第13話 真相
<17:00 新宿の高層ビル仮住>
新宿の高層ビル32階、夕陽が血のように赤く差し込む狭いワンルーム。室内は事件資料の紙束とコーヒーの匂いだけが漂う。壁には写真とメモが無造作に貼られ、複雑に絡み合っている。
ここはイドの仮住まいだ。
ドアが控えめにノックされ、佐藤一が入る。
ソファに座っていた女性が立ち上がり、静かに会釈した。疲労の色を隠せない顔をしていた。
「初めまして、関崎雲華です」
声は低く、しかし凛とした響きがあった。
「……佐藤一です」
二人は短く握手する。
イドは窓辺に立ったまま、背を向けて夕陽を見ていた。彼はゆっくり振り返り、静かに口を開いた。
<消えない悪夢>
「昨日、やられた」
声はいつも通り落ち着いているが、どこか重い。
「東京湾のレンタルボックス。中高年の男性が皮膚をすべて剥がされた状態で発見された。オレの知人の刑事から、今連絡が入った」
「死後三日経ってる。顔は判別不能。指紋も焼かれていた。でも、剥ぎ方が……完璧すぎる。まるで外科医だ」
一の表情が硬直する。
イドは小さく頷き、ノートPCを一枚テーブルに置いた。
「手法は5年前と完全に一致してる」
一は息を吐く。
「喫茶店のマスターから聞いた、『額縁に納められた作品が出回ってる』そんなものがあるって本当か?」
イドの瞳が、初めて揺れた。
「それは、初耳だ」
声は静かだが、わずかに硬い。一瞬、彼の指が震えたのを一は見逃さなかった。
一の目が鋭くなる。
「嘘だろ。お前、元公安だろ。あの程度の情報、掴んでないはずがない」
イドはゆっくりと椅子に腰を下ろし、ノートPCの蓋を開いた。
「違う。オレは知らなかった」
彼の指がキーボードを叩く音だけが、部屋に響く。
「……5年前の話を、しよう。覚悟はいいか?」
画面に映ったのは、あの悪夢だった。
ホルマリンに浸かり、皮膚をすべて剥がされた11人の若手俳優の遺体が、整然と並べられている。
赤い筋肉が照明に照らされ、血管が透けて見える。まるで、生きているかのような、異様なまでの美しさ。
水槽の奥、薄暗い照明の下で、剥がされた皮膚が別タンクに丁寧に浮かべられていた。まるで高級シルクのように波打ち、淡いピンク色を保っている。
誰かが〝赤男〟と呼んでいた。
<絶望と僅かな希望>
一の顔から血の気が引いた。
胃がひっくり返り、壁に手をついて必死に吐き気を抑える。膝が震え、視界が歪む。喉の奥から酸っぱいものが込み上げ、床に滴り落ちた。
関崎が、小さく息を呑んだ。
「あのときの……」
イドの声が、静かに続く。
「これは公安が極秘で押収した写真だ。公式記録には一切残っていない」
「公安内部でも、見せられたのはほんの一握りだ」
一は荒い息を整え、掠れた声で聞いた。
「11人の中に、早乙女藍は?……」
関崎が口を開いた。
「いなかった」
一の目が見開かれる。
胸の奥で何かが弾けたような感覚がした。
「藍は、生きてるのか……?」
声が裏返り、自分でも信じられないほど震えていた。
関崎は無言で写真を渡す。
殴り書きされたメモ。
ヤスモトユウタロウ
ヒラオカアイロ
オオサキマサヒデ
ヤマダユタカ
キムラショウタ
ヤジマユウスケ
ホンダワタル
モリユウヤ
シカマヨシノブ
計9名。あと2人分が、空白のまま残されている。
空白の部分に、誰かが赤いペンで小さな×印を付けていた。まるで〝予約済み〟の印のように。
イドが静かに言った。
「白川拓実と早乙女藍が、ここに埋まる予定だったのかもしれない」
一の拳が震える。喉が熱くなり、声が詰まる。
「……どういう意味だ」
イドは真正面から一を見つめ、冷たく、しかし確信に満ちた声で告げた。
「赤男は1人じゃない」
「皮膚を剥ぐ〝芸術家〟――それが世間で言われる赤男だ」
「若手俳優を拉致し、運搬する〝実行犯〟――別人」
「そして、それをすべて隠蔽する〝組織〟がいる」
部屋に、重い沈黙が落ちる。
夕陽が完全に沈み、窓の外は深い闇に包まれていく。
一は壁に背を預け、掠れた声で呟いた。
「藍は、まだどこかで……生きてるかもしれないのか?」
イドは答えなかった。
ただ、静かに次のファイルを開く。
<巨悪の存在>
画面に浮かんだ文字は――
【国際犯罪組織デザートニール】
「デザートニール……異名〝恐喝屋〟」
イドの声が、氷のように冷えた。
「世界規模の闇ブローカーらしい……。政府も裏社会も容赦ない暴力でねじ伏せて、いまや何でも牛耳ってる。最近、殺し屋やデスゲームの主催者まで完全に手中に収めてるって話だ」
「噂の域を出ないが、日本政府にも内通者が複数潜んでいる。警察庁、公安、外務省……おそらく法務省にも。5年前の事件が完全に封殺されたのは、こいつらの圧力だ」
イドはため息を吐きながら、
「取引品の一つに、CIAが70年代に極秘で作った〝心臓発作銃〟の設計図がある。毒の矢を0・1秒で撃ち出す。心停止を起こして、死後数分で毒は分解……完全に痕跡が消える」




