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 正暦2025年 8月1日

 ユーゴスラビア連邦 北マケドニア共和国

 



 ユーゴスラビア連邦南部の北マケドニア共和国。

 その首都であるスコピエを奪還するために、連合軍は1個軍団規模の部隊をスコピエ近郊へ送り込んだ。その中には、派遣後初実戦となる日本陸軍機甲部隊の姿もあった。


「正面、敵装甲車!弾種榴弾。撃てぇ!」


 20式戦車の52口径130mm滑空砲から放たれた榴弾は、正面防御が薄いベルカ帝国軍の歩兵戦闘車を粉砕する。更に、隣りにいた戦車も別の20式が破壊する。上空からは誘導爆弾を搭載したドローンが飛び交う――数年前から攻撃ヘリコプターに変わって自爆型ドローンが対地攻撃兵器として積極的に使われるようになった。それでも、アメリカや日本は攻撃ヘリコプターを引き続き運用しているが、その数は徐々に減らされていた。


「敵が後退を開始しているとのことです」

「都市部に籠城されると厄介だな」


 多くの市民は避難したようだが、それでも市民全員が避難したわけではない――というのはユーゴスラビア政府の言葉だ。今回、動かしている機甲部隊ははっきり言って市街地戦には不向きだ。戦車はそもそも裏路地などに入り込めない。装輪装甲車ならば問題はないがこちらはこちらで物陰からの攻撃に弱い――まあ、これは装甲車両全般に言えることだ。

 中核となる戦力は歩兵しかない。

 幸い、1個機動歩兵大隊が戦車大隊に同行している。ただ、彼らも市街地の戦いを想定した訓練は行っているとはいえ第1師団などのような専門部隊ではない。今回派遣された部隊の多くは大規模な野戦などを想定した編成だけに実はそれほど小回りは効かないのだ。まあ、外征能力をもった部隊を中心にしているのだから当然といえば当然なのだが。


「まあ、総司令部の判断次第ではあるか」


 そう言って、第126機動戦闘団の指揮官である早川大佐は深く考えるのをやめた。第126機動戦闘団は第1機甲師団に所属する1個機動歩兵大隊と2個戦車大隊。その他、機動砲兵中隊などによって構成された諸兵科連合部隊だ。アメリカ軍の旅団戦闘団に比べれば規模は連隊規模と小さいが、これが日本軍の一般的な戦闘団構成でもある。

 第1機甲師団が上位部隊ではあるが、現在はアメリカ欧州軍の指揮下にあるので、今の彼らにとっての上位部隊はアメリカ欧州軍であった。


「それにしても…敵の装備。事前に聞いていたものとは少し違っていたな」

「そうですね。どれも年式が経っているように感じました。おそらく、スコピエに進出しているのは二線級部隊なのでしょうね」

「偵察のために二線級部隊を進ませたが、連合軍がスコピエから後退したので占拠した――辻褄はあうなぁ。おそらく敵さんはこれまでの戦闘経験から連合軍の一通りの戦力に予想がついたから主力をなるべく出さないようにしだしたのかもしれんな」

「どうせなら、全部諦めてギリシャも解放してほしいですけどね」

「せっかく手に入れた占領地だ。そう簡単に手放すなんてことはできないんだろう。しかし、アメリカ軍もいたとはいえ欧州連合軍は期待以上の戦力のようだな」

「我々と違ってソ連と陸上で接しているからこそ、ソ連陸軍への対抗のために多くの兵力を維持していたからこそ今回のように迅速に動けたのでしょうね。問題があるとすれば」

「――兵站か」

「ええ。兵站面の脆さが進軍速度に影響しているようですから。ギリシャからの完全撤退も兵站を維持できなかったのが要因ですし、ここ北マケドニアから一度引いたのも兵站などの再整備のためです」

「敵も兵站は苦労しているようだからな」

「アメリカが敵の兵站拠点を潰しまくっているようですからね」

「だが、それでもこうして兵力を追加で出してくる――敵は強大だな」

「衛星による調査によればベルカ帝国はこのヨーロッパ全土とほぼ同程度の面積をもった大陸の全域を国土にしているらしいですからね。アメリカが叩いているのはイベリア半島にあたる部分だけです」

「じゃあ、バルカン半島を奪還しても向こうに攻め込むのは難しいな」

「アメリカがまず拒むでしょうね。アメリカにとって重要なのは自国の安全です。フィデスへ逆侵攻するならばヨーロッパに余分な戦力は送りたくはないでしょうし、ドイツやフランスも逆侵攻するだけの余力はないかと」

「バルカン諸国が納得すればいいんだがな…まあ、その前にベルカの連中をバルカンから追い出すのが先だがね」


 彼らの下に、スコピエへ進軍するように指示が下ったのはその一時間後のことだった。

 北マケドニアの首都・スコピエは特に大きな抵抗を受けることもなく連合軍によって奪還された。






 ギリシャ共和国 テッサロニキ



 バルカン半島方面の攻略を担当しているベルカ帝国軍第2装甲軍団。

 そのトップであるバーナード・ドレイゼン中将はベルカ帝国でも屈指の名将として評価されていたが、異世界の先進国を相手に苦戦を強いられていた。それ故、帝国上層部からの評価も下がっているが、彼にとって中央の評価というのは特に気にするものではない。

 陸軍長官も色々と目の敵にしていたヴィントスタットが解任され、代わりに親しい付き合いをしているマイヤー大将が持ち上がったので、ドレイゼンにとってはむしろいい方向に話は進んだ。

 まあ、本国の環境が変わっても前線の状況は一切かわっていないのだが。


「第47歩兵師団と第33機甲師団はスコピエより後退しましたが、いずれも戦力は半減しました」

「どちらも予備役部隊だったな…」

「ええ…やはり、予備役には荷が重すぎました」


 スコピエに駐屯していたのは西部の予備役を中心とした2個師団だ。

 この、予備役はベルカ人以外から強制的に徴兵された部隊で師団長などの幹部のみが正式なベルカ軍人で構成されていた。配備されている兵器はどれも二線級のものばかりであり当初から戦力を期待したものではない。主に占領地の治安維持などを目的にした部隊であるが、長引く戦闘によって軍団の主力が壊滅。西部管区軍に残っているのは予備役しかない。

 今は、中部や北部からの援軍も来ているが空軍も壊滅し、更に本土の兵站施設の多くが損害を受けている現状では援軍を前線に送り込むにも時間がかかる。


「当然ながら兵士たちの士気もかなり低いです」

「…これまで、苦戦らしい苦戦はしてこなかったし、新領地の帝国への忠誠心は低いから当然だな」


 今回、バルカン半島に派遣された予備役兵はほぼ全員が占領地から徴収されたベルカ人以外の民族だ。ベルカは元々ユーロニア大陸中央部にある国だったが100年前から領土拡大を意欲的に行い20年ほど前に大陸全土を平定した。しかし、それは圧倒的な武力を背景にしたものであり、当然ながらベルカの支配に反発する者は多かった。それでも、その圧倒的な軍事力でもって抑え込んでいた。

 元々、忠誠心も愛国心もない兵士など士気があるわけもない。

 なぜ、自分たちがベルカの戦略戦争の駒になるのだ、と徴集兵たちは内心不満に思いながらも武器を背後に突きつけられているから仕方なく進軍を行った。しかし、敵のほうがベルカ以上の軍事力をもったことで戦線は崩壊兵士たちは戦わずに逃げ出すが、そんな兵士たちの多くは「逃亡兵」として銃殺される。実は、スコピエ近郊の戦いでも直接の戦闘で戦死した兵士は少なく敵前逃亡による銃殺の死者のほうが圧倒的に多かった。

 結局は、師団長がこれ以上スコピエを維持することはできないと判断し全軍後退することになったが、多くの徴集兵が司令部の指示に従わずに各地に散らばってしまった。ちなみに、このことはドレイゼンの下には届いていなかった。

 これらは、現場指揮官が自分たちの経歴を守るためにあえて報告しないように部下に指示していたからだが、これによって前線の状況がますます後方の司令部に伝わらない事態になっているのだが現場の指揮官たちはとにかく自分の身を守ることで必死だったのである。

 まあ、兵士が逃亡しているという報告が届いていなくても前線の状況がベルカにとって絶望的であることはドレイゼンたちも察している。だからこそこの半年間、彼の眉間は常に皺がよっている状況だ。


「…撤退が現実的か」


 マイヤー大将ならば「戦力立て直しのための後退」という言い分で認めてくれるのでは、ドレイゼンは一縷の望みにかけるようにボンヤリと思った。


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