第10話 バルトロマイ
<10:00 監察医務院センター 東京本部>
東京の朝、曇天の薄暗い光が事務室に差し込む。
蛍光灯の冷たい光が書類の山とパソコン画面を
無機質に照らす。
机には冷めたコーヒーのマグカップが置かれ、
曇天が表面に映る。
――関崎曇華、
32歳。監察医務官。長い銀髪を後ろでシンプルに
束ね、白衣の下に動きやすいシャツとパンツ。
背筋を伸ばし、鋭い目つきでキーボードを叩くが、
目は書類の向こう、過去の影を追いかけるように
遠くを見ている。
指が一瞬止まり、カップを握る手に力がこもる。
ドアが軽く開き、本部長の虎屋宏樹が入ってくる。
――虎屋宏樹、
39歳、長身で筋肉質、鋭い目元、白衣の下から
カジュアルなシャツが覗く。
片手にタブレットを持ち、軽快な足取りで近づく。
「よう、関崎。朝から真面目だな。昨日の遺体、まだ頭にこびりついてるか?」
虎屋の声は軽やかだが、探るような響きがある。
関崎は手を離し、眉をわずかにひそめる。
「仕事してるだけです、本部長」
声は落ち着いているが、
カップを握る指先に緊張が滲む。
虎屋はニヤリと笑い、隣の椅子に腰を下ろす。
タブレットをスクロールしながら、
ふと思い出したように言う。
「そういや、お前が新人だった頃、初めて検視したのがあの11人の俳優だろ? 皮膚のない遺体、ホルマリン漬けのやつ。あれは忘れられねえよな」
関崎の指がキーボードの上で凍りつく。
5年前、配属されたばかりの彼女が直面した悪夢。
今も心に冷たい爪痕を残している。
関崎は目を閉じ、あの光景を呼び起こす。
廃墟ビルの地下、巨大な水槽の中で11人の若手俳優
の遺体がホルマリンに浸かっていた。
皮膚が精密に剥がされ、赤い筋肉と血管が透けて
見える姿は、異様な美しさを放っていた。
整然と並ぶ遺体は、狂気と静けさが共存する
不気味な芸術品だった。
新人だった関崎は検視台の前で震え、
冷や汗が背中を伝った。メスを握る手が震え、
胃の中のものがこみ上げるのを抑えた。
虎屋が代わりに検視を引き受け、
彼女を静かに見守った。
「あの時は真っ青だったな」
虎屋の笑い声に、関崎は唇を噛む。
「その話、いい加減やめてください。……今はちゃんとやってます」
声に微かな苛立ちが混じるが、
トラウマの傷は隠せない。
視界に、水槽の冷たい光がよぎる。
虎屋は肩をすくめ、タブレットを置く。
「まあ、あの事件、普通じゃねえ。11人全員、若手俳優。皮膚を剥がしてホルマリン保存だぜ。イカれた野郎だ」
虎屋は椅子に背を預け、遠くを見るように目を細める。
「昨日の遺体見てたら、昔のことを思い出した。学生時代、イタリアでシスティーナ礼拝堂の『最後の審判』見たんだ。ミケランジェロの。あの絵、すげえ迫力だった。聖バルトロマイって奴、知ってるか?」
関崎は首を振る。
「名前くらいは……」
虎屋は身振りで語り出す。
「生きたまま皮を剥がれて殉教した聖人だ。絵の中じゃ、自分の剥がされた皮を手に持ってる。ゾッとするよな。赤男のやり口、なんかあれを彷彿とさせるんだ」
関崎はコーヒーを一口飲み、動揺を隠す。
カップを置く手がわずかに震える。
「本部長、なんで急にそんな話?」
虎屋は笑みを浮かべ、タブレットを手に取る。
「いや、赤男の犯行、芸術じみてるだろ? 普通の殺人ならグチャグチャに壊すのに、こいつは皮膚を丁寧に剥いで、防腐処理までしてる。自分の作品を永遠に残したいみたいだ」
関崎は目を細める。
「サイコパス……ですか。確かに、普通の動機じゃ説明がつかない」
彼女は5年前の調書を思い出す。
遺体の皮膚は外科医の精密さで剥がされ、
腐敗の兆候すらなかった。
あの異様な美しさは、人間の常識を超えていた。
虎屋はタブレットをスクロールし、眉をひそめる。
「けどよ、今回の事件、妙じゃねえか? こんな大胆な犯行なのに、テレビも新聞も静かすぎる。5年前はマスコミが騒ぎまくってたのに、今はネットの噂くらいしかねえ」
関崎は息を呑む。
5年前、事件はニュースを席巻したが、
捜査打ち切りと共に報道は沈静化した。
今、同じ空気が漂っている。
「確かに変ですけど……私たちにできること、ありますか?」
虎屋は彼女をじっと見て、声を低くする。
「こんな事件、関わるとろくなことにならねえ。経験上、な」
目に軽快さの裏に重みが宿る。
「でも、誰かが真相を追わないと、被害者は増えるだけじゃないですか?」
虎屋は一瞬目を細め、苦笑する。
「お前、ほんと真面目だな。まあ、いいけどよ。やるなら、足元すくわれないようにな。赤男の影は、俺たちの想像以上に深いぜ」
彼はタブレットを手に立ち上がり、
事務室を出ていく。関崎は一人残る。
パソコンの画面には昨日の遺体、
――良笑社「SCチーム 峰岸」の検視調書が映る。
壮年の男性、皮膚を剥がされ、
剥製のように無機質な姿。
5年前の手法は同じだが、ターゲットが異なる。
なぜ壮年? 赤男の動機は何だ?
彼女は椅子に深く座り直し、
5年前の調書ファイルを手に取る。
11人の若手俳優の顔写真が並ぶ。
(赤男……お前はなぜこんなことを?)
関崎は調書を閉じ、冷めたコーヒーを飲み干す。
窓の外、曇天の東京が広がる。
事務室の静けさの中、赤男の影が業界の闇に潜み、
次の標的を狙っている気がした。
<検視官>
名前:関崎 曇華
性別:女性
年齢:32歳
身長:172cm
風貌:長い銀髪を後ろでシンプルに束ね、凛とした雰囲気を漂わせる。白衣の下には動きやすいシャツとパンツを着用し、監察医務官としての実務的なスタイルを好む。
職業:監察医務官(東京監察医務院センター)
性格:極めて冷静沈着で、検視の現場では一切の感情を排し、細部まで妥協なく分析するプロフェッショナル。正義感と責任感が強く、被害者の尊厳を守る使命感に突き動かされる。5年前の連続失踪事件のトラウマから、内心では恐怖と無力感が渦巻くが、それを表に出さず、静かな執念で事件に向き合う。冷徹に見えるが、被害者の「声なき叫び」に耳を傾け、深い慈悲と優しさを秘めている。
名前:虎屋 宏樹
性別:男性
年齢:40歳
身長:191cm
風貌:長身で筋肉質、鋭い目元と無精ひげが特徴的なワイルドな外見。白衣の下にカジュアルなシャツとパンツを着こなす。茶髪でやや乱れたショートカット。
職業:監察医務院センター東京本部 本部長
性格:表面は気さくで軽口を叩くが、裏に鋭い洞察力と豊富な経験に基づく冷静な戦略性を隠す。事件の闇を深く知り、部下や現場を軽やかにリードしながらも、危険を察知した際は大胆かつ慎重に動く。赤男事件のような異常犯罪に対しては、芸術性や心理を分析する冷徹な視点を持ち、冗談めかして本音を隠す二面性がある。部下のトラウマを理解し、静かに支える兄貴分的な優しさも持つ。




