第17話 消えた社長
<22:00 町田から少し離れた住宅地>
高速を全開で飛ばし、町田の住宅街に着いたとき、佐藤一の胸に冷たい予感が走った。
赫木家の前は既にパトカーの赤色灯が点滅し、制服警官が周囲を封鎖している。
バイクを路肩に止め、ヘルメットを脱ぐ。遅かった。
一は拳を握りしめ、地面を睨んだ。
(くそっ! なんで気づけなかったんだ……)
背後から、低い声が掛かった。
「佐藤一、だな?」
振り返ると、長身の男が立っていた。セミロングの黒髪をオールバックにし、コートの襟を立てた精悍な顔立ち。八車鳴一、警視庁の刑事だった。
「イドから話は聞いてる。協力者だってな」
八車は周囲を気にしながら、一に近づく。
「ここじゃ目立つ。少し離れた公園で話そう」
二人は街灯の薄暗い公園のベンチに座った。
八車の声は低く、しかし抑えきれない怒りと悔しさが滲んでいた。
<拉致>
「被害は蒼木五虎、拉致だ」
「赫木家でお祝い会の最中だったらしい。赫木理子と両親、招待客数名――全員が気絶剤か睡眠ガスで意識を失ってる。目覚めたら、蒼木だけがいなくなってた」
一の喉が鳴る。
「……五虎さんは?」
八車は拳を握りしめ、歯を食いしばった。
「連れ去られた。争った跡はない。……くそっ、また、奴らの思うままに……」
「俺はあの水槽の悪夢を忘れられない。毎晩、あの赤い遺体が浮かぶんだ。今度こそ、絶対に止めなきゃいけなかったのに……また、遅れちまった」
彼の声に、熱い怒りと深い悔しさが混じる。目には、5年前のトラウマが色濃く映っていた。
「赫木理子と親御さんは無事で、今保護してる。でも、蒼木五虎は……時間の問題だ」
「お前が持ってる情報、全部吐け。もう、誰も失いたくない」
一は八車の手を振り払い、立ち上がった。
「俺は俺のやり方でやる」
八車が急に立ち上がり、一の腕を掴んだ。
「待てよ!一人で突っ走ったら、死ぬぞ!5年前、俺もそうだった。一人で暴れて、何も変えられなかった……一緒にやろう。頼む、一!」
一は八車の目を一瞬見たが、腕を振りほどき、全速力で走った。今は五虎を救うことが最優先だった。
公園を出ると、偶然、東金明の車が停まっていた。
東金は窓を下げ、疲れた顔で一を見た。
「こんな時間に町田って……なんかあったの?」
一は迷わず助手席に乗り込んだ。
「明、頼みがある。運転してくれ。詳しくは後で話す」
車が走り出す。
<仕込み>
一は静かに告白した。
「森谷代表のコートの裏地に、GPS仕込んでた」
「疑ってたんだ。あの男、何かおかしいって。最近の動きが不自然で……」
東金はハンドルを握ったまま、苦笑した。
「…… 一らしいよ。で、どこ行くの?」
一はスマホを取り出し、地図を表示した。
「このロッカー。駅のコインロッカーだ」
「謎の鍵とメモを盗んできた」
東金が眉を上げる。
「……盗む? なんでそんなこと」
一は窓の外の夜景を睨んだ。
車は首都高に戻り、夜の東京を疾走する。
ロッカーの前に着くと、一は鍵を差し込んだ。
中には、拳銃と弾薬。
黒い布に包まれた、冷たい金属の感触。
一はそれをジャケットの下に隠し、静かに呟いた。
「……五虎さん、待ってろ。絶対に、連れ戻す」
東金が心配そうに見つめる。
「一……本当に大丈夫? 拳銃なんて、ヤバいよ」
一は答えなかった。ただ、夜空を見上げた。
赫木理子を餌に、ストーカー男は五虎を拉致した。その先に、赤男の影が――
車は再び走り出す。行き先は、闇の奥。
<非常事態>
突然、上空で轟音が響いた。ヘリのローター音だ。
一が窓から顔を上げると、夜空にテレビ局の取材ヘリが浮かび、スポットライトで地上を照らしている。
ニュース速報の匂いがした。蒼木五虎失踪事件――もう報道陣が嗅ぎつけたらしい。
東金が眉をひそめる。
「……あれ、ちょっと低すぎない?」
次の瞬間、ヘリの機体が不自然に揺れた。ライトが乱れ、ローターの音が異様な高音に変わる。
操縦士の叫び声が、無線か何かで微かに漏れ聞こえた気がした。
ヘリは制御を失い、ぐるぐると回転しながら高度を落としていく。
近くのビルに衝突寸前――激しい爆音と火花が夜空を裂いた。
墜落。炎が立ち上り、黒煙が広がる。
一の目が鋭く細められた。
誰かがヘリのシステムをハッキングしたか、あるいは別の手段で――。
東金が青ざめ、ハンドルを強く握る。
「一……これ、ヤバいよ。僕たちも狙われるかも……」
一は拳銃の感触を確かめ、静かに答えた。
「構わない。時間がない」
車は炎の光を背に、さらなる闇へと突き進んだ。




