第4話 仮面の破片と白川
<19:30 喫茶店「かりゅうど」>
池袋の裏路地、喫茶店「かりゅうど」の暖かな照明が木のテーブルに柔らかく映る。ジャズのメロディが静かに流れ、コーヒーの香りが店内に漂う。
カウンターではマスターの折遊夜がグラスを磨き、時折、客の会話に耳を傾けるような視線を投げる。
ドアのベルが軽やかに鳴り、遅れて現れた国永プロダクション社長、蒼木五虎がスーツ風の衣装で入ってくる。
黒髪に軽いウェーブ、鋭い目元と自信に満ちた笑顔が彼の存在感を際立たせる。
「遅れてすみませんでした! 打ち合わせが長引いて!」
五虎は軽快に手を挙げ、ソファにどかりと腰を下ろす。
加撰がコーヒーカップを手に、口元で軽く笑う。
「社長、相変わらず派手ね」
大波はリキッドを吸いながら、苦笑を浮かべて頷く。
「まあ、五虎さんらしい」
佐葉はノートパソコンを膝に抱え、目を細める。
「遅刻の言い訳、毎回同じパターン」
一はコーヒーを一口飲み、五虎をじっと見つめる。
「五虎社長、プロダクション立ち上げて忙しそうですね。順調ですか?」
五虎はニヤリと笑い、コーヒーカップの縁を指で叩く。
「順調も順調! 国永プロダクション、2.5次元業界の新星だよ! 若手をガンガン育てて、舞台を盛り上げる!」
楽天的な声に、一はどこか胡散臭さを感じ、視線を鋭くする。
華やかな言葉の裏に、何か隠れている気がした。
<雑談の時間>
折が新しいコーヒーを運んでくると、会話が軽い話題に移る。
五虎がテーブルに身を乗り出し、目を輝かせる。
「一、探偵ってどんな感じ? 面白い事件あった?」
一は苦笑し、カップを置く。
「面白いってより、面倒なのが多い。ストーカー追ったり、証拠集めたり。舞台のキラキラとは別世界」
加撰が和風ワンピースの袖を整え、静かに言う。
「舞台のキラキラって、スポットライトの外じゃすぐ色褪せるよね。共演者の嫉妬、リハーサルの過労、裏はドロドロよ」
彼女の声には、業界への皮肉が滲む。
大波がリキッドの煙を吐き、頷く。
「そういう話ばっか耳に入る。華やかさなんて、一瞬の幻だ」
五虎は笑い声を上げ、場を和ませる。
「おいおい、暗い話やめようぜ! 今日は僕のプロダクションのスタート祝いだろ? 夢の話しよう!」
佐葉がパソコンを叩きながら、チラリと五虎を見やる。
「夢って、社長の無茶なスケジュールみたいな非現実的なもの?」
五虎は彼女の毒舌にケラケラ笑う。
「佐葉、相変わらずキツいな! でも、君がいなきゃプロダクション回らないよ!」
一はやり取りを眺めつつ、内心で早乙女藍の失踪を思い出す。あの事件――突然姿を消した若手俳優と、業界を騒がせる「赤男」の噂。
加撰の笑顔にも、五虎の派手な態度にも、どこか説明しがたい違和感が漂い、2.5次元業界の闇がちらつく。
胸に冷たいざわめきが広がった。
<OB顧問の話題>
五虎が、ふと思い出したように口を開く。
「そういや、うちのプロダクションに週一で来るOB顧問がいるんだ。滑川全一、元警察の親分。ガタイよくてなんか安心感あるんだよな。趣味が野外キャンプで、週末は山で焚き火してるって」
彼はソファに背を預け、楽しげに笑う。
佐葉が珍しく目を上げ、口元に笑みを浮かべる。
「全一さん、話しやすいよ。書類の相談とか、愚痴とか、なんでも聞いてくれる」
加撰は首を振る。
「でも、警察あがりの人が2.5次元業界? なんかミスマッチよね」
大波がリキッドを手に、静かに言う。
「キャンプか。裏方の僕には、ちょっと羨ましい趣味だよ。業界の喧騒から離れられる」
一は黙って聞くが、胸にざわめきが広がる。
元警察、面倒見がいい、業界の裏に詳しい――滑川全一の存在が、赤男の影と妙に重なる。
なぜ警察を辞め、この業界に? 違和感が拭えず、五虎の楽しげな笑顔にも、どこか不自然な揺らぎを感じた。
<解散と依頼>
21:00を過ぎ、祝賀会の空気が落ち着く。
加撰が立ち上がり、
「私、明日のリハーサルあるからそろそろ行くね」
大波もリキッドをポケットにしまい、
「僕も裏方の仕事残ってる。じゃあね、一」
佐葉はパソコンを抱え、ぶっきらぼうに言う。
「社長、明日の書類、ちゃんと見てよね」
五虎は笑って手を振る。
「了解、了解! みんな、今日はありがとな!」
店内が静かになり、一は五虎と二人きりになる。
折はカウンターでグラスを磨き、遠くから会話を見守るようだ。
五虎が急に真剣な顔になり、一に近づく。
「一、ちょっと話がある。……白川のこと、頼みたい」
一の目が鋭くなる。
「白川? 誰ですか?」
五虎は頷き、声を低くする。
「アトモンの白川拓実、早乙女藍と同期なんだけど、7年前に消えた」
彼はジャケットの内ポケットから小さな布袋を取り出し、テーブルの上にそっと置く。
「それと、これ……7年前、藍の失踪後、楽屋の床に落ちてた」
布袋を開けると、ひび割れた赤い仮面の破片が現れる。赤い塗料の奥に、乾いた血のような染みが不気味に光っていた。
一は破片を手に取り、冷たい感触を確かめながら目を細める。
「これ……藍の楽屋で?」
五虎は声を低くし、
「そう。気味が悪くて警察には渡さなかった。……一、これ、なんかヤバいよな?」
一は破片をジャケットのポケットにしまい、腕を組む。
白川拓実、早乙女藍と同じく失踪した俳優。この血のような染みが残る仮面の破片が赤男の噂と繋がっている気がして、胸のざわめきが収まらない。
「実は最近、渋谷の人混みで白川らしき人を見かけた。間違いない、アイツだった」
五虎は目を細め、続ける。
「1週間前に渋谷のスクランブル交差点で追いかけたけど、人混みに消えちまった。……でも、なんか変だった。左エラに傷があって、髪が急に白髪になってた。目が……なんか冷たかった」
彼の声には、普段の楽天さが消え、焦りと不安が滲む。
「一、探偵だろ? 白川を探してほしい」
五虎の言葉に、一はコーヒーカップを握る手を止め、じっと彼を見つめる。
「社長、いくら俳優時代の先輩だろうと、そう簡単には依頼受けませんよ。……でも、藍の件もある」
五虎の顔に安堵の色が浮かぶ。
「マジか、助かる! 頼んだぞ、一!」
藍の笑顔、白川の冷たい目、赤男の仮面――全てが頭の中で渦巻く。
(白川、どこにいる……? そして、赤男、お前は……。)
白川の顔の傷と白髪、渋谷での目撃、滑川全一の不自然な親しみやすさ――そして赤男の影。
一は森谷に連絡を入れるのを一瞬考えるが、思い直す。
(これは俺だけでやる。)
藍の失踪と赤男の謎を解き明かす決意を胸に、一は業界のタブーに踏み出した。
<国永プロダクション>
名前:蒼木 五虎
性別:男性
年齢:30歳
身長:185cm
風貌:黒髪に軽いウェーブがかかり、動きのあるショートカット。プライベートではカジュアルなジャケットとサングラスを愛用し、軽快でスタイリッシュな雰囲気。
職業:国永プロダクション代表(元2.5次元俳優)
性格:楽天的で自信家、どんな場でも主導権を握るリーダー気質。軽快な口調で冗談や明るい話題で周囲を盛り上げるが、時折見せる鋭い眼光には計算高さが潜む。仲間への信頼は厚いが、自身の本心はあまり明かさず、掴みどころのない魅力を持つ。
<喫茶店かりゅうど>
名前:折 遊夜
性別:男性
年齢:40歳
身長:190cm
風貌:短い黒髪に軽い癖があり、落ち着いた雰囲気を湛える。メガネの奥に鋭い目を持ち、シンプルだが上質なシャツとベストを着こなす。リラックスした大人の魅力を漂わせる。
職業:喫茶店「かりゅうど」オーナー
性格:温厚で面倒見が良く、聞き上手。客の愚痴や悩みを静かに聞き、的確な助言で場を和ませる。2.5次元業界の裏話に耳を傾けつつ、深入りせず中立を保つ姿勢。静かな芯の強さを隠す。