抱えつつも、前向きに自分の道を突き進むタイプ。