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アーク歴4020年 7月10日
ガリア帝国 ザンパール
帝国議会
「ガゼレアを直ちに救援すべきです!」
一応、名目的に存在するガリア議会。
その上院にあたる元老院では保守派の重鎮である公爵が声高々にガゼレアに対して全面的な支援をすべきだ、と主張する。同じ保守派からは同調する声があがるが、中立派や穏健派からの反応は薄い。
「勇ましいことだな」
「ガゼレアを救援したところで我が国のメリットはほぼないんですがね」
議会に出席していた皇帝と首相は揃って嘆息する。
今代の皇帝と首相は揃って穏健派に近い。それを保守派貴族や軍人たちがかなり不満を抱えていることをもちろん彼らは理解する。ただ、ガリアにおいての皇帝の権限は絶大であり議会であっても皇帝を止めることはできない。
「現時点でガゼレアに対して支援をするつもりはない」
「陛下っ!同盟国を見捨てるというのですか!」
「聞いた話によると、今のガゼレアはクーデターがおきたかなり国が荒れているという。軍事政権がそもそもちゃんと国内を制御出来るかも不透明な中で積極的な支援はできんな」
同盟国を見捨てるのか、と凄む公爵に対して皇帝は冷ややかに答える。
ちなみに、ガゼレアの軍事政権からは早速、支援を要請されているが解答は保留している。ガリアとしては、ガゼレアを支援するメリットが見えない。それどころか、アトラスとさらなる対立は政府として避けたいというのが本音だ。
レクトアなどからは「絶対君主制」の「人間主義国」であるため「ヤバイ国」認定されているガリア帝国だが、曲りなりにも5大国の一角に名を連ねている以上、感情的な外交というのは一切行っていない。
まあ、これは星の裏側にありろくな情報が出ていないせいだろう。
ガリアとて、星の反対側にある亜人国家の情報なんて殆ど持っていないのだから。だからこそ、公爵は亜人に攻め込まれているガゼレアを救うべきだ、などといい出している。
実際は、ガゼレアが仕掛けた戦争だというのは、もちろん公爵も知っているがガリアの保守派というのはガゼレアの強硬派と同じく亜人を徹底的に見下しているので、そんな彼からすれば亜人国家に好き勝手にやられるのはたとえ他国であっても我慢ならなかった。
「国防大臣の見解をお聞きしたい!」
皇帝たちでは埒があかないと判断した公爵は、議会にいた国防大臣に話しの矛先を向ける。ちなみに、ガリア帝国の国防大臣は同国軍の参謀総長も兼任するバリバリの現役軍人である。
現役軍人ならば、自分の主張も理解してくれるはずだ、と公爵は考えて話をふったわけだが。
「私としましても、陛下の仰ることはもっともかと」
「っ!」
話をふられた国防大臣はあろうことか皇帝と同意見だと発言した。
思わぬ言葉に公爵は呆気にとられた表情を浮かべる。
まさか、軍の総指揮官までこんなことを言うとは思わなかったらしい。もちろん、軍も一枚岩ではないが少なくとも幹部とされている将校たちはガゼレアを救援すべきという考えは一切なかった。理由は簡単で、ガゼレアを手助けしたところでガリアに明確は「メリット」がないからだった。
結局、議会は議論が落ち着いたと判断した議長の一声によって昼休憩のため休止となった。公爵は憎悪をこもった視線を皇帝たちに向けると取り巻きを連れて議場を後にした。
それを目的した他の議員たちは「一悶着あるな」と察し、ため息を吐いた。
「くそっ!軍も弱腰とは思わなかった」
休憩時間。元老院内にある一室に先ほどまで皇帝にガゼレアへの支援を強く進言していた保守派の重鎮であるパーマ・リンゼイ公爵とその取り巻き貴族たちが集まっていた。参謀総長を兼ねる国防大臣ですら軍事支援に後ろ向きだったことは公爵にとって予想外のことだった。
もちろん公爵はガゼレアをなんとしても救おう、などとは当然思っていない。ただ、自分たちと同じ思想を持つ国が苦戦しているのだから同盟国を助けるという大義名分でアトラスという目障りな亜人国家を大人しく出来るのではないか、と考えたうえでの発言だ。
彼を含めた保守派は基本的に亜人国家のすべてを自国より下だと考えている。そんな彼にとって亜人国家相手に正面からぶつかる選択をとらない現政権と皇帝は「腰抜け」にしかみえなかった。
「やはり、皇太子殿下に一刻も早く皇位を引き継いでもらわないといけないな…」
公爵たちの希望になっているのは皇太子だ。
皇太子は彼ら保守派の主張に共感を持っていると彼らは感じていた、というのも彼らの会合によく首を出し彼らの言い分の大部分を「自分も君たちと同じ考えだ」などといって肯定的だからだ。
まあ、皇太子が保守派の会合で理解があるように振る舞っているのは演技なのだが、リンゼイ公爵たちはそのことに気づいていない。彼らが思っている以上に皇帝一族の関係は良好であり、皇太子本来の政治思想も皇帝などと同じ穏健的なものだ。
絶対君主制であるガリア帝国であるが、前皇帝の時代から議会を主体とした政治体制にかわりつつあった。相変わらず貴族が強い力があるが、この貴族の力すらどうにかして削ごうと皇帝たちが考えていたほどだ。
その後も彼らの会議は続くのだが、結局のところ結論らしい結論はここで出ることはなかった。
アーク歴4020年 7月13日
フィデス人民共和国 アディンバース
総統官邸
「…占領地をまた一つ失ったか」
総統の下にはニカラグアをアメリカ軍に奪還されたという報告書が届いていた。弾道ミサイルなどが撃墜されたことで怒り心頭だった、総統であったがここ最近は落ち着いていた。
いや、内心では腸が煮えくり返るくらいに憤っているのだが表面的にはその怒りを見せないようにしていた。
「――私だ。国防大臣を呼んでくれ。詳しい話を聞きたい」
しばらくして、国防大臣が執務室にやってくる。
その、顔色はここ数ヶ月悪いままだ。
「状況はどうなっている」
「…端的に申しまして、極めて厳しい状況です。北部の基地は大部分が破壊されており兵站も破壊されています。残りの占領地を維持するのは難しいかと」
「…そうか」
実際のところ、数ヶ月前から状況は一切かわっていない。
もちろんフィデスにとっては「悪い状況」であるが。アメリカは徹底的にフィデス北部の軍事施設を攻撃した。これによってフィデス軍の兵站は壊滅し、十数万にも及ぶ兵士たちの食料や武器・弾薬は一気に不足することになった。略奪しようにも集落などは彼らが破壊した後なので当然ながら食料や武器・弾薬が残っているわけがない。
現地の司令部は、パナマ運河まで撤退を真剣に考えているほどだが、それは軍上層部によって止められていた。
「中部と南部の軍もすべて北部にまわせ」
「フィロスへの備えが手薄になりますが…」
「奴らが動くとは思えん。ともかく、数で押し戻せ」
総統の主張に国防大臣は確かに、と頷く。
フィロスとは、フィロア山脈の向こう側にあるこの大陸でフィデスに対抗している唯一の国のことだ。といっても、フィデスに恐怖心をもった小国が集まった国家連合に近い国であり、積極的に自分たちから攻撃を仕掛けるということをしないのでフィデス上層部からは目障りではあるが、特に動きを見せないので無視をしても構わない国という印象が強かった。
現在、フィデスにとって最優先で片付けなければならないのはアメリカ。
そのためには兵力の出し惜しみは出来ないという、総統の言葉はその通りだと国防大臣も思っているため、特に反論もせず執務室を出た。




