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 正暦2025年 8月14日

 アメリカ合衆国 ハワイ州 オアフ島

 パールハーバー



 この日は、太平洋戦争が終戦した日だ。

 現実と異なり太平洋戦争は、1934年10月24日にアメリカが日本に対して宣戦布告を行い勃発した戦争だ。戦場は主に北太平洋で行われ序盤は物量で勝るアメリカがマーシャル諸島などを占領したが、1934年12月18日に勃発したマリアナ沖海戦によってアメリカ海軍太平洋艦隊は壊滅したことで戦争の流れは大きく日本側に傾き、その後の戦いは海軍力で勝る日本軍が各所のアメリカ軍を圧倒した。しかし、アメリカは当時から世界最大の工業力を持っておりその工業力によって多数の軍艦を建造し、太平洋艦隊を再建しようとしていた。

 日本も現実以上の工業力は持っていたものの、現在と変わらず資源は各国からの輸入に頼っていたこともあり建艦レースでは遅れをとっていた。そのため日本とすればアメリカとは短期決戦をしなければならなかった。

 最終的にこの戦争は戦争を推進していた当時の大統領が急死し、後継者となった副大統領が戦争の拡大を望んでいなかったことや、中立を維持していたイギリスが仲介に乗り出したことで1935年8月14日にアメリカ領ハワイ諸島にて講和条約が調印され戦争は終結した。

 ちょうど、今年は太平洋戦争終結から90年という節目の年になる。

 エルフではないので戦争を知る世代はすでにほぼ鬼籍に入った。更に、その後はより大規模な第二次世界大戦がヨーロッパの地でおきたことから太平洋戦争事態の知名度は世界的に見るとあまりないが、日本とアメリカに限れば現在でも両国合同の慰霊式が行われる程度には重要な日であった。



 毎年ハワイで行われる慰霊式には両国の首脳も出席する。

 そしてそのまま、ハワイにて日米首脳会談を開くのが半ば当たり前となっている。90年前は戦争をしていた日本とアメリカも今やそれぞれ重要な同盟国ということで手を取り合っている。まあ、元々日本はアメリカへの警戒心はあったが敵意というものはほぼなかった。逆に、アメリカ側が日本への警戒心を強め敵意をましたうえで起きたのが太平洋戦争だ。

 なにせ日本は、君主制は維持しているがアメリカと同じ民主主義・自由主義の国だ。ずっと議会制民主主義は維持されていたわけでファシズムや共産主義もほぼ広がっていなかった。ただ、アメリカの当時の政権にとって日本の存在が目障りだったからおこした戦争――それが太平洋戦争だった。

 当時の世界はそれで戦争の原因になる。なにせ、帝国主義全盛期の時代なのだ。今はお互い「不幸な出来事」ということで折り合いがついているが、戦争直後はそれぞれお互いへの敵意が凄まじかったという。特にいきなり戦争をふっかけられた形となった日本の反米感情は凄まじい民衆単位で米国製品不買運動が起きたほどだった。まあ、政府はかなり冷静であったらしいが国民感情を考慮してアメリカとの交流は一時的に制限するなどした。

 それが変わったのが第二次世界大戦後の東西冷戦だ。

 ソ連と対立したアメリカは、日本とソ連が結びつくことを恐れなんとしても味方に引き込もうとした。日本もまたソ連は信用出来ないことからアメリカに歩み寄りを行い結果的にそれが現在まで続く同盟関係になった。


「――まさか90年目の式典を異世界で行うとは思ってもいませんでした」

「まったくです。ただ、夜にならなければここが異世界だということを忘れてしまいますが」


 定期的に顔をあわせていることもあり、両者の会談はこのような談笑から始まった。

 会談の多くを占めたのはこの世界の問題だ。

 なにせ、各地で大規模な戦争が起きており未だにどの戦争も終わりの兆しが見えない。国際社会に強い影響力を持つアメリカと日本だが、それはあくまで地球に限定した話。異世界関係ではアトラスなど一部の国としか関係がなくそれぞれ交戦している国と国交があるわけではない。


「――では、本格的にフィデスへ侵攻を?」

「ええ。アトラスから提供された情報によると現体制に抵抗しているレジスタンス勢力というのが西部や北部に幾つかあるようなので、そういった勢力とコンタクトをとれないかCIAなどを使って調整をしている段階です」


 フィデスは軍事侵攻によって国土を拡大してきた国だ。

 フィデス軍による苛烈な統治が行われており表面的には大きな反乱は起きていないが秘密裏にフィデスに対して抵抗運動を行っている地域がある。その中の幾つかにCIAの工作員を潜入させている、とクロフォードは語る。

 もっとも、協力関係に得られるかは未知数であるらしい。

 レジスタンスはCIA工作員をかなり警戒しているらしく「自分たちに協力するといってフィデスのかわりに自分たちを押さえつけるのでは?」と思っているのだろう、とクロフォードは苦笑した。


「――すべての準備が整い次第フィロア大陸に大規模攻勢を行います。日本にも協力をお願いする可能性は高いでしょう」

「…なるほど」


 探るような視線を下岡に向けるクロフォード。

 下岡はクロフォードから支援を求められる可能性は高いと考えていたのでクロフォードの言葉に特に驚きはしない。大陸一つをおとすのにはアメリカ軍だけでは足りないのだろう。なにせ、アメリカはヨーロッパにも軍を派遣している。中華連邦や朝鮮半島に駐屯させていた部隊は順次撤収を進めているがすべてをアメリカ本土に戻すにはあと半年ほどかかる。

 ならば、軍事力に余裕のある周辺諸国に支援を求めるしかない。

 地上戦力に余裕がある国は日本・中華連邦・朝鮮連邦そしてオーストラリアだ。イギリスや東南アジアも派遣はできるだろうが、イギリスはどちらかといえば海軍を主体にしているし外征部隊はヨーロッパにいる。

 今は、正式に要請された段階ではないが正式に要請された場合は断るのは難しい、と下岡は察していた。


(国会は荒れそうですねぇ…まあ、我々が多数派ですから、問題はそこまで大きくはないですし、アメリカとの関係悪化は我が国としても避けたいところ。アメリカから要請があれば頷くしかありませんねぇ…)


 もっとも、身内の中にもアメリカ嫌いが多いのが問題といえば問題か。

 まあ、嫌っているとはいえ同盟関係にある国からの要請なのだから断ることなんてやはり無理だし、アメリカと同盟を結ぶことは日本にとってもメリットが大きいことなのは今でも変わらない。アメリカの戦争のやり方が気に食わないといったところで曲がりなりにもあの国は地球で最も発展し、最も強大な軍事力をもった超大国なのはかわらない。

 そして、歴代大統領の中でクロフォードは日本に対して無理強いをするタイプではない。中にはやたらと上から目線で「協力しろ」と迫ってくる大統領もいたのだから、それを考えればクロフォード大統領は演技でも申し訳無さを向けてくるあたり穏健的だ。

 アメリカでも日本のことを敵視している政治家は多いし、それは保革問わない。それこそ、国家主義を掲げていた前大統領に比べれば交渉はしやすかった。



 日本政府がアメリカに軍を派遣することを決めたのはこの会談から1ヶ月後のことであった。




 正暦2025年 8月15日

 日本皇国 南洋諸島州 マリアナ諸島 テニアン島



 祈念式典の翌日。

 南洋諸島州マリアナ諸島のテニアン島では日本とアメリカ海兵隊による軍事演習が実施されていた。この演習事態は毎年複数回行われていることだが、今回はオーストラリアや中華連邦の海兵隊も参加する多国籍軍事演習となっていた。これは比較的珍しいことだが、異世界転移後ということを考えれば他国が演習に参加するのも納得はできるだろう。

 現在は、テニアン島にある上陸演習地点に水陸両用車やLCACなどを使った揚陸訓練が行われている。沖合には日米両軍の揚陸艦が停泊しておりウェルドックから揚陸艇やLCAC――そして水陸両用車などを吐き出している。

 演習の様子はドローンによってグアム島にある海兵隊駐屯地でリアルタイムで確認できており、アメリカ海兵隊や中華連邦などの参加国やアトラスやレクトアといった異世界側の駐在武官たちが食い入るように演習の様子を確認していた。



「…中々の実力だな」


 2本の角をはやした獣人の男は小さくつぶやく。

 グラハム・カールマン。

 レクトア陸軍中佐である牛獣人の男だ。身長は2mを超え、軍服を着ていてもわかるほどに盛り上がった筋肉を全身に鎧のようにまとっている巨漢はレクトア陸軍の中でもトップレベルの戦闘力をもった軍人である。獣人はどの種族よりも高い戦闘力を持っており白兵戦においては敵なしといわれているが、カールマン中佐はその獣人の中でも頭一つ抜けた実力を有する。

 レクトア軍特殊部隊員として海外の戦場も多く経験し、現役将校ながら未だに最前線にたって戦闘を行う戦闘狂としてアークではかなり知られている。

 そんな彼が、日本駐在のレクトア大使館の駐在武官になったのは、ただの偶然であるが、前線から離れることになって色々と思うこともある。しかも、今回のように他国の軍事演習を見ることになりますます戦意が高ぶっていた。


(我が国も数か月前にPTOに加盟した。いずれは我が国の精鋭も彼らと対峙することがあるかもしれんな)


 もちろん本格的に戦うつもりはカールマンにもない。

 ただ、カールマンは戦闘狂なのだ。強い相手を見たら戦わずにはいられないほど常に戦いに飢えている。まあ、それでもなんとか理性でブレーキをかけているので問題は起こしていないが。


「どう、見ますか。カールマン中佐」

「血が騒ぎますよ。リンベル大佐」

「…貴方は相変わらずですね」


 カールマンの言葉に呆れた顔をするのはリヴァス共和国の駐在武官であるアイザック・リンベル大佐。リヴァス共和国と日本は二ヶ月前に外交関係を締結し、先月大使館が設置された。リンベル大佐が赴任したのもその頃だがレクトア軍とはいつも合同訓練をしていたことからカールマン中佐とは顔なじみだ。

 彼がかなりの戦闘狂であることも知っている。


「日本とアメリカ――平和的に接触出来てよかったです」

「まったくです。物量でこられたら我々でも少し厳しかったですね」

「ご謙遜を。そちらの物量はルーシアに匹敵するではないですか」

「仮に彼らと戦えば我が軍は半壊するでしょうな。まあ、向こう側にも打撃を与えることはできるでしょうが。我が国も相手と同じくらいの被害が出る――フィデスやルーシアならともかくきちんと話が出来る国相手にそんなことはできませんよ」


 そう言いながら肩を竦めさせるリンベル大佐。


「フィデスも野心を我慢することが出来なかった――あとは国が割れるだけです」

「我々やアトラスにとっては朗報ですな。フィデスには散々煮え湯を飲まされてきました」

「まったくです。ところで、そちらでルーシアの確認は?」

「正確な位置まではわかりませんが。少なくとも2万キロくらいは離れているかと。他の大陸を飛び越えてこちらまでちょっかいをかけるとは思えませんな」

「ならば当分は平和ですね」


 平和と言いながらその声音は冷たいものだ。

 リンベルはリヴァス国防情報部に所属していた情報士官。カールマンのような前線に出ることはあまりないが、一方で物事の裏側を常に調べる立場にあった。彼が駐在武官として派遣されたのは日本皇国の軍事力などを調べ上げること。海軍が相当な規模であることはすでに知っていたが、地上戦力でも十分に自分たちに対抗出来るレベルだということを感じたリンベルは日本への警戒度をこの時点で一段階引き上げていた。


「リヴァスが日本と戦争をしたいといってもウチ(レクトア)とアトラスはのりませんよ」

「いやですね。話ができる相手に戦争を仕掛けるわけないじゃないですか」

「だが、彼らを信用はしていないのでしょう?」

「そちらは信用なさっているのですか?」

「少なくともアトラスが信用しているのならば日本は信用出来るかと。アメリカは――正直未知数ですがね」

「日本はアメリカの同盟国――アメリカが動けば日本も動くと思いますが」

「さあ。私は情報畑の人間ではないのでね…ただ、アトラスが信用するのならば問題はないと思ってはいますよ」

「…そうですか」


 食えない男だ、とリンベルはカールマンから視線をそらした。


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