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『全国各地で発生している爆破事件は現在も全容はまだ解明されていません。警察庁は何らかの組織によるテロ事件であると断定し捜査を進めていますが、現在もその手がかりは得られていないようです。下岡総理大臣は記者陣の質問に対して『過激な政治思想を持った一派による犯行の可能性が高い』と発言しており、警察関係者からは『一部の右翼団体の犯行が濃厚ではないか』という意見も出ていますが、警察から正式な見解は未だに出ていません』
『繰り返される爆破事件に市民からは戸惑いの声が――』
『これは政府の自作自演です。社会党や進歩党は与党に対してかなり厳しいことを言っていましたから。政府が軍を使ってやったのでは?』
『そんなことが国ぐるみでやるわけないでしょう!なにより政府にそんなことをするメリットがない!』
『メリットならある!野党を機能不全にすれば不祥事を追及されなくてすむ!』
『それは貴方の勝手な妄想だ!』
テレビの画面では取っ組み合いを始める二人のコメンテーターが映る。
司会進行のアナウンサーは慌てたように場を収めようとするが興奮した両者は止まらず、結局そのままCMへと入った。
8月中旬に各地で発生した政党支部などを狙った爆破事件。
その容疑者の特定は表には出ていないが着実に進んでいた。警察庁は右翼的な政治団他が事件に関わっていると判断していたし、公安は実際にその関連先の捜査を進めていた。しかし、確証がないことから確かな証拠を得るために慎重に捜査を行っていた。
警察が疑いを持っている組織の名前は「皇民党」
右翼結社「皇国の解放者」が隠れ蓑に用いている政治団体であった。
正暦2025年 8月26日
日本皇国 東京市千代田区
警察庁 公安部
全国の公安警察のトップに立つのが警察庁公安部である。
元々は警備部の一部門であったが、1956年に警備部から独立し公安部となった。現実世界の公安調査庁などを取り込んだ公安警察であり、捜査官の素性を含めて多くの情報が秘匿扱いされており一般ではあまり名前が知られていない部門でもある。
「今回の件は『皇民党』の関連組織が関与していた可能性が高い」
「あの右翼政党の関連団体ですか…」
公安部長の言葉に集まった幹部たちはすぐに「ありえる」と感じた。
皇民党は国家主義政党であり、その政治主張は右に偏っている。極右にせよ極左にせよ「極端」なものは総じて国家を破綻させる――それが公安警察の根本である。彼らの理念は国家を安定させること。そのためにはあらゆる犠牲も厭わないし、同じ身内でも解決のためならば徹底的に使い潰す。
その手段が現場の警察から嫌われる原因であるが、そもそも彼らが見ているのは国家全体を守ることだ。そのためならば局地的な被害は目をつむる。
「問題は一切の証拠がないことだがな…『皇民党』周辺の監視を強化するしかないな。警視庁はじめ『皇民党』支部がある各府県の公安部に通達しろ。奴らの動きを徹底的にさぐれ」
公安部長の一声によって、各府県及び州警察の公安部が一斉に動き出しいた。
8月27日
日本皇国 東京市新宿区
皇民党の本部は新宿区は四谷にある。
本部ビルはごく一般的な雑居ビルに入居しており事務所の窓には大きく「皇民党」と書かれてる。警視庁公安部の捜査官は警察庁公安部の指示を受けて皇民党本部での情報収集を行っていた。
「まだ、所轄の連中は気づいていないようだな」
「そのうち情報を寄越せと言い出すさ」
「奴らが動いたら、向こうに感づかれるからなぁ…」
現場から嫌われている公安だが、公安も公安で現場主義で喚く現場や一部部署のことをよく思っていない。やはり両者が歩み寄るのは難しいのだろう。なにせ、物事の見方が違うのだから。
「例の皇民党には公安関係者もいるらしいという話だが…」
「元だ。まあ、色々と後ろめたいことを起こした連中が合流している――なんて話もあるが、確証はない。確証がないかぎりは動きようがないな」
「だが、仮に元公安が紛れているならば慎重に行動すべきだな。ちょっとしいた違和感でこちらが探っているのがバレるのはまずい」
「…そうだな」
捜査官はそこで会話をやめ、皇民党関係者に気づかれないように車を走らせた。
東京市 港区
アメリカ大使館
「政党支部を狙ったテロ事件か。日本も物騒になったものだな」
皮肉げな笑みを浮かべて言うのは日本に駐在しているCIA工作部隊の指揮官。いくら同盟国といっても、アメリカにとって日本は現在でも脅威でありそのためにCIAの工作員を多く潜伏させている。その存在は日本側も知っているが一応は同盟国なので国家機密を探ってこない限りは放置している。
「それで、犯人は?」
「狙われた場所がリベラルや急進左派政党の事務所なので、極右団体の仕業じゃないかと日本側は見ているようですね」
「まあ、妥当な線ではあるな。だが、この国はわざわざ爆破するほどリベラルが強いわけじゃないだろう」
「自分たちの存在をアピールするためでは?」
テロリストの考えなんてわかりませんが、と付け加える部下。
それもそうか、と指揮官は頷きながら引き続きの情報収集を指示する。
彼とすれば、日本が傾くほどの混乱は望んではいないものの、ある程度の「弱み」が出てきたらいい、と思っていた。
彼らが最優先なのはアメリカの国益になることだ。
いくら、同盟国といっても所詮は外国。しかも、自国に十分匹敵する海軍力と空軍力を持った大国だし、過去には実際にアメリカが仕掛ける形ではあるが戦争だって起きている。今でも、日本脅威論はアメリカの保守派を中心に根強くあるのだ。これで、少しは日本が混乱してくれれば色々と付け入るスキが出来る。
なにより最近、この国はアトラスなどという異世界の国との関係強化を進めているのもアメリカとしては気に食わないし、最近ではイギリスはもとよりフィリピンや中華連邦といったアメリカと関係の深い国までアトラスとの関係を強化していた。
(日本・イギリス・アトラスがくっついたら厄介だ…幸い、アトラスは他国との戦争でそれどころではないようだが。日本でも混乱が起きるならば我々も中米に集中することが出来る…)
ともかく、アメリカ政府は今回の件に関しては静観予定だった。
アーク歴4020年 8月27日
クローンベル王国 南部
ダストリア大陸の南西部に位置するのがクローンベル王国。
人口約500万人で農業や畜産業などを主要産業であり、ダストリアの食料生産を一手に担っているため、人口500万人ほどの小国ながら大陸内でも高い発言力を有している。
しかし、ダストリアに軍事侵攻した中華人民共和国に宣戦布告したことからその状況は一変している。北中国とはすでに停戦条約を結んでいるが国内には人民解放軍や武装警察の部隊が入り込み市民生活を監視しているなど、さながら占領軍のようだが停戦条約によって王国政府は王国内の人民解放軍駐屯を認めてしまい、更にある程度の警察権まで保証することになっているため実態的に占領軍とほぼ変わらないだろう。
王国南部にある港湾都市・ベッサリアは同国最大の港を持つ貿易の拠点だ。北中国の監視下にある状況でも経済活動は特に制限がかけられていないため主に近隣にある旧アーク諸国との間での貿易は今でも続けられていた。
この日、ベッサリア港にはダストリア大陸から南に4000kmほどのところに位置しているシレンジャ連邦からの貨物船が入港していた。シレンジャ連邦はダストリア大陸にある国々とも友好関係にある国で、軍事侵攻を受けた後もこうして貿易を引き続き行っている数少ない国の一つだ。
同時に、ダストリアの3カ国に対して経済的支援も行っていた。
そして今回、この貨物船には別の積荷も積み込まれていた。
「おうおう。ずいぶんと物々しいねぇ」
「静かに。気づかれるぞ」
小銃を構えて付近を警戒している北中国武装警察の横を何事もなく通り過ぎる二人組。彼らはシレンジャ連邦軍に所属する特殊部隊員だ。彼らの任務はダストリア大陸救援のために派遣される部隊に大陸の状況を伝える先遣隊――いうなれば偵察要員である。
なるべく怪しまれないように船員の格好をしてベッサリアの町中を歩いている。この町は、港湾都市だ。彼らのような船乗りは街中にいるので怪しまれることはない。といっても、彼らが発しているのは少々なまりのあるダストリア語。現地人が聞いたらすぐに「ああ、海を超えてきたな」とわかるレベルだが、幸いなことに人民解放軍はダストリア語を聞き取れるレベルではないので彼らはパトロールしている武装警察に気づかれずに町を歩いた。
「警備は厳重。内側から崩すのはだいぶ厳しいぞ?」
「そうだな…だが奴らが警戒しているのはあくまで内側だけ。外側の警戒はあまりしていなさそうだった」
ベッサリア中心部にあるビジネスホテルに宿泊した二人は、そのまま今日見たベッサリアの様子を言い合う。あちこちに武装警察や人民解放軍らしき兵士の姿があった。市民も彼らの存在を気にして生活しているが、とりあえず圧をかけてくるだけで直接的になにか仕掛けてくる様子はない。
今のところ市民は息苦しさは感じるが、一応自由に生活出来ているので大多数が「目をつけられるくらいよりは…」といった感じで積極的な行動をさけている。とはいえ、この国にも「反発勢力」というのはもちろん存在する。
こちらは別の情報部の人間が探りにいっていた。
「エリックたちはレジスタンスに接触できれば楽だが」
「この国のレジスタンスはそれほど規模が大きくないんだろ?身を隠すには少し厳しい気がするが…」
「仕方ない。この国は小さいからな…オーレトアにいけば賛同者は多いだろう。なにせ、国土を根こそぎもっていかれたからな」
「そこは別働隊に期待だな。最終的にチュウゴクとかいう連中を追い出し、この大陸での我が国の影響力を高める――気が遠くなりそうな話だ」
ボヤきながら缶ビールをあおる隊員。
一見するとリラックスしているようにも見えるが、そこは特殊部隊員である。常に周囲の警戒は怠っていない。
「まるで四六時中監視されているみたいだったな…」
「中華人民共和国…名前からしてロクな国じゃないさ」
「そりゃそうだ。突然攻め込んできて国の一部をぶんどったんだ。普通の神経をしていたらそんなことしないさ」
「違いないな…」
などと言い合う彼らもまた「自国の利益」のために他国の地で暗躍する。




