第14話 画を描く
<日神の計画>
一が掠れた声で問いかける。
「……それと、額縁に納められた作品が何の関係がある?」
イドは静かに答えた。
「オレの同僚――日神総一が、ずっと追いかけていたのはそれだ」
「赤男が所有する〝額縁に納められた赤男〟を横取りし、〝心臓発作銃〟の設計図と交換する――それが奴の目的だった」
一の眉がピクリと動く。
心の中で、滑川全一の穏やかな声が蘇る。
『本部長が急病でね、僕が一時的に……』
(急病? それとも……誰かが仕組んだ?)
「映画やアニメみたいなスパイ兵器が、本当に実在するのか?」
一は半信半疑のまま、声を絞り出す。
イドは小さく頷く。
「実在する。世界に5丁しか出回っていない。デザートニールが握ってる」
<拉致犯の黒幕>
一の喉が鳴る。
「……別件でひとつ聞きたい。俺が今、働いてる探偵事務所――森谷茂って男を知ってるか?」
イドは静かに一枚のファイルをテーブルに滑らせた。
「森谷茂、表は探偵事務所の代表、裏では匿名・流動型犯罪グループ〈トクリュウ〉のボスだ、公安が7年前からマークしてる。」
一の背筋が凍る。
(俺は……ずっと、奴らの目の前で踊らされていたのか?)
<2.5次元ミュージカル『華ノ戦』の真実>
話が途切れた瞬間、一は急に立ち上がった。
「待て、7年前のことも聞きたい」
声には怒りと焦りが滲む。
「華ノ戦の公演当日、場所は東京ビッグサイト、第二幕の休憩中に突然停電した。非常用電源が起動せず、会場全体が真っ暗になった。その隙に、藍が消えた」
イドは静かに頷く。
「知ってる」
一は続ける。
「防犯カメラは全部真っ暗、指紋も足跡も一切なし、普通は有り得ない。唯一残った証拠品は――」
彼はジャケットの内ポケットから、小さなビニール袋を取り出した。
赤い仮面の破片。
「これだけ、五虎社長が現場で拾った」
関崎が息を呑む。
「つまり……内部の人間が?」
一は歯を食いしばる。
「あの停電は、誰かが意図的に起こした。非常用電源を遠隔操作できるのは、施設関係者か警備員――」
イドが静かに言葉を継いだ。
「――変装した公安の人間だけだ」
部屋に、重苦しい沈黙が落ちる。
一が壁に貼られた資料を睨みながら、ゆっくりと呟く。
「じゃあ……7年前の拉致も、5年前の水槽も、昨日も、全部繋がってるってことか?」
イドは頷く。
「繋がってる。デザートニールは〝額縁に納められた赤男〟を欲していた。日神はそれを横取りして交渉材料にするつもりだった。そして……」
<赤男の正体>
彼は言葉を切り、一を見据えた。
「滑皮全一は、誰よりも近くにいた」
一の瞳が揺れる。
「……まさか」
イドは静かに立ち上がり、壁に貼られた写真の一つを指差した。
5年前の捜査本部集合写真。
中央に立つ滑川全一が、穏やかな笑顔でカメラを見ている。
「捜査本部長代理だった。すべての証拠が消えたのも、捜査本部と公安が対立したのも、手良副総理の圧力で捜査が打ち切られたのも――すべて奴が仕組んだ可能性が高い」
一の拳が震える。
「……証拠は?」
イドは首を振る。
「ない。だからこそ怖い」
「奴は完璧すぎる。まるで、最初から全部見越してたみたいに」
関崎が、小さな声で呟いた。
「私たちは……ずっと踊らされてたんだ」
一はゆっくりと壁に貼られた赤い線を眺め、静かに、しかし確実に、線を一本ずつ引き始めた。
「デザートニールが欲しいのは〝額縁に納められた赤男〟」
「日神総一が欲しいのは〝心臓発作銃〟の設計図」
「森谷茂は、拉致犯の黒幕」
「手良秀吉は、隠蔽の元凶」
「そして滑川は……」
彼は息を呑み、呟いた。
「…… 〝画〟を描いてる」
イドが静かに頷く。
「そうだ。奴は巨大なキャンバスの上に、俺たち全員を絵の具にして、一枚の〝画〟を描いている」
部屋の蛍光灯が、チカチカと瞬いた。
まるで、誰かが遠くから見ているかのように。
<狩るか、狩られるか、>
一は震える息を吐き、問うた。
「で……これからどうする?」
イドは静かに椅子から立ち上がり、窓の外の闇を見据えた。
「動く。奴が次の手を打つ前に、〝額縁に納められた赤男〟を焼き払う」
「森谷茂を炙り出す。日神総一を捕まえる。そして手良秀吉、滑皮全一を――」
彼は一瞬だけ言葉を切り、冷たく言い切った。
「正面から潰す。証拠がなくても、奴の〝画〟を完成させなければ、すべては終わる」
関崎が頷く。
「私も出来る限り協力する」
イドは一に視線を戻し、静かに告げた。
「一、お前は滑皮のすぐ横にいろ。奴はもう、次の若手俳優を〝絵の具〟に選んでいるはずだ」
一は拳を握りしめ、頷いた。
「……わかった」
部屋の空気が、静かに戦意で満たされていく。
今夜から、狩る側と狩られる側が逆転する。




