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クローンベル王国 王都・ロンヴェル
クローンベル王国の首都・ロンヴェルは同国東部内陸部に位置する人口30万人ほどの都市だ。同国では最大の人口を抱え政治・経済の中心として古くから栄えてきた。
クローンベル王国は一応現在でも独立を保っている。
もっとも、周辺の2国と同じく中華人民共和国の監視の目があり、同国の実質的な保護国となっていたが。国内の主要都市には武装警察や人民解放軍が駐屯し睨みをきかせていた。
市内中心部にある荘厳な雰囲気を醸し出す大きい王城がある。
その一角の会議室では、国王を筆頭にした国の重鎮たちが今後の国の方針を話し合うための御前会議を開いていた。国の状況もあってか出席者たちの顔色は総じて悪い。辛うじて国家の体制は整えているものの、現実は北中国の保護国となっており、国内には多くの人民解放軍の兵士たちが睨みをきかせているのだから顔色が悪くなるのは仕方がないことだろう。
「これは内密にしていただきたいのですが、シレンジャ連邦の諜報員が潜入しているようです。おそらく、我々への監視の目はより強まるでしょう」
「迂闊に接触することはできんな…」
情報局長の報告に国王は神妙な面持ちで返す。
異世界の国に比べたら同じ世界にあり、交流も深いシレンジャ連邦のほうが信用できる。だからといって、表立って敵対行動をとれば北中国は確実に今の政権を潰しにかかるだろう。彼らは首の皮一枚繋がっているだけだ。
当初、強硬論を言っていた者たちはすでにいない。
いつの間にか姿を消した。おそらくは何者かに処分されたのだろう。それ以後、表立って北中国に文句をいう者はなくなった。みんな自分の命は惜しいのだ。
「シレンジャは中国に対抗出来るのでしょうか…」
「シレンジャの軍事力はどれくらいだ?」
「確か総兵力は30万人ほどだったかと」
「ダストリアを解放するには足りんか」
「そこは我々が立ち上がればあるいは…」
「問題は武器もなければ燃料もないことだがな…」
クローンベルは資源国家ではない。資源の大半を他国からの輸入で頼っている。それは、当然ながら今も変わっていない。おもな輸入先はオーレトアそしてシレンジャ。しかし、オーレトアは主要な鉱山や油田がある東部を北中国に奪われ、現状頼れるのはシレンジャやルクトールなどに限られている。ここで、武装蜂起したところで北中国に殲滅されるのが関の山だ。
「現時点で我々は政府としては動けない。だが、民衆が動くのならば黙認するしかない。例え王政が崩壊したとしてもな…」
それで国の独立が守れるならば自分たちの命を差し出しても構わない、そう呟いた国王はすでに覚悟を決めていた。
クローンベル王国 ベッサリア
ベッサリアに潜入したシレンジャ連邦特殊部隊の兵士たちは追われていた。
「くそ!まさかこんなにはやくバレるなんてな」
「怪しい行動なんかしていなかったんだがな」
彼らの宿泊していたホテルに深夜、武装警察隊が押し入ってきたのだ。
間一髪のところで異変に気づいた二人はそのまま逃走することに成功するが、ほとんど丸腰状態のまま逃げる羽目になっている。それでも悲壮感はまだ感じていない。
なぜ、彼らが怪しまれたのか。これはただの偶然である。
ベッサリア市街地には各所に北中国によって監視カメラが設置されているのだが、この監視カメラに写った彼らの動きを北中国公安当局が違和感を持ち調査。スパイの可能性が高いとして武装警察が拘束に向かったのだが、逃亡したことによってスパイの可能性が非常に高いと判断した公安当局が全力をあげて彼らを拘束するために動き出した――これが、今の状況だ。
「ここの警察は中々優秀なようだな!」
「言っている場合か!」
さすがに時間が経つと彼らの口数も少なくなり、余裕もなくなる。
サイボーグでもないので彼らの体力は有限だ。特殊部隊に所属しているため人並み以上の体力をもっていても、20分もほぼ全力で走っているとその体力も残りわずかとなった。
そして、彼らはそのまま袋小路へと入っていく。
「くそ!」
『手を上げろ!』
「なんて言っているかわからねぇよ!」
中国語で手を上げろ、といいながら銃口を向けてくる武装警察に悪態をつくが当然彼らの言葉も武装警察には一切通じていない。ただ、悪態を吐かれたというのは彼らの表情を見ればわかる。
彼らはなんとかその場を切り抜けようと思ったが、そもそも武器を持っていない状況でなにをしても無駄である。結局、彼らは大人しく手を上げて武装警察隊に拘束。厳しい尋問を受けることになり、やがて他国のスパイとして収容所へ収監されることになる。
彼ら以外にもシレンジャ連邦から潜入していた者たち10名ほどが武装警察によって逮捕され、ダストリア大陸で始まろうとしていた動きを北中国側も知ることになる。
ダストリア大陸南方 1600km沖
ダストリア大陸から1600kmほど南方の海域の水深200mのところにシレンジャ連邦海軍第1潜水戦隊に所属する潜水艦「P116」が潜航していた。燃料電池によるAIP推進を採用した通常動力型潜水艦で水中排水量は1,800トンとそこまで大型艦ではない。
最大で10日間。潜水航行が可能であり「P116」は二日前から偵察任務のために潜航していた。
「地上の連中は上手くやってますかね」
「相手は侵略者だ。レジスタンスとはすぐに接触出来るとは思うが…そもそも敵の情報が一切ないからな」
司令塔では副長が艦長に不安げに尋ねていた。
ダストリアやシレンジャがあった地域はアークの中でも特に大きな対立が起きていない平穏な地域だった。一応、国防のために各国共に軍備は整えていたが彼らにとっても今回の出動は初めてのことだ。だからこそ、いつ敵が攻めてくるか――という不安が常に付きまとう。
特に、深海に潜む狭い潜水艦の中で長期間の作戦は経験豊富な潜水艦乗りでも初めてのことだ。すでにこの極限状態で精神に不調をきたす乗員も出ているという報告も艦長のところには来ていた。
(極限状態には慣れていないからな…)
一応訓練はするが今回は「本物」である。
極限状態を想定した訓練と本当の極限状態では心の捉え方も違う。これで精神崩壊なんてしたら目も当てられない、と艦長は密かにため息を吐く。
(なにせ、ここはもう敵の領域だからなぁ…)
近くに敵のフリゲート艦がいるという報告が艦長に届いたのはそのすぐ後のことだった。
中国人民解放軍 南海艦隊
054A型フリゲート「運城」
054A型フリゲート艦「運城」は南海艦隊に所属している。
現在は、クローンベル王国のベッサリアを母港にしており、主にクローンベル王国南方の海域の哨戒活動などに従事していた。運城は054A型の5番艦にあたり、南海艦隊が新設される前は北海艦隊に所属していた。
『艦長。CICです。哨戒機が不審な潜水艦を発見したとのことです』
「わかった。すぐにそちらへ向かう」
艦橋にいた艦長の少佐はCICから不審な潜水艦を発見したという報告を受け対応するためにCICへ向かう。それまでソ連などを模倣していた人民解放海軍の艦艇であるが近年は西側へ潜入させていた工業スパイなどから得られた西側の技術をベースにした艦艇を建造している。
054A型もそうであり、装備などは西側のものをベースにしていた。
CICもそうであり最も被害が出ないところに設置されていた。
「それで状況は?」
「哨戒機からの報告によると潜水艦は本艦の南60km地点にいて、北西方向に約5ノットほどの速度で潜航しています」
「ふむ…」
艦長は暫く考え込む。このあたりに地球の国はいない。
日本やイギリスなどの船団護衛を行っている軍艦はダストリアとユーラシアの間のほぼ中間付近を航行しているので、日本やイギリスの可能性は低いしわざわざこのあたりまで潜水艦を進める利点もない。
「南の大陸から来たのかもしれんな。音紋は?」
「これまで聞いたことがないものです」
「ならば確定だな。こちらの偵察というわけか…」
「いかがなさいましょうか?」
「とりあえず様子を見る。一応、ここは公海ではあるからな」
国際法などこの世界でほぼあってないようなものだが、とはいわずに様子を見ることを指示する艦長。その時、後ろにいる政治将校に確認をとるのも忘れない。政治将校も異論はないらしく頷いていたので問題はないと判断して指示している。ソ連にせよ北中国にせよ政治将校は基本的にいるのでいくら指揮官や艦長といっても独断で指示を出すことは出来ない。なにせ、彼からに目をつけられればどんなことでも「違反」となり厳罰を受けるのだ。
政治将校が野心家だった場合は、成果ほしさに余計なことを言うものだがこの艦に配属された女性の政治将校は20代後半程度の若い女性で階級は中尉。艦長はそれほど会話はしていないが少なくとも理不尽なことを言ってくる野心家というわけではない。かといって、優しいわけでもない。常に冷静沈着に党にとって最適なことを考えて判断している――そのようなイメージを艦長は彼女に抱いていた。
今回も「沈めろ」などということを言うことはなく、様子を見るという艦長の言葉に口を挟むこともしなかった。軍事的に素人が多い政治将校としてはずいぶんとおとなしいタイプだろう。
「――ベッサリア司令部に今回の件を報告。ついでに増援も要請だ」
「はっ!」
応援がやってくれば少しは潜水艦に対しての圧になるだろう。
艦長はそう考えて艦長席に深く腰掛けた。
その後、シレンジャ連邦の潜水艦は1日ほど付近の海域をうろついた後、針路を南に変えて母国へ戻っていった。




