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ミッドナイト ディスティニー ~ 運命はかえられるの~

作者: はらはるき

 深夜、雨上がりの港。


 古びたコンテナが積まれたエリア、港の時計台の時刻は11時48分。

激しく動く数人のシルエットが、濡れたアスファルトに映し出される。  


「あと少し、あと少し」呟きながら刀を構える男、三人の男と戦っている。刀の男と対峙する三人の男たち、両手に大鎌、大鎌の付いた槍、両側に大鎌が付いた杖を持っている。みな黒いケープを纏い顔は見えず、赤く光る不気味な目だけが見える。


 刀の男はかなり強いが、やはり三対一の戦いで徐々に苦戦し始める。

 よく見ると男の少し後ろには、制服の少女が倒れ込んでいる。 

 その周りを囲むドーム状の光、光の結界が少女を守っている。


 どうやら刀の男は、この少女を守るために戦っているようだ。


 三人の男たちは男の刀をかわし少女に攻撃を仕掛けるが、強力な結界が攻撃を阻む。しかし、男がダメージを受ける度に結界が徐々に消滅していく。 


 そして少女が目を覚ます、まだ意識が朦朧として記憶が飛んでいる少女、

男たちの戦いを見て悲鳴をあげる。刀の男が悲鳴に気づき、結界が消えて無防備となった少女に駆け寄り「大丈夫か?」と声を掛ける。


 少女は怯えながらも頷く、男の優しい瞳を見て少女の記憶が蘇る。



(少女の記憶)



 私立女子高校の体育館、歓声が鳴り響く。


『クラス対抗バスケットボール大会』の横断幕が見える。

 選手の集団の中から抜け出す少女、バレーダンサーの様な華麗なジャンプ、ボールはゴールネットを揺らす。再び歓声が上がる。ホイッスル、試合終了、コート中央に集まる選手たち互いに礼、それぞれの応援席へ走る。 


 そんな中みんなに頭を撫で回されているゴールを決めた少女、島村美月(16歳)笑顔が眩しいクラスの人気者。


「美月、バスケ部入りなよ、何でこんなに上手いのにバスケやんないの?」


「私、バイトあるから部活出来ないんだぁ」


「えーバイト!?」


「しょうがないよ、美月こう見えて色々と大変なんだから」


 幼なじみの宏美が割って入る。


「いいよ宏美!」


「お母さん病気でお父さんいないから、美月が全部……」


「お先!!」


 宏美の話を遮り、不機嫌そうに更衣室へ走り出す。


「宏美のせえだぞ!」「美月行っちゃったじゃん!」「もー!」


 一同、宏美を睨む。


 体育館の二階から走り去る美月を見つめる黒い影。



 小さな店がアーケード下に並ぶ駅前商店街、夕飯時の賑わい。

人混みを縫いながら駅へ急ぐバイト帰りの美月。


 路地から出てきたパーカーをかぶった男にぶつかり「ごめんなさい!」と顔も見ずにおじぎをし、信号機が点滅し始めた横断歩道へ急ぐ。


 横断歩道を渡り始めた美月「行くな!」と誰かの声が聞こえた気がして、横断歩道の中ほどで立ち止まり、スローモーションの様に振り返る。


 先ほどのパーカー男の顔が見える、優しい瞳。

 その瞬間、美月をかすめ猛スピードで走り抜ける車。

 美月の長い黒髪が風になびく。


 歩道脇の電柱にぶつかり止まる車、クラッシュ音とクラクションのけたたましい音、時が動き出す、街のノイズ。我に返る美月、横断歩道の中ほどで膝から崩れ落ちしゃがみ込んでいる。 


 気がつくとパーカー男が、美月の左腕を掴み立っている。ゆっくりと掴まれた腕に沿って顔を上げる美月、再び男と目が合う。ハッキリとした顔立ちの大学生風のイケメン。パーカー男、美月を引き起こす。


 少し照れながら、


「あ、ありがとうございます」


 パーカー男は美月の言葉も聞かず「行くぞ!」と美月の腕を掴んだまま駅と逆方向へ走り出す。


「ええっ!?」と美月引かれるままに走るが、電柱にぶつかった車を見ながら、「事故、私のせい!?」と止まろうとするが、男は構わず更に強く腕を引き走り出す。その力に美月も走り出すが、通りから少し離れた路地に入ったところで落ち着きを取り戻し、パーカー男の腕を引き払い止まる。


「何ですかいきなり、説明して下さい! どうして私が逃げるんですか? しかもあなたと?」


 走ったせいで息も乱れ、少し興奮気味にパーカー男に迫る。


「今は説明できない、とにかく安全な場所へ!」


 男の真剣な眼差しに押されて再び走り出す美月。


 港の古びた赤レンガ倉庫。

 倉庫一階の積み荷の影にしゃがみ込んでいる二人。


「落ち着いて聞いてくれ、キミはさっきのあの事故で死ぬ運命だったんだ」


「えっ、死ぬ運命!……うそよ、あなたになぜそんなことがわかるの? あなた神様じゃないでしょ!」


「ああ、オレは神様ではない、でも……死神の使いさ」


「死神!?」


『死神』の言葉に反応し後ずさる。


「死神……あなた私を殺しに来たの?」


「違う、オレはキミを助けたろ、オレは死神の使いで、死者の魂があの世に行く道を迷わないように連れていく『導き』と呼ばれる黒天使なんだ」


「くろ……天使!? もーまじめに話して、死神とか黒天使とか、私帰ります、お母さん心配するから」


 立ち上がり行こうとする美月の腕を掴むパーカー男。


「放して、私に触らないで!」


 腕を振り払い出口に向かい走り出す、しかし、既に少し離れた倉庫の出口で待っているパーカー男。


「双子!」


 驚き向きを変え走り出そうとするが、目の前に立っているパーカー男にぶつかり弾き飛ばされ、しりもちをついてしまう。


「痛―っ、三つ子!?」


「あっ、ごめん」と手を差し出すが、美月はパーカー男の手を振り払い立ち上がり制服のホコリをはらいながら「デカ男!」と呟く。


「そう怒るなよ、キミが急に逃げ出すからいけないんだぞ!」


「天使って、先回りしたぐらいじゃ信じない! じゃ本物の天使なら飛んで見せてよ!」


 パーカー男が少し困った表情をする。


「ほらね、ウソなんでしょ」


 鞄を拾い顔を上げると、パーカー男の体は天井近くまで浮いている。


「えっ!?」


 驚き拾った鞄を落とす、パーカー男は美月の前に降り立ち。


「信じた!?」


 美月、驚きながらも冷静を装い。


「な、なんかで吊り上げたんでしょう、そんなんじゃ信じないから! あっ、私、お母さん待ってるから……」


 再び行こうとすると、突然、母親の映像が美月正面の空間に浮かび上がる。自宅のベッドに腰かけて座っている母親、奥の台所ではヘルパーさんが食事の準備を始めている。


「ウソ、何これ? えっ、何でヘルパーさんがいるの? 今日、何曜日?」


「ボクが電話しておいた、(美月の声)『島村です、今日学校の都合で遅くなるので、ヘルパーさんお願いします』ってね」


「キモ!」


「キモって!」


「あっ、ごめん、ありがとう! とりあえずお母さん大丈夫そうだし、良かった」


 少し安心して、本来の美月に戻る。


「あなた本当に天使なの?  あっ、そうだ、さっき飛んだけど羽あるの?」


 子供の様な好奇心でパーカー男の背中を覗き込む。


「羽なんか無いよ、あれは人間が描いた想像でしょ」


 その言葉を信じずパーカー男の背中を探る美月。


「何してるの、やめろよ」


 それでも美月は、嫌がるパーカー男のパーカーをめくり上げる。


「やめろって! これオレの体じゃないし、羽なんか無いよ! 人間の体、人間の!」


「えーっ!? オレのからだじゃないって……何それ!?」


「ひっ!」パーカー男が突然しゃっくり、頭と肩を同時に引き寄せる仕草を数回繰り返す。


「何それ?」


「言ったろ、この人間に憑依したばかりで、まだ少し窮屈なんだ」


「憑依、窮屈……自分のからだじゃないって……!?」


 パーカー男をじっと見つめるが、再び同じ動作を繰り返すパーカー男の動きに合わせ「なんだ、バカヤロウ! なんだ、バカヤロウ!」と繰り返す。


「何それ?」


「何でもないの!」


「何でもなくないでしょう! 天使をバカにして」


「はははっ、ごめんね、大丈夫」


「ああ大丈夫、でもオレたちは長時間人間の体の中には居られないんだ、長時間同じ人間の体の中にいると、人間の魂に取り込まれて消滅してしまうんだ、人間の魂ってそれだけ強い力を持っているんだ」


「良く分からいけど天使も大変ね、で、天使くん名前は何て言うの?」


「オレたちには、個別の名前はないんだ」


「じゃあ名前付けよう、イケメンだし『蓮』にしょう、『蓮』がいいよ!」


「レ・ン?」


 なぜか美月の推しの名前に決められる。


「ところで蓮、なぜ私を助けたの?」


「わからない、何故キミを助けようと声を出したのか? 声を出したのが オレの魂なのか、この体の魂なのかも? でもキミを見た瞬間に運命を感じたんだと思う……あっ、こいつが!」


 自分の体を見回す。


「私、二人に同時に一目ぼれされたのね、モテる女はつらいなー」


 冗談ぽく微笑む。


「違う、違う、こいつ、こいつ!」


 自分の顔を指でさすが顔は真っ赤。


 ガタンと入口付近で物音がする、漣の表情が険しくなる。


「とりあえず、ここを出よう!」


 美月の腕を掴み裏口の方へ急ぐ。


「オレがキミの運命を変えてしまったので、死神が元に戻そうと動き出すんだ!」


「もとに戻すって、私が死ぬってことでしょ!」


 蓮、小さく頷く。


「いや、絶対にいや。私お母さんいるから、今は死んじゃだめなの!」


 涙ぐむ、美月。


「今夜の0時を過ぎればキミの運命は変わり、死神の手から逃れることが出来る、何とかそれまで逃げ通すんだ!」


「うん」


 裏口へ走る二人、しかし裏口にはすでに黒い人影が、慌てて戻るが入口から来る人影に挟まれるが、二階へ上がる階段を見つけ駆け上る。


 二人を追って階段を駆け上がる二つの黒い影。

 倉庫二階、月明りが窓から差し込む。


 美月の手を取り奥へ逃げる蓮の前に、天井のガラス窓を破り黒い影が立ちはだかる。驚く二人、月明かりに照らされたその姿はまさに死神、黒いケープを纏い両手には大鎌を構えている。


「死神の使い!」と連が叫ぶ、その不気味な姿に凍りつく美月。


 蓮は美月の手を引き慌てて戻るが、下から追って来た二人も迫ってくる。


 蓮は決意の表情で近くの窓を見て美月に「オレを信じて!」と呟くと、

美月を抱きかかえ二階倉庫の窓を突き破り飛び出す。

 すかさず死神の使いが大鎌を投げる、大鎌は漣の背中をかすめブーメランの様に戻る。


「うっ!」と漣ダメージを受け落下、美月を守るように抱き抱えたまま積み上げられたコンテナに接触し地面へ叩きつけられる。


「うっ……美月大丈夫か?」


 蓮は体を反転させ抱えていた美月を地面に下ろし立ち上がる。美月は落ちた衝撃で意識が遠くなり、連の優しい瞳がかすんでゆく。


 蓮たちを追って次々と地面に着地する死神の使いたち。

 漣が美月に向かって手をかざすとドーム状の光の結界が美月の体を包む。


 漣は首の銀のネックレスを右手で引きちぎり天にかざすと、光に包まれて日本刀のような刀に変形する。素早く刀を抜き身構える漣、慌てて距離を取り下がる死神の使いたち。


「守る!」刀を振りかざし男たちに向かって行く漣。



(現在につながり)


 

 男の瞳を見て飛んでいた記憶が戻った美月は、遠ざかる男の背中に、


「漣!」と叫ぶ。


 漣は死神の使いを次々と倒して行く。

 そして最後の死神の使いを倒し、再び美月に駆け寄る。


「死神の使いはすべて倒した、あと数分、もう大丈夫だ!」


 小さく頷く美月、そのとき稲妻と共に天空から高く積み上げられたコンテナの上に舞い降りる人影、『死神デスクイーン』の登場。


 その姿は長い黒髪に鋭い眼差し、大きく裂けた赤い唇、漆黒のマントを 纏い、死神と言うより魔女を思わせ、その不気味な姿を稲光が照らし出す。


「デスクイーン!……さま」


 驚く漣、美月を守り身構える。


 コンテナの上からデスクイーンが穏やかに話し始める。


「お前は人間界で何をしているんだ、我々に人の運命を変える権限はない、その娘の魂をこちらに渡しなさい」


「断る、彼女の魂を渡すことは出来ない!」


「この私に逆らう気か、己の使命を忘れたか? 人間などにうつつを抜かしおって!」


 言葉を返せない漣。


「死を持って償え!」


 デスクイーン腰のサーベルを抜き、コンテナの上から宙を舞い漣に襲い掛かる。

 再び美月に結界を張りデスクイーンに挑む漣、しかし圧倒的にデスクイーンは強い、三人の死神の使いとは比べ物にならないくらい強い。


 あっという間に蓮は劣勢に追い込まれ、見る見るうちに漣の体がボロボロに、しかし、捨て身の攻撃で最後までデスクイーンを美月に近づかせない。


 そして、時計台の鐘が運命の0時を告げる、美月の運命は変わった。


 デスクイーンは攻撃をやめコンテナの上に舞い戻りサーベルを納める。

 ほっとして地面に倒れこむ蓮。

 しかし、デスクイーンの攻撃を受け命もあとわずか。


 美月は漣を抱き起して、


「死なないで、死んじゃいやー、お願い……」


「ありがとう……楽しかったよ、少しの間、大好きな人間でいられて……」


 と言いながらも「ひっ!」としゃっくりで頭と肩がピクリと動く。


「……あれ、言わないの?」


「えっ?! な……なんだ……バカヤロウ」


 美月、涙で声にならないが、必死に言葉にする。


 漣、ニコリと微笑む。


「お前は許されないことをした、我々に人間の運命を変える権限はない。しかしお前は命を賭けてその娘を守り通した、これで娘の運命は変わった、安心しろ……レ・ン!」


 その言葉を聞いて安心した漣、美月の腕の中で眠るように息絶える。


「わー!」


 漣の胸に顔をうずめる美月。


「人の運命は生まれた時にすでに決まっている、しかし、人は運命を変える力を持っている、自らの運命、そして、他人の運命さえも変えることが出来る、……それは人間の中にある『希望の力』だ!」


「うるさい! 蓮を返せ!!」


 地面に落ちている漣の刀を拾い、コンテナに立つデスクイーンに向ける。


「ほう、それでレンの仇を討つか! 小娘。」


「……」


 力なく刀を下ろす美月。


「さっきの威勢はどうした!?」


「……お願い、お母さんのところへ使いを送り込まないで、私のお母さんを連れて行かないで!」


「残念だが、私にお前の母親の運命を変えることはできない!」


 と言い残し、右手を差し出すと漣の体が宙に浮き始める。

 すると不思議なことに漣の体の傷はすべて消えてしまい、デスクイーンとともに光に包まれ消える。


 美月の持っていた刀は、漣の銀のネックレスに戻っている。

 ゆっくりと立ち上がり、光の消えたあたりを暫く眺めたまま立ちすくむ。

 

 月明かりが、美月を静かに照らし出す。



(数ヶ月後)


 小春日和、小高い丘の上の墓苑、小鳥のさえずりが聞こえる。

 お墓の前に立つ美月、手を合わせて目を閉じている、線香の煙。

 隣には元気そうに見える母親の姿、同じく手を合わせて目を閉じている。


「まさかこうしてあなたと二人で、お父さんのお墓参りが出来るとは思ってなかったわ」


 嬉しそうに微笑みながら母親、


「良かった、お母さんが元気になってくれて!」


 微笑み返す。


「美月のおかげよ、元気になれたのも」


「えっ、わたしの!?」


「そうよ、あなたが私の生きる希望なんだから」


 微笑みながら帰り支度を始める母親。


「わたしが生きる希望……『希望の力』が運命を変える!?」


 美月の頭の中にデスクイーンの言葉が蘇る。


「さあ、行きましょうか、お父さんまた来ますね」


「あっ、はい! お父さんまたね」


 二人歩き始める。


 墓苑の帰り道、ゆるやかな坂を下る美月と母親。

 木漏れ日、春風が美月の長い黒髪を揺らす。

 少し前を歩く青年、携帯を見ながら道に迷った様子。


 美月が声を掛ける「どこに行くんですか?」


「えっ!?」と振り向く青年。


 振り返ったその青年の顔を見て驚く美月「あっ!」


 その顔は、蓮にそっくり。


「えっ!」


「いえ、あっ、はい!」


 青年は美月のリアクションに戸惑いながらも携帯の画面を見せて、


「ここへ行きたいんですが、わかりますか?」


「えっ、……あ、ああすぐそこですよ、一緒に歩きますか?」


「あっ、ありがとうございます。……あのーどこかでお会いしましたか?」


 と言いながら、右肩と頭を同時に動かす、あの仕草を繰り返す。


 美月、それを見て「クスッ」と笑い。


「なんだ、バカヤロウ!」


 青年の仕草に合わせて美月が叫ぶ。


「えっ、何!?」


「何でもない!」


「何でも無いことないでしょう!」


「いいの」


「良くないでしょ! 何、えっ、……あっ、たけしさん!?」


「ははははっ、これ返すね」


 首のネックレスを外し青年に差し出す。


「あれ、失くしたオレのネックレス! どうしてキミが、えっ、なんで!?」


 受け取った右手の甲にある星型のアザを見て母親が、


「あれ、ケンくん!?」


「えっ!? ……ええ、健二ですけど?」


「やっぱり! 美月、ほら近所に住んでたお兄ちゃん、ケンくん覚えてるでしょ!」


「え、お兄ちゃん!?」


「えっ、ミズキって、美月!? こんなにキレイになったの!」


「えっ……あっ!」


 言葉のでない美月。


「ケンくんこそ、イケメンになったねー!」


「えっ、いえ、でもどうしてボクってわかったんですか?」


「あなたの手の甲に星型のアザがあったから、もしかしたらって思ってね」


「えっ!」と自分の手の甲を見る。


「美月、あなたが3歳の時に横断歩道を赤信号で渡ろうとして、ケンくんが抱きかかえて止めてくれたの、その時、右手が走って来たトラックに触れてケンくんケガしちゃったの、その時出来たケガの痕なのよ」


「えーっ!」


「あなた横断歩道の真ん中にしゃがみこんで大泣きしてたけど、ケンくんはケガも気にせずあなたの手を握ったままじっと立っていたのよ、あなたを守るようにね」


「いや、実はボクも良く覚えていないんです、あの日のことは」


「私がケンくんのお母さんと、横断歩道の前で立ち話に夢中になったのがいけなかったの……」


「でも、こうして再会が出来たのもこのアザのおかげだから、良かったのかも、こういうの運命って言うのかな?」


「運命か、……二度も命を救われたのね、わたし……」


 美月の忘れていた幼い頃の記憶が蘇る。横断歩道の上でしゃがみ込む幼い自分と手をつなぐ健二、そして、横断歩道で自分の腕を掴む蓮の姿がダブって見え涙があふれ出す。


「あの後、私たちお父さんの事とか色々あってね、急に引っ越す事になって、ケンくんの家にもちゃんと挨拶できないまま引っ越しちゃったの、ごめんなさいね」


「いえ、母から少し聞きました、美月が急にいなくなったんで……えっ! 美月、泣いてるの!?」


「えっ! ううん、花粉症かな?」


「そう言えばケンくん、美月のことよく『鼻水月』って呼んでたわね!」


「ハ・ナ・ミ・ズ・キ! ひどーい、乙女に向かって失礼ね!」


「むかし、昔のはなし! あ、でも今鼻水出てるし!」


「バカ―!」


 逃げるように走る健二を追いかける美月。

 すっかり幼い頃に戻った二人は坂道を駆け下りて行く、まだもめている。

 少し遅れて歩いている母親、二人を見て微笑んでいる。


 

 やさしい春の日差しが降りそそぐ。



 

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― 新着の感想 ―
短編でありながらも恋愛、家族愛、そして感動の再会…と、ドラマティックな展開が凝縮されている作品で大変読み応えがありました。 文体も読み易く、読んでいるこちら側を飽きさせないストーリー作りが成されており…
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