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 アーク歴4020年 6月23日

 ガリア帝国 ザンパール

 首相府



「ガゼレアでクーデターだと?」


 外務省からの報告に首相のホセ・ルーリックは思わずその場から立ち上がってしまう。ガゼレアで不穏な動きがあるということは把握していたがまさか本当にクーデターが起きるとは考えてすらいなかったのだ。


「はい…国防大臣のトラード大将は国家元首代理に就任したようで政府の主導権も軍部が握ることになったようです。カンバーニ大統領の行方はわかっていませんが、軍事政権側は『亜人によって暗殺された』としているようです」

「軍部側にとってみればガンバーニ大統領は目障りな存在だろうからな…消されたか」

「いえ、軍事政権側もガンバーニ大統領を本当に見つけていないようです。トラード大将は早く政権を掌握するために大統領は暗殺されたということにしたようですが…」

「まあ、亜人は彼らにとって見ればスケープゴートに最適だからな。何が起きても亜人が悪いと言えばそれで世論を納得させられる」


 それに、騙され亜人排斥運動に勤しむ国民もまた哀れな存在だ、とルーリックは嘆息する。もちろん、それはガリアも同じなので他国のことばかりを言っていられないのだが。

 どこの国にも言えることだが、時の政府というのは国民の不満をなにかに逸らそうと画策する。地球でいえばソ連や北中国は西側諸国へ向かわせているし、一方の西側諸国も中ソという東側諸国へ矛先を向ける。近年のヨーロッパなどはアフリカや中東から押し寄せる難民に、一方のアメリカはソ連以外に大量にこちらも流入してくる中南米からの不法移民あたりだ。


「どうもガゼレアは漁船まで接収して、アトラスにもう一度攻め込むつもりのようで…」

「ガゼレアから距離をおいたほうがいいかもしれんな…」


 もっとも、ガリア国内でもガゼレアに近い考えを持つ者も多い。

 盛大に政治で失策したことから政治の中枢から離れているものの、その組織力は現政権よりも巨大であり、ルーリックも彼らの意見を無視することはできない。だからこそ、空母をがゼレア支援のために派遣したのだ。

 結果は空母は無事だったが、南部の基地にてひどい被害を受けた。

 幸いなことに主力基地ではなかったが、それでも基地の復旧に相応の金は飛ぶし、亜人嫌いの連中をますます本気にさせることとなった。今度は大軍を派遣すべきだ、という意見は保守派を中心に根強い。

 皇帝が否定的だからまだいいが、保守派は皇太子に取り入ろうとしている。皇太子は、皇帝と違って非常に保守的な考えをしているので、仮に譲位を皇帝に迫った場合は元老院も保守派が多数なことを考えると無理やり皇位交代はありえる。

 そうなれば、ガリアもアトラスと全面戦争になるのは確実だろう。


(負けることはないがかといって勝てるわけでもないしな…)


 ルーリックたちには「太平洋条約機構」という軍事同盟の存在は掴んでいない。なので、アトラス単体と相手になると思っている。実際にはガリアとガゼレアがアトラスに再度、全面的に攻め込む姿勢を見せた瞬間に日本やイギリスなどがアトラス側にたって参戦することになっているので、一気に状況はガリアにとって不利なものになる。


「保守派の連中の動きは?」

「今はまだおとなしいですが。彼らもガゼレアの動きを知るのは時間の問題かと」

「そのことを知れば派兵を叫ぶだろうなぁ。連中は」

「ただ、数で押せば有利になるのでは?」

「兵站を確保出来るならばな」


 ガゼレアほどではないが、ガリアも貨物船や輸送船の数は不足しており、物資輸送の面で不安を抱えている。兵力でものをいって複数の島を確保したとしても兵站がしっかりしていなければ進軍も長期占領も難しいのだ。

 略奪すればいい、ともいわれるが大きい島ならともかくフローリアス諸島のような島々では略奪したとしてもすべての兵士を食わせていく食料もなければ武器・弾薬もそれほど備蓄していないだろう。そして、より大きい島にはアトラスの主力がいるはずなので補給がなければ一気に部隊は崩壊するだろう。

 保守派が果たしてそこまで考えているのか――おそらく、そんな細かいことは考えていなさそうだ。保守派もガゼレアと一緒で亜人を無意識に見下しているのだから。




 西暦2025年 6月25日

 ブルガリア共和国 東部

 ベルカ帝国陸軍 第5装甲軍団 前線司令部



「随分、手酷くやられているな。ゴードウィン」

「…アンベール。なぜここに?」


 天幕の中に入ってきたのは士官学校の同期で現在は中部管区軍に属する第7軍団の軍団長を務めているアンベール中将だ。


「援軍だよ。今後は中部管区からも部隊を派遣することが決まった。こっちにも伝わっているはずだが――見なかったのか?」

「…ああ、これか」


 アンベールにいわれてゴードウィンはデスクの上に山となって積まれていた報告書の一つをつまみ上げる。確かに、そこには中部管区から3個軍団を増援に送ると書かれていた。


「おいおい。少し見ない間に随分と腑抜けたな」

「所属部隊の大半がやられたからな。まさかここまで追い詰められるとは思っていなかったのさ」

「まあ、敵は随分なやり手だというのは聞いている。だからこそ、新司令官殿は俺たち中部管区からも部隊を引き抜くことにしたらしいからな」

「長官も変わったんだったか」

「ああ、西部管区のマイヤー大将がな。陛下直々の人事らしい」


 前任者のヴィントスタットは色々と嫌味なヤツで人望もなかったが、マイヤー大将は少なくとも部下からの人望が厚い指揮官だ。普段あまりそういった人事に手を加えることがない皇帝が率先した動いたという点でも中央では何かが起きているのだろう、とゴードウィンとアンベールは考えた。


「――それで、敵に関しての情報を知りたい」

「そうだな…少なくとも数は我々のほうが多い。しかし、連中の使っている兵器はおそらく我々以上だ。特に、空軍戦力は手強い。空軍の戦闘機が一方的にやられて制空権を握られているからな。ドレイゼンもかなり苦戦している」

「空軍の支援が受けられない可能性があるということか」

「少なくとも最近は空軍は戦闘機を飛ばしていないな。噂によれば西部航空軍の6割がやられたという話だ」

「…向こうで聞いていた以上に厳しいじゃないか」


 空軍の支援も難しいという話に思わず眉を寄せるアンベール。

 彼は、本国にいるとき殆ど現地の情報を得ることが出来なかった。中央からの情報は「作戦は順調に進んでいる」というものだったし、それを信じる将校は多かった。

 だが、前線に来てみれば本部の情報とは真逆に追い詰められた友軍だった。

 西部管区軍に所属している3個軍団はほぼ半壊しており、中には師団まるごとひとつなくなったような軍団もある。ブルガリアの第5装甲軍団も予想以上に損耗は激しく、今は塹壕をほって連合軍の前線と睨み合う状態だ。

 戦車を出そうにも、主力戦車の「エルファン」は連合軍の「ルクレール」や「レオパルド2」などといった第3.5世代主力戦車相手に分が悪いため最近では戦車の損害を防ぐためになるべく前線に出さないようにしているほどだ。

 こういった、前線の現状を伝えられたアンベールの顔色は悪かった。



 正暦2025年 6月28日

 パキスタン共和国 ラーワルピンディー

 統合参謀本部



「カラチが陥落したか」

「やはり、通常兵力ではインドに及ばんな…カシミールは?」

「半分ほど奪還されたようだ」


 パキスタン軍の最高意思決定機関である統合参謀本部では軍高官たちが険しい顔を突き合わせて現状確認を行っていた。軍の一部の勇み足という形で始まったインドとの戦争は、序盤こそ奇襲作戦がはまったことで係争地のカシミールなど幾つかの地点を占領することに成功したが、物量にまさるインドの体制が整うと一気に劣勢になり、インド軍はパキスタン南部やカシミール地方へ侵攻。最大の都市・カラチはつい数日前に占領され、カシミールのパキスタン支配地域の大部分もインドによって占領されるなど、戦況はパキスタンにとって非常に厳しいものとなっていた。


「インドの主要都市に対して核攻撃は?」

「反撃されてこちらの主要都市も焼き払われるし、ソ連やアメリカまで介入してくるぞ。やめたほうがいい。それに――核兵器の数でも我々はインドに負けているよ」


 核兵器使用などという物騒な話が出てきたが、そこは統合参謀議長が最終戦争にまではしたくない、と否定的なことを言う。なにせ、核兵器を撃ち込んだら間違いなくソ連が出てくる。ソ連が出てくるならば北中国も出てくるだろうが、それはすなわちユーラシア大陸が死の大地になることを意味している。さすがに、議長はそこまでの破滅思想は持ち合わせていなかった。


「だが、戦術核クラスを使わなければインドの連中に我が国は蹂躙されることになる!」


 危機感が極限状態となっている陸軍参謀総長は議長に「何を悠長な!」という具合に食って掛かる。

 彼らにとっては国家存亡の危機なのだが、そもそもことの発端は彼らの先走った行動によるものなのだから見る人が見れば自業自得だと思うだろう。実際に、北中国の最高指導部にアメリカ政府はそう考えている。

 人民解放軍はインドがより力を増すのを嫌がっているから介入する気満々だったがその手の好戦的な軍人は「汚職」を理由に罷免されているなど、北中国側はさっさと面倒そうな軍人を排除している。

 ちなみに、インド側も出来るならさっさとこんな戦争終わらせたいのが本音だが、インドにも面子というものがありパキスタン側に譲歩するような形で戦争を終わらせるのは世論の反応という点で出来ず、更に今回はパキスタンによる一方的な軍事侵攻ということもあって止めようにも止められない状況であった。


「ともかく、戦術核はなしだ…民兵も総動員しゲリラ戦でインド軍を消耗させるしかあるまい――それで、F-16はだめなのか?」

「ああ。一切動かすことが出来ない。おそらくアメリカの仕業だろうな」

「F-16はテロリスト相手のみ使うのを認めるか…まったく、厄介な条件をのんだものだ」

「仕方がないだろう。そうでもしなければ売ってくれなかったのだからな」

「まあ、北中国が協力してくれたおかげでFC-1を導入出来たのだから技術的な意味ではよかったではないか」

「だが、そのおかげで我が空軍の3割は使い物にならなくなったんだぞ」


 ちなみに、数の上での主力はまだF-16だが、最近になってFC-1がその数を増やしておりそれ以外にF-5などが存在する。ただし、やはりインド空軍に比べれば数の上で劣勢だ。まあ、これはインドとパキスタンの経済力の差とそもそも人口という物量が10億人以上違うのだから仕方がないだろう。

 というように、いくら人民解放軍の存在をアテにしていたとしても今回の件は無謀だったのだ。


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