第19話 赤い額縁
<22:50 横浜貿易倉庫>
夜の潮風がコンテナの隙間を抜け、錆びた鉄の匂いを運んでくる。
街灯の光が水溜まりに赤く反射し、地面を血のように染めていた。
佐藤一は車から降り、拳銃の重みがジャケットの下で冷たく感じられる。
東金明はハンドルを握ったまま、
窓を下げて一を見た。
顔は青ざめ、目は怯えを隠しきれていない。
「一、僕も一緒に行かせてくれ。待ってるだけじゃ、心臓に悪いよ」
東金の声は震えていた。本音は明らかだ。
出来ればこんな場所から逃げ出したい。
だが、一人残されるのも怖いのだろう。
一は東金の目をじっと見て、心を見抜いていた。
「車で待っててくれ。何かあったら、すぐ逃げられる手段が必要だ。俺一人で十分だ」
一の言葉は冷静だが、厳しかった。
どちらに転んでも状況は最悪だ。
東金が一緒に来れば、標的が増えるだけ。
車で待機していれば、脱出のチャンスがある。
東金は唇を噛み、渋々頷いた。
「……わかった。でも、無理しないでね」
車が少し離れた路肩に移動し、一は倉庫の外壁に沿って歩き始めた。
GPSの信号は森谷のコートから発信され続けている。ここに、五虎社長がいるはずだ。
非常口は錆びつき、鍵がかかっていない。
静かにドアを開け、中へ滑り込む。
内部は暗く、コンテナと機械の影が絡み合う。
潮の匂いと油の臭いが混じり、足音を殺して進む。
恐る恐るGPSの画面を覗き、信号の方向へ向かう。
廊下のような通路を抜け、
大きなシャッターの前に出た。
シャッターの隙間から光が漏れている。
一は息を潜め、中を覗いた。
中央の作業台に、蒼木五虎が大の字に拘束されていた。手足は鉄の枷で固定され、口にはガムテープが貼られ、目が恐怖で大きく見開かれている。
息は荒く、体がわずかに震えていた。
その周りに、森谷茂と手良秀吉が立っていた。
森谷はダークスーツに身を包み、冷笑を浮かべ、
手良はぶっきらぼうな表情で腕を組んでいる。
手良の横にはSPらしい黒服の男たちが数人、
銃を構えて警戒している。
「蒼木五虎、君の輝きは標本として最高値がつくよ」
森谷の声が響く。手良は無表情で頷いた。
「この若い体は、完璧な標本になるだろう。ハリがある肌を剥ぎ取り、永遠に保存する……それが私の楽しみだ」
手良の声は静かだが、異常な執着が滲んでいた。
一の胸に怒りが込み上げた。
五虎の目が、助けを求めている。
一はシャッターを押し開け、
拳銃を構えて飛び込んだ。
「五虎さん!」
銃声が響く。一の弾が森谷の肩をかすめ、
SPたちが一斉に銃を向けた。
だが、次の瞬間――背後から不意の気配。
赤い仮面の男、滑皮全一がナイフを閃かせ、
一に襲いかかった。
「佐藤君、ようこそ」
穏やかな声が耳元で響く。一は振り向き、拳銃を向けたが、滑皮の動きは異常な速さだった。
ナイフが一の口元を狙い、横に斬り裂いた。
鋭い痛みが爆発し、血が噴き出す。
「ぐあっ……!」
一は歯を食いしばり、間一髪で後ろに下がった。
ナイフの刃が口を浅く裂き、血が滴るが、
深くは入っていない。
口が熱く痛み、言葉が出にくい。
滑川はナイフを振り上げ、仮面の下で笑っているようだった。
「君の顔も、いい額縁になるね」
森谷が笑い、手良が冷ややかに見つめる中、
突然、SPの一人が動き出した。
黒服の男がメガネを外し、拳銃を滑皮に向けた。
「滑皮全一……ここまでだ」
イドだった。SPに変装していたイドが、
冷徹な目で滑皮を睨む。
滑皮はナイフを下ろし、平然と挨拶した。
「口井藤馬……君か。久しぶりだね」
イドの本名が、赤男の口から漏れた。
一の目が驚きで見開く。
イド――口井藤馬の表情は変わらず、
銃を構えたままだった。
「オレの名を……知ってるのか」
滑皮は仮面を外し、穏やかな笑顔を浮かべた。
白髪交じりの髪が揺れ、いつもの顧問の顔だ。
「もちろん。君の過去も、公安でのトラウマも、すべてね」
倉庫に緊張が張り詰める。
森谷が銃を抜き、手良のSPがイドを囲む。
イドは一人で立っていたが、目は揺るがない。
「滑皮……お前の画、今日で終わらせてやる。」
滑皮はゆっくりナイフを構え、笑みを深めた。
「ふふ……始まったばかりだよ」
一は口の痛みを堪え、拳銃を握り直した。
五虎の拘束を解くチャンスを狙う。
森谷が一を狙い、弾を放つ。
一はコンテナの影に隠れ、反撃した。
手良はSPに守られ、後退しようとするが、
イドが滑皮に集中して撃つ。
滑皮の動きは異常で、ナイフを盾のように使い、弾を避ける。
「口井藤馬君、君の銃は予測通りだよ」
滑皮の声が響く。イドの弾が滑皮の肩をかすめ、
血が滴るが、彼は笑みを崩さない。
一は五虎の作業台へ近づき、ガムテープを剥がそうとした。五虎の目が「早く!」と訴える。
だが、森谷の銃口が一に向く。
「動くな、佐藤」
森谷の冷たい声。
一は拳銃を構え、森谷を睨む。
「お前……すべて知ってたのか。俺を雇ったのも、滑川の指示か?」
森谷は笑う。
「そうだよ。君はいい駒だった。探偵として、業界の闇を探らせて、滑皮の画を完成させるための」
一の怒りが爆発し、引き金を引く。
森谷の肩に弾が当たり、彼はよろめく。
SPがに一襲いかかるが、イドが援護射撃。
滑皮はナイフを振るい、イドに迫る。
「口井藤馬……君のトラウマ、水槽の記憶はまだ生きてる?」
イドの目が一瞬揺らぐ。
滑皮のナイフがイドの腕を切り、血が飛ぶ。
<情報屋>
名前:口井 藤馬
性別:男性
年齢:30歳
身長:187cm
風貌:赤髪(短めで整えられたスタイル)。端正で整った顔立ちに、常に穏やかな微笑みを浮かべる。スーツはダークトーンで完璧に仕立てる。
職業:情報屋(元公安捜査官)
性格: 表面上は常に落ち着き払い、礼儀正しく、誰に対しても穏やかで人を食った余裕を見せる。どんな危機的状況でも笑みを崩さず、相手の心理を瞬時に読み取り、言葉で翻弄する。5年前の水槽現場のトラウマから、感情を極限まで抑え込み、仮面のような「完璧な人間性」を演じ続けている。
<内閣副総理大臣>
名前:手良 秀吉
性別:男性
年齢:44歳
身長:177cm
風貌:茶髪(短く整えられた清潔感のあるスタイル)。スーツは常に完璧、ネクタイの結び目もミリ単位で揃っている。顔立ちは整っているが、常に無表情で目が笑っていない。指先が異常に綺麗で、爪を常に磨いている癖がある。
職業:副総理大臣
性格: 極めて自己完璧主義者で、秩序と清潔を異常なまでに愛する。汚れや乱れを見ると生理的な嫌悪感を抱き、特に「若い美しいもの」が壊れたり汚されたりする様子に異常な興奮と快楽を感じる
公の場ではぶっきらぼうで冷徹な政治家を演じ、国民生活の安定を強調するが、私的には「醜いものは排除し、美しいものは永遠に保存する」ことが正義だと信じている。




