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正暦2025年 7月11日
アメリカ合衆国 ワシントンD.C.
一方、ニカラグアの首都・マナグアまでを奪還したアメリカはニカラグアの統治体制をどうするか、で頭を悩ませていた。
フィデスに占領される前のニカラグアは反米左派政権によって統治されており同じ社会主義国であるキューバや、ソ連と友好関係を築きアメリカや周辺諸国と激しく対立していた。
今回のフィデスの武力攻撃によってニカラグアは2週間ほどで陥落。
政権の中枢メンバーは友好国であるキューバへ逃亡し、国民はアメリカへと難民として雪崩込んだ。そして、今月になったニカラグアはアメリカ軍を主体とした連合軍によって首都のマナグアまでが奪還され、フィデス軍の多くはコスタリカへと後退した。
これによって、ニカラグア全土は連合軍の手によって奪還された。
ただ、アメリカ政府はキューバに逃げている左派政権をそのまま政権につかせたくはなかった。なにせ、ニカラグアを奪還したのはアメリカを主体とした連合軍であり、それにはキューバ軍やニカラグア軍は一切入っていないのだ。
アメリカからすれば、なにもしていない自分たちに敵対的な勢力が政権を握るのは我慢ならず。これを機会にアメリカに友好的な勢力を暫定政権という形で権力を握らせたい、と考えていた。
もっとも、これには問題もある。
ニカラグアが左派に転換した理由は親米勢力による独裁が大きい。これによる、国民の不満を起爆剤としてクーデターが起きてニカラグアは長い内戦がおきた。結果的に、その後の大統領選挙で反米左派の候補が当選し、それが現在に至るまで続いているためニカラグアは反米国家へ突き進んだ。
ニカラグア以外の中央アメリカやカリブ海では、親米勢力の独裁政権とそれに反発する市民による内戦やクーデターなどが各地で頻発した。現在でも反米勢力と親米勢力が激しく対峙している国もあるほどだ。
中米はアメリカの裏庭などとも呼ばれ、アメリカの影響力が非常に強い地域だが、それ故にアメリカの介入をよく思わない現地住民も多かった。今回のニカラグア暫定政権に関しても反米勢力を排除した上で統治を行えば、ニカラグア国内は大混乱に陥る可能性もあり、そのことを日本などに指摘されたアメリカ政府は対応に頭を悩ませていたのだ。
ホワイトハウス
「とりあえず、ニカラグアは暫定政権による統治――ということになりました」
「解放戦線の連中は入っていないのか」
「まだ、キューバから帰国していないようですので。まあ、自分たちが正当なニカラグアの代表だ、と宣っているようですが」
淡々と冷えた口調でニカラグアの状況を報告する補佐官。
「選挙の時にわかるな」
「解放戦線が再度政権をとるのならば、本格的に攻め込みますか?」
「それをしたところでメリットがないからな…」
逆に、国民に余計恨まれそうだ、とクロフォードは肩を竦める。
「しかし、早急に中米諸国を安定化させないと。南部を中心に支持者が離れかねません。すでに、幾つかの州から難民対応はこれ以上無理だ、という嘆願もきていますし」
クロフォードは渋い顔になる。
ただでさえ、転移前から中南米からやってくる不法移民はアメリカにとって大きな問題になっていた。不法移民によって職を失うという国民も多くメキシコ国境に近い南部を中心に不法移民への反発は年々強まっている。
これに対して民主党急進左派などの一部は「人道支援」を盾に、移民や難民を積極的に受け入れるべきだという声を高々とあげる。今も、ホワイトハウス前では市民団体による抗議集会が開かれており「難民を見捨てるな!」とシュプレヒコールをあげていた。
彼らに係る金がどれほどになるのかも考えずに。
なにせ、アメリカにやってきている難民の数はアメリカ政府が把握しているだけで数百万人という規模だ。それらの難民を受け入れているのはメキシコに近い南西部の州に集中している。なぜかといえば、分散すれば難民がどこにいったか把握することができないからだ。
あくまで、アメリカは彼らを一時的に保護しているに過ぎず、戦争が終われば彼らをそれぞれの国へ帰還させる方針だ。一方、急進左派勢力は「人道」のためにアメリカに滞在を望む者は受け入れるべきと主張している。
そんなことをすれば、大半の難民がアメリカドリームを夢見てアメリカ滞在を望むということを考えずに。
「外にいる偽善者どもが理解すれば議会も荒れないんだがな」
「無理でしょう。急進左派連中はともかく、急進右派の連中もいい加減ブレーキをかけないと――あれでは我々までただの差別主義者扱いになります」
「前大統領の影響力は未だに根強いからな…」
クロフォードの前の大統領は国家主義者であり、熱狂的な支持者を多く抱えていた。2期8年を終えた後に自身の後継者を次の大統領にしようとしたが、極端な国家主義を嫌う党の主流派などがクロフォードを支援した結果、彼は党の候補者となり、そのまま大統領選挙にも勝利し、今では2期目に突入している。ただ、党内の国家主義派ともいえる急進右派の存在はクロフォードにとっても無視出来ない存在であり、その部分でリベラルからの攻撃材料になっている。曰く「与党は差別主義者」だという。
クロフォードは前任者ほど極端な国家主義思想は持っておらず、これによって一時的に関係が悪化していた他国との関係も改善されているのだが前任者が続く内部対立が今でも足を引っ張る形になっていた。
まあ、国家主義思想というが要は「アメリカの利益はアメリカが優先的に享受すべきで、他国への支援量を減らしていく!」と一方的に宣言し各国からの反発を食らっただけなのだが、この手のポピュリズム的思想は各国に広がっていた。
特にヨーロッパは、難民・移民問題により右派ポピュリズムへの支持が広がっておりそれによる民族間対立での治安悪化など問題はかなり深刻化している。そんな中での、ベルカ帝国の侵攻なのだが、幸いなことに今のところヨーロッパは欧州連合とNATOの下に団結している。
南米や日本などからの軍も到着したことで、少しはこういた排他的な動きが収まればいいのだが、とクロフォードは思うが現実はそう甘くはないだろうとも思っていた。
「来年の中間選挙のことを考えると胃が痛い…」
与党が安定的な支持を受けている日本が羨ましい、とクロフォードはボヤいた。
正暦2025年 7月14日
日本皇国 東京市千代田区
進歩党本部
三日前に、参議院選挙が告示され日本は実質的な選挙状態に突入していた。各地では、街宣車が走り回り、人が集まる場所では有力政治家の応援を受けた候補者が支持を訴える。国営放送では決まった時間に政見放送が流れるなど転移しても日本の国政選挙の光景はかわりはなかった。
マスコミは今回の選挙を「異世界転移に伴う下岡内閣への中間評価」といった具合に報じている。ちなみに、政権支持率は70%を未だにキープしており政党支持率では6割ほどが保守党を含めた与党連合で占められており、ついで多いのは「支持政党なし」という無党派層だ。最大野党である進歩党の政党支持率は5%にも到達しておらず、第二野党の自由党が進歩党を上回る支持率を確保しているがそれでも10%に届いていない。
仮に無党派層がすべて野党に投票しても与党が過半数を維持するのは確実であろうといわれている。というのも世論調査で与党候補がリードしている選挙区が多いからだ。
これに、頭を抱えているのが進歩党執行部だ。
なにせ、このままいけば改選議席を大幅に減らし自由党に議席を抜かれる可能性があるからだ。与党と対峙するために野党は選挙協力をしようと話し合いをもったのだが、お互いの意見が真っ向から対立してしまったことで野党候補が乱立し、更に進歩党支持層を固めることが出来ていないのが要因だろう。まあ、投票まで2週間あるので与党が勝ちすぎるのがよくない、と考える一部有権者の票が流れてくる可能性があるが、進歩党が独自に行なった調査では大半の選挙区で議席確保は厳しいとなっているので、執行部としては頭を抱えるしか無い。
「しかし、なぜここまで支持率が上がらない…」
「そりゃ、国民が右傾化しているからじゃないのか」
「我々が見限られているだけだろう。政権をとっても問題ばかり起きたしな」
「そ、それは保守党の連中だって同じじゃないか!先週だって、民政党の逢坂が不正献金を受け取っていたはずだ!」
「一議員がやっているだけじゃダメージにならないってことだろう。せめて閣僚クラスがやらかさないとな…相坂さんはもはや引退間近だ、今更すっぱ抜かれても痛くもないだろう」
対策会議という名の下に、進歩党の幹部たちは顔を突き合わせながら議論ともよべない言い合いをしている。
「それよりも辻田を始めとした急進派にブレーキをかけないといけないのでは?国防計画で頓珍漢な噛みつきをしているせいで我々が安全保障軽視のレッテルを貼られている」
進歩党内で保守派に属する副幹事長が辻田たち急進派を抑えるのが先決ではないか、と主張するが。
「国防予算が無駄なのは当然だろう。戦艦などという無駄なものを作ってなぜ問題にならないのか今でも不思議だ」
「だが、異世界という環境では役立っているだろう」
「だからといってあれほどの大型艦は必要はないし、金の無駄だ」
「金の無駄」という意見は与党内にも出ていた。実際、建造にはかなりの予算がかけられそれによって駆逐艦や巡洋艦の更新が遅れたのも事実ではあった。だからこそ、メディアなどはそれまでスキャンダルらしいスキャンダルのなかった右派連合を徹底的に叩けるチャンスだと思ったわけだが、結果は世論が好意的だったために不発におわったのだ。
そのことがまだ理解できないと、首をかしげる進歩党幹部たち。
彼らは、急進派ほどではないが国防予算の削減を主張している一派に属しているので、戦艦や原子力空母にかける予算はすべて無駄に映ってしまっている。それなのに世論がそれに慣用的なのが本当に理解できなかった。
そして、この中で一言も言葉を発していない者がいた。
代表の鬼塚だ。彼は、眼の前で繰り広げられる言い合いに半ばあきれていた。これでは、支持率が下がるのも仕方がないと。
幹部たちのやっていることは、国会のときと変わらない。
保守党をいかに政権の座から引きずり下ろすか。そのための、スキャンダル探しに終始していた。
(そんなことをすれば有権者に見放されるのも当然だ…)
選挙に負ければ彼らは鬼塚に責任をとれ、と迫るのだろう。
もし、そうなったらさっさと代表なんて辞めてやる、と鬼塚は痛む胃を気にしながらまとまらない会議に深々とため息を吐いた。
「このままでは、議席はかなり減るだろうな」
「東京でも議席確保が難しいし、近畿圏もほぼ全滅の予想…頭が痛いな」
会議が終わっても、代表の鬼塚と幹事長の八木沼は居残っていた。
彼らが視線を落としているのは、党独自に行った情勢調査。
会議中でも話題にのぼったのだが、結局は「いかにして保守党のスキャンダルを見つけるか」で議論がヒートアップしたので殆ど中身に触れられることはなかったものだ。
よくよく見てみれば、多くの選挙区で「苦戦」と書かれている。
中には、地盤がしっかりしている閣僚経験者ですら苦戦していた。まあ、閣僚経験者といっても不祥事をやらかして数ヶ月ほどで解任されたような閣僚だが。それでも、これまでの選挙は普通に当選出来るだけの組織力はあったはずだが自由党候補に支持者を持っていかれているらしい。
そんな選挙区は他にも幾つかある。一方の、与党系候補はかなり順調に支持を伸ばしているらしく、改選議席が8つある東京は与党系4候補がすっかりと抜け出しており野党系候補は横一線の情勢だ。進歩党は東京で保守党と同じ2人擁立しているのだが、最悪共倒れするかもしれないほどに2人とも当落選あたりをウロウロしていた。
更に、かつては一定の支持を受けていた近畿州は、同地を地盤とする改進党が出来てから支持者がそちらに移動し、近年では新興リベラル政党にも流れておりこちらも議席を確保するのは複数人区以外では難しいという情勢になっていた。
「負ければ急進派は執行部の解散を求めるだろうな」
「自分たちで泥舟の船頭になりたくないくせに他人への責任追及は本当に一丁前だよ」
「だが、最近になって連中が離党を考えているという報道があったな」
「確かにあったな…神輿は辻田あたりか」
「あの、若造を担いで総理を打倒――出来ると思うか?」
「無理だろうな。身内で躓かなければ岸さんくらいはやれるかもな」
「そうなったら最大野党は自由党か…」
「まあ、そのほうが国民にとってはいいかもな」
とても、最大野党の代表とナンバーツーの会話とは思えない会話をする鬼塚と八木沼であった。




