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「やはり、ヒトは愚かだな」
「相変わらず、ゼースは人間嫌いね」
「当然だ。同族同士で争い。自分たちと少し違うだけで迫害対象とする。争いの連鎖はよくないと、いいながらも結局はひたすら戦い続ける。まるで蛮族ではないか」
「それでよくこの計画に参加を決めたわね。貴方がこの計画に参加すると聞いた時はみんな驚いたわよ?」
この場に集っているのはかつて世界を管理していた「最高神」たち。
今は、この新たな世界を共同管理する同僚といった関係であろうか。
彼らの前にある水鏡には世界で起きている様々な出来事が映し出されているが大半は戦争かあるいは貧困に苦しむ途上国といったものだが、一部には日本のように平穏な時を過ごす人々もいる。
先程から渋い表情をしながら人間をこき下ろしているのは「ゼース」と呼ばれる最高神。彼がこれまで管理していた世界にはベルカ帝国が存在している。
生真面目で神経質な性格をしており、常に争いばかりを続ける人類に対して嫌悪感を抱いていることで知られている。一度、天罰をおとして人類を全滅させようとしたこともあるが他の神々に抑えられ未遂に終わった。
もう一人は「アーク」と呼ばれる女の最高神。
アークはアトラス連邦などがある世界で召喚された世界では「地球」と共に文明レベルが高い世界を管理している。
保守的な性格をしている者が多い神の中では、彼女は珍しい革新的な思想をもっておりそれ故に他の神とトラブルを抱えることも多い。見た目は蠱惑的な雰囲気をまとった美女である。
「それを言うならば『アース』もだろう」
「あの娘は単に自分の世界以外に興味を持っていないからねぇ。しかも自分の世界もほとんど手を出さないで見ているだけだし」
「それが、神本来の仕事だからですよ」
更にもう一人の女性がこの空間にやってきた。
女性は少し呆れたような顔をしながら一度、水鏡に視線を向ける。相変わらず水鏡には各地の紛争などの映像が流れているが彼女は一つも表情を変えずに水鏡から視線を外す。
「相変わらず自分の世界に関することでも無関心なのね。『アース』は」
「些細な争いに我々が手を下す意味合いがないだけです。私の世界は私がいちいち手をかける段階ではありませんから」
地球と同じ名を持つ女性はその通り、地球を管理していた最高神だ。
アースは多くの世界を管理する最高神と同じで、自身の世界に過度な干渉をしないタイプの神だ。世界が誕生した時は環境を整えるために手を出していたが環境も落ち着いた数千万年前から一切手を出しておらず、世界に関することは部下である上級神たちが代理で行っていた。
「でも、よく貴女もこの計画に参加したわね」
「ただ興味があっただけですよ。異なる世界が一つにまとまったら各世界の住人たちにどんな影響が出るのかということに興味をね」
「へえ。意外と好奇心旺盛なのね」
「この計画に真っ先に賛同した貴女に言われたくないですね…それにしても、上手くやっている国とそうではない国の差が思った以上に激しいですね」
「そうね。わたしの世界の国と貴女の世界の国は案外上手くやっているようだけれど」
「それは、元々文明レベルが近いからでしょう。この国はあまり種族で差別する国ではありませんし」
そういってアースが映像を切り替える。
切り替えられた映像は東京やニューヨークなどの町中を歩いているエルフや獣人の姿が確認出来た。
「ただ、こちらのように好き放題している国もありますがね」
次に切り替えたのは北中国の占領を受けているダストリア大陸の様子だ。
「この大陸はウチの世界にあった大陸ね。ウチの国も似たことをしているから何も言えないけれど、どこの世界にもこんな野心的な国は一つや二つあるのよね…」
「この国は、自分が超大国になるという野心を抱えていますからね」
「やはりヒトは愚かだな」
人間嫌いのゼースは忌々しげに舌打ちをする。
ゼースは元々ここまで人間嫌いではなかった。むしろ、自分の世界の人間のことを常に気にかけていた。だからだろう。繰り返し人間同士で争うことをみて人間への嫌悪感を増すようになり最終的には今のような人間嫌いになった。まだ、自分の力でその世界に暮らす人間全員を滅ぼすという選択肢をとらないだけマシだが、過去には精神を病み神罰をその世界の人間すべてにぶつけた神もいた。その神は「神罰を乱発した」ということで神の位を剥奪され現在も罪を犯した元神たちが収容される監獄の中にいる。
(それを考えますと。複数の世界を同居させればゼースも妙な動きはとれなくなりそうですね…)
もし、ゼースがなにかしようとなればアークなどの最高神たちが協力して抑える事はできる。今回の件でゼースが参加したのは結果的に彼にとっても彼の世界にとってもいいことだったかもしれないとアースは思った。
別の場所では上級神に属する各世界の神が地上の様子を観察していた。
昭和のレトロ風テレビに湯呑みとお茶請けの煎餅が置かれたちゃぶ台を囲む神々という中々にシュールな光景を見た。上級神のアマテラスが思わずツッコミを入れる。
「あの、これは一体…」
「ん?お前が管轄している国の文化を探していたらよさそうなのを見つけてな。お前もどうだ?」
困惑するアマテラスにそう言って席を勧めるのは異世界「アーク」を管轄している上級神の一柱だ。エルフのように長い耳と金髪碧眼をもった非常に整った顔立ちをした神なのだが、煎餅をかじりながらお茶をすする姿は中々にシュールである。
「…それで、何をご覧になっているのですか?」
「どうも、家の世界の愚か者が無謀な戦いを仕掛けようとしているようでなぁ」
「無謀な戦いですか…ああ、なるほど。例の人間主義者達ですか」
「そうだ。どうもクーデターを起こしたらしいな」
ちょうど、彼が管理しているのは「アーク」ではアトラス周辺の地域であった。大東洋地域は別の神の管轄なのだがその神から「厄介な勢力」の存在はよく聞いており、その一つが人間主義者だ。
地球の神にしてもアークの神にしても積極的に地上に介入することはない。
それだけ、人の手によって文明は成熟してしまい。今更手を加えることはほぼないのだ。やるとすれば、自然環境の調整ぐらいだ。
「なんとも穏やかではありませんね」
「まったくだ。亜人を怖がって閉じこもったくせにいつの間にか自分たちは『神』に選ばれた存在などと勘違いするとはな…」
「どこの世界にもいますからね」
自分たちの都合のいいことを「神のご意思」などといって暴走する存在はどこの世界にも一定数いるものだ。とりわけ、宗教関係というのは暴走しやすい。
未開世界ならともかく、ある程度文明が発展した世界に対して神が介入することなんて基本的にない。そんなことをすれば文明に悪影響が出ると神は理解しているし、文明が成熟した段階で「神の手を離れた」と認識しているからだ。あとは、気候などの調整をしながら滅びの時まで見守るというのが神の仕事だ。
もちろんその間「神託」なんてものは降ろさない。
一部の物好きは頻繁に自分の気に入った人物に「神託」をおろすらしいが、地球・アークの神々はそんな面倒なことは基本的にしないのだ。
アーク歴4020年 7月4日
アトラス連邦共和国 フローリアス諸島北東沖 3200km
アトラス連邦海軍 第5潜水戦隊
アトラス連邦海軍第5潜水戦隊に属する「A-331」は僚艦7隻と共にガゼレア共和国近辺の監視任務についていた。
「『A-325』から入電。ガゼレアの港から無数の艦船が出港したとのことです!」
「貿易関係か?」
「多数が貨物船ですが、軍艦も含まれているとのこと」
「…それだけでは、判断できんな」
艦長のホイットニー少佐は、ガゼレアの港湾を監視していた僚艦からの報告に渋い顔をする。まあ、年のためにノーリッポ島付近には2個機動艦隊が未だに展開しているので仮に島に接近しても機動艦隊が諸々の対処は可能だろう。
「もしかして奴らは貨物船を徴用しているのでは?」
「可能性はあるが、目的がわからん限り民間船を無遠慮に攻撃はできんだろう。幸い、ノーリッポ付近には機動艦隊がいる。対処をそちらへ任せるのもいい――それで、司令部はなんと?」
「引き続き監視を継続せよ、とのことです」
「まあ、そうなるだろうな」
今のところは物資輸送にも見えなくもない。
実際には、これらの貨物船には多数の兵士と兵器が満載されているのだが外からそれを判別することは難しい。貨物船の周りに軍艦がいるのも、転移後ならば「船団護衛」で片付けられるもので、不審に思われることはない。
というわけで、現状、アトラス海軍潜水艦部隊が出来ることはいつものように「監視」だけだった。
「上も勝手なものだな…殆どの兵力をこんな作戦に導入するとは」
アトラス攻略部隊の護衛を務めることになった第2艦隊司令は旗艦である駆逐艦の艦橋でぼやく。
彼が指揮官を務める第2艦隊の規模はかなり小さい。
所属しているのは2隻の駆逐艦と4隻のフリゲート艦だけだ。そもそも、ガゼレアの国力では大量の軍艦を配備することが出来ず艦隊は2つしかない。否、ガゼレアの国力を考えればよく艦隊を2つも作ったというべきかもしれないが、これはガゼレアが曲がりなりにも島国だから。
ただ、最新鋭の軍艦は基本的に第1艦隊にまわされるので第2艦隊の軍艦は就役から四半世紀経った旧式艦しかない。旗艦であるこの駆逐艦も35年前に就役し、10年前に第1艦隊から異動してきた。そのため第1艦隊の幕僚からは「旧式艦隊」などとバカにされているのだが――。
まあ、その第1艦隊が壊滅した以上、ガゼレアで使える外洋までいける艦隊はこの第2艦隊しかない。
「潜水艦の反応は?」
『ありません。平和そのものです』
司令官はCICにいる艦長に状況を確認するが返ってきたのは平和そのものという答えだった。実際には、アトラスの潜水艦がずっと少し離れたところにいるのだが旧式艦であるため搭載しているソナーは年代物であり、静粛性に優れたアトラスの核融合推進の潜水艦を探知することが出来なかった。
そもそも、ガゼレアが使っている兵器の大部分はガリアの技術で用いている。ガリアは5大国に入ってはいるものの、その技術力は他の5大国に比べれば一歩どころか数歩遅れており、他の4大国に匹敵するか一部では上回っている技術を持つアトラスと比べてもだいぶ技術的な部分は遅れていた。
「このまま何事もなければいいのだがな…」
「第1艦隊を壊滅させた相手ですからね…仮にたどり着いても無事に陸軍を上陸させることができるのでしょうか?」
「さあな。上はそこまでのことを考えてなさそうだからな…」
「せめて、ガリアの支援があればまだマシだったのですが」
「まったくだ。せめて、空母さえいればな…」
今回はガリアから艦隊支援がないので空母なしで挑むしか無い。
暫定政府はガリア側に追加支援を要請したが、その返事はあまり芳しいものではなかったという。余談であるがそれを聞いたトラードは激怒したのは言うまでもない。「ガリアとは付き合わん!」とまで言っていたらしいが、ガゼレアにとってガリアとの貿易がなくなれば国が干上がってしまうので周囲の官僚などが必死に宥めすかしたらしい。
「そもそも、亜人の暮らす島をとってどうするつもりだ?」
「奴隷でも増やすのでは?エルフが多数派らしいですし」
「色ボケどもが強引に進めたのか…」
嫌になる、とボヤきが止まらない指揮官。
一個侵攻軍を壊滅させた相手にロクな装備もなく突っ込むなど、普通の神経をしていたら遠慮したいところだ。この中で、乗り気なのは陸軍の指揮官くらい。一般兵士に関しては自分たちがどこへ向かっているのかも理解していないという。
だが、引き返すという選択肢は彼らにはない。
そんなことをすれば軍法会議もなく反逆者扱いになる。
さすがの、司令官もそこまでのリスクを背負いたくはない。さらにいえば、なんの抵抗も受けない可能性だってある。もちろん、それは高望みだというのは理解しているが軍人である以上、彼が出来るのは命令に従うしかなかった。




