第25話 再起
<12:00 東京駅周辺のカフェ>
横浜貿易倉庫の事件から2年が経っていた。
口井藤馬――イドは、
カフェでノートパソコンを前に座っていた。
画面には、警視庁の公式発表と
ネットの断片的な記事が並んでいる。
「……処理されたか」
イドは小さく息を吐いた。
公式発表では、倉庫の爆発は「コンテナ内に残されていた可燃物の自然発火による事故」と結論づけられた。
負傷者は出たものの、死者はゼロ。
だが、実際は違う。
赤男、滑皮全一と手良秀吉の遺体は焼失、
日神総一は心臓発作で死亡、
森谷茂は「事故死」として処理された。
若手俳優連続殺人事件は、
結局「未解決」のまま闇に葬られた。
警察は「赤男」の存在を認めず、
デザートニールの影も一切触れられなかった。
イドは画面をスクロールしながら、
独り言のように呟く。
「結局、何も明かされなかった。なぜ若手俳優が狙われたのか。なぜ彼らの『美しさ』が剥ぎ取られたのか。デザートニールが何を企んでいたのか……すべて、永遠に闇の中だ」
パソコンを閉じ、イドは窓の外を見た。
東京の真昼は変わらず輝いている。
だが、その光の裏に潜む「理由なき嫌悪」は、
決して消えない。
誰かが輝けば、誰かがそれを憎む。
憎しみは連鎖し、呪いは巡る。
イドは静かに立ち上がり、コートを羽織った。
「オレの復讐は終わった。でも……この呪いの連鎖は、終わらない」
もう、この街に用はない。次の影へ、消えるだけだ。
<高層マンション>
午後の柔らかな光が差し込む。
神久井亜利沙は、ひとりで紅茶を傾けていた。
テーブルの上には、古いアルバムが開かれている。
高校ダンス部の集合写真。
センターで笑う早乙女藍。
部長として控えめに微笑む、若い頃の神久井。
当時の神久井は、どこかぎこちない表情だった。
神久井は写真を指でなぞり、静かに息を吐く。
「……藍くん」
声は小さく、誰にも聞こえない。
アルバムをめくり、もう一枚の写真。
ダンス部の発表会後、みんなで撮った集合写真。
藍がセンターでピースをし、
神久井が少し離れた位置で拍手している。
藍の笑顔は、眩しいほどだった。
神久井の指が、藍の顔に触れる。
「あの頃の私は……藍くんの隣に立てるなんて、思ってなかった。毎日練習して、でも全然追いつけなくて……悔しかった」
彼女は目を細め、写真の中の藍を見つめる。
「でも、藍くんはいつも『亜利沙先輩、ダンス綺麗だよ』って言ってくれた。あの言葉がなかったら、私は今ここにいないかも」
紅茶のカップを手に、ゆっくりと口をつける。
「あの事件の後……藍くんがいなくなってから、何度も思った。もっと話を聞いてあげればよかったって。右頬のアザを見た時、もっと強く引き止めてあげればって」
アルバムを閉じ、胸に押し当てる。
「でも、今でも信じてる。藍くんは、どこかでまだ戦ってるって。あの輝きは、消えたりしない」
窓の外、東京の空は変わらず青い。
神久井は静かに微笑み、
アルバムを棚にしまう。
「また、いつか……会える日が来るよね、藍くん」
<池袋の裏路地、喫茶店「かりゅうど」>
店内はいつものジャズが流れ、
コーヒーの香りが漂っている。
カウンターの奥で折遊夜がグラスを磨き、
穏やかな笑みを浮かべていた。
テーブルには、国永プロダクションの面々が
集まっていた。
蒼木五虎、加撰清音、大波安定、橘佐葉、
そして新しく加わった若手数名。
五虎が明るく声を上げる。
「よし、次回作の打ち合わせだ!みんな、気合い入れていこうぜ!」
清音が台本を手に、静かに微笑む。
「ましろのおかげで……私は辞めなかった。あの役が、私に『まだやれる』って教えてくれた」
大波がリキッドを吸いながら、頷く。
「清音のましろ、最高だったよ。客席から見てて、泣きそうになった」
佐葉がパソコンを叩きながら、
ぶっきらぼうに言う。
「予算は前回より増えたけど、スケジュールは相変わらず鬼だよ。社長、無茶はほどほどに」
五虎はケラケラ笑う。
「佐葉、キツいな! でも、みんなで乗り越えようぜ。藍がいなくなってから、俺たちは……壊れそうだったけど、こうやってまた集まれた。それだけで、十分だろ?」
店内の空気が、温かく柔らかくなる。
その時、店内の小さなテレビから
ニュースが流れた。
アナウンサーの声が、淡々と響く。
「本日正午、町田駅前の交差点で、男性が刃物で襲われる事件が発生しました。犯人はその場で取り押さえられましたが、動機は不明です。被害者は……元2.5次元俳優の佐藤一さん、意識不明の重体です。」




