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 アーク歴4020年 7月7日

 アトラス連邦共和国 ヴェルス

 国防省 中央司令所



「連中はバカなのか?」

「人間主義に頭が凝り固まっている連中ですからな。まあ、常識というものをどこかに置いていったのでしょう」


 待ち伏せされていた潜水艦の雷撃によってあっけなく沈んでいくガゼレア艦隊。その中に軍艦はほぼなく、ほとんどは民間規格の貨物船ばかりである。

 その、映像をモニターで確認しながらカーペンター国防大臣が思わず呆れ顔でボヤくと、隣にいた統合参謀本部長は淡々と毒を吐く。ガゼレアを監視していた潜水艦からガゼレアがまた動き出したという報告を受けたアトラス軍統合参謀本部はとりあえず、ガゼレア軍の動向を注視するよう潜水艦隊に指示していた。

 ガリア方面へ向かうことを祈っていたのだが、祈り虚しくガゼレアは前回と同じくフローリアス諸島に近づいたこともあり、政府は軍に対してガゼレア軍の撃破を指示、事前に待ち伏せていた潜水艦と2個機動艦隊から飛び立った航空機による飽和攻撃によって碌な対空・対潜兵装を持っていないガゼレア軍はあっけなく壊滅した。

 その様子を見ることになったカーペンターは一度失敗したにもかかわらず、ろくな対策もせずに再度自国に突っ込んできたガゼレアの意図がまったく見えなかった。しかも、今回はガリアは一切軍を派遣していないのだ。大国の支援もなく突っ込んでくるなど自殺行為もいいところだ。

 実際に、貨物船はほぼ沈み護衛である軍艦も大半は魚雷と対艦ミサイルの飽和攻撃によってその姿は海上にはない。これによって、数万人の命が失われる結果になったがアトラスからすれば、攻め込んできた敵相手に防衛策をとっただけにせよ結果としては非常に後味の悪いものであった。

 よもや、ガゼレアで政変が発生し軍部強硬派が実権を握っているとはアトラス側は思いもしていなかった。



 大統領官邸



「彼らは一体何を考えているのでしょうかね…」

「人間主義者の考えなどさっぱりとわかりませんが…そうですね、敗北を認められない愚か者でしょうな」


 ガゼレアの行動意図がわからず困惑している大統領のセシリア。

 そんな、彼女の困惑に対して報告に来ていたカーペンターは中々に辛辣なことを口にしていた。

 外務大臣なども歴任した政治経験豊富な彼女でも、今回のガゼレアの動きを理解することはできなかったようだ。長らく、対立していたフィデスでもここまで無鉄砲といえる行動をとることはなかった。今回は、事前に潜水艦が探知したことからアトラス側の損害はゼロに等しいが、一方でガゼレア側はこれによっておそらく数万の将兵が犠牲になった。

 上陸されては面倒だったので、その前に兵士を満載にした貨物船などを沈めた結果だ。ノーリッポ島の戦闘時の損害をあわせればガゼレア軍は今回だけで5万人以上の将兵を一度に失った。一回目に1万人近い損害を出した時点で引き下がればよかったのにそれをしなかったガゼレア上層部の動きはセシリアにとっては予想外もいいところだった。


「個人的な意見をいわせて貰えば…ガゼレアは徹底的に潰すべきです」


 カーペンターのマスコミに聞かれたら大騒ぎ間違いなしの発言にセシリアは思わず苦い顔を浮かべるが、彼女も心のなかではカーペンターと同様なことを一瞬ではあるが考えていた。

 もっとも、軍をガゼレアに上陸させるという労力のかかることはしたくない、という考えが大半でありやるとすれば爆撃機と巡航ミサイルによってガゼレアの主要機関を徹底的に破壊するくらいしかないのだが。

 仮に地上部隊を送るならば他国からの支援を受けてようやく踏み出せる。


(普通の国ならば外征能力の大部分を失えば大人しくなるはずなのに)


 いくら、普通ではない人間主義国家といってもガリア帝国は外交ルートを使って停戦交渉をしているくらいだ。ガゼレアだってその気ならば、ガリアを使って同じことができたはずなのに、彼らがとった行動は更に自身の戦力を失う愚行であった。


「ガリアを通じて停戦の呼びかけは?」

「外交関係は私の専門ではないのでなんとも言えませんが――難しいのでは?」


 そもそも、ガリア事態も信用できませんから、と付け加えるカーペンター。

 閣僚の中でも最も保守的な考えを持つ彼は基本的に交流の少ない他国を信用していない。唯一の例外といえるのは日本くらいだろうか。それも、日本の軍事力を見て自国では対処出来ないから余計な挑発をするのはやめようと思い直した程度で、心の中で日本のことを信用しているかといえば全く信用はしていなかったりする。


「ともかくとして、大統領――やるしかありません」

「――わかりました。報復は?」

「前回と同様に巡航ミサイル潜水艦と…今回は機動艦隊と爆撃機を使おうかと。彼らの拠点を徹底的に破壊しつくします。まあ、自ら貨物船を大量に徴用したのです、たいした資源がないガゼレアは一気に干上がるでしょうし、今後は他国に目を向ける余裕はなくなるでしょうがね」

「――では、そのように」

「了解しました」


 数時間後。臨時に開かれた閣議においてガゼレアへの大規模な報復攻撃の実施が決定され、そのために軍は行動を開始した。



 ヴェルス近郊 ヴェウス空軍基地



 ヴェルスの北東60kmにあるヴェウスにはアトラス最大の空軍基地がある。

「ヴェウス空軍基地」は3400mの滑走路を3本抱える同国空軍最大級の規模を持つ空軍基地だ。首都防空を担う戦闘機部隊に輸送機部隊そして同国唯一の爆撃機部隊である第111爆撃航空団が駐屯している。

 BA-46爆撃機は同国唯一の爆撃機だ。

 日本の91式戦略爆撃機やアメリカのB-1爆撃機などに酷似した可変翼型の大型爆撃機だ。アトラス軍はどちらかといえば爆撃機よりも、巡航ミサイルの研究を重視している。それでも、空中発射型の巡航ミサイル発射機としても運用出来るため、1個航空団規模の爆撃機を運用していた。

 今回、爆撃機部隊の任務は巡航ミサイルではなく、無数の誘導爆弾である。


「タワー。こちら『グレーター1』離陸許可を求む」

『こちらタワー了解。離陸を許可する』

「グレーター1了解。これより離陸する」


 爆撃機部隊の1番機が管制塔の許可を得て離陸していく。

 その後に続いて、10機の爆撃機が5分足らずでガゼレアへ向けて飛び立っていった。




 アーク歴4020年 7月8日

 ガゼレア共和国 ディスピア

 国防省




「全滅だと!?」


 政府の実権を握ったトラードの下に、アトラス攻略のために派遣した艦隊が全滅したという最悪の報告が届いた。報告を聞いたトラードは苛立ちげに机を叩く。

 ちなみに、トラードは大統領官邸ではなく引き続き国防省で政務にあたっていた――といえば聞こえはいいが、ほとんどの業務を官僚に丸投げしていた。まあ、これは官僚たちにとっても望んでいたことだ。むしろ、そういった部分まで手を出されたほうが厄介だと、官僚は誰しも思っていた。


「一隻残らずやられたのかっ!」

「は、はい…数隻残っていた艦艇もありますが。これ以上の作戦継続は不可能だとして撤退しています」

「撤退は認めん!すぐに引き返すように伝えろ!」

「し、しかし…」

「いいから早く伝えろ!でなければ、反逆罪で処刑するとでも脅しておけ!」


 残った兵員はたかだか2000人ほど。

 それに、船の乗員などもあわせれば4000人くらいだろうか。

 食料もなにもかも失った状態で島に上陸出来たとしても、継続して戦うのは無理だろう。しかも、装備はほとんど失われているのだ。だが、そんなことを目の前で荒れ狂う男に言っても聞き入れてはくれないだろう、と察した若い佐官はともかくこのことを作戦部に伝えるために大臣室を出た。


「蛮族どもめ…」


 残されたトラードはエルフたちへの呪詛を吐き続ける。

 悪いのは勝手に攻め込んできた彼らなのだが、すでに彼の頭の中ではすべての原因がエルフをはじめとした亜人たちに置き換わっている。これが、人間主義に凝り固まった者ゆえの思考回路なのだろう。


「わたしだ――」


 突然鳴り響いたデスクの電話をとるトラード。

 電話は参謀本部からで内容は、ディスピアに国籍不明の大型機の編隊で接近しているというものだ。


「なぜ、我が国の領空に侵入するまで気づかなかったのだ!」

『先日の攻撃でレーダーの大部分が破壊されており、早期警戒能力が大幅に落ちているのが原因かと…』

「ともかく、さっさと撃ち落とせ!」


 相手の弁明も聞かずにトラードは苛立ちげに電話を切る。

 この時、ディスピアに向かっていたのはアトラス空軍の爆撃機部隊であり護衛の戦闘機もついていた。この、護衛の戦闘機は第1機動艦隊からのものだ。すでに、電話がかかってきた段階でディスピアの上空にいて爆弾の投下を始めていた。

 トラードが、それに気づくのは断続的に聞こえてきた爆発音からだ。

 慌てて、執務室の窓から外を見ると陸軍の駐屯地がある付近から黒煙が立ち上っていた。更に、別の場所からも同じく黒煙が立ち上っている。その黒煙が立ち上っている場所は首都防空を担う空軍基地だったはずだ。

 そういった、首都防衛の要ともいえる箇所から煙が立ち上っている。

 しかも、あちこちから断続的な爆発音まで聞こえてくる。


「一体なにが…」


 トラードは意味もわからず、ただ呆然と外を見つめていた。

 この日。ガゼレア共和国のほぼすべての軍事施設が破壊された。

 国民たちは当然ながら政府に状況の説明を要求するが、軍事政権はそれにこたえることは出来なかった。


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