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 正暦2025年 6月14日

 日本皇国 横浜市保土ケ谷区

 日本陸軍 保土ケ谷駐屯地 仮想訓練室



 実在する日本の都市部を再現した仮想空間において日本陸軍のある特殊な部隊が訓練を行っていた。

 その部隊とは、陸軍特殊作戦団に所属する第110特殊装甲歩兵大隊。

 近年になって日本など一部の先進国で運用が始まったパワードスーツを運用する特殊部隊である。


「今年の新人は中々にやるようだな」


 第110特殊装甲大隊の大隊長を務める吉井中佐たち大隊の幹部たちは訓練の様子を確認するために訓練室の隣にある管理室内のモニターを見ていた。

 訓練の内容は市街地に侵攻してきた敵部隊の撃滅である。

 つまりは、市街地戦が今回の訓練テーマであった。

 そして、現在訓練を行っているのはこの春に配属された新人隊員たちである。新人といっても元々別の特殊部隊や歩兵部隊に配属されていたので兵士としてはある程度の経験はある。ただし、一般部隊にはパワードスーツがないのでパワードスーツを用いた(仮想ではあるが)戦闘は初めてという意味での新人だ。

 第110特殊装甲歩兵大隊が特殊作戦団内に設立されたのは3年前。

 元々パワードスーツ開発は陸軍内で極秘裏に進められていたものであり、アメリカやソ連といった海外においても研究が続けられていた。最初に実用化したのはやはりアメリカであったが、日本もアメリカに続く形で実用化する目処がたった。そこで実験部隊として設立されたのが今の第110特殊装甲歩兵大隊である。

 そして、その設立を主導したのが大隊長の吉井中佐であった。


「我々も実戦を早く積みたいものですが…」

「まあ、こいつはかなり特殊だからな。米軍でさえ中米やヨーロッパに出していない。こいつが活躍するのは当分先さ」



 未だに実験部隊である第110特殊装甲歩兵大隊を含めた各国のパワードスーツ部隊は、中米戦争やバルカン戦争などには派遣されていない。各国の軍上層部はまだ高価なパワードスーツに何かあったら困るといって派遣に積極的ではないのだ。まあ、上層部が尻込みするのも無理はないだろう。それだけの予算をこのパワードスーツにかけているのだから。

 中佐たちがそのような会話をしている間にも、訓練は順調に進んでいる。

 パワードスーツを着た兵士たちが的確に敵を排除している。その戦いぶりはこの訓練をはじめて数回とは思えないほどにスムーズだ。その原因は今回の部隊指揮を取っている少尉によるものが大きいだろう。

 倉田始少尉。

 三年前に陸軍士官学校を卒業したばかりの若手士官だ。

 今年の三月までは第1歩兵師団に所属していたが、パワードスーツ部隊への転属を希望し適性試験において高い適性を持っているとわかったことからこの第110特殊装甲歩兵大隊へ転属となった。


「倉田少尉は本当に掘り出し物だな」

「そうですね、いずれは我が部隊のエースになるかもしれませんね」

「その時は、パワードスーツが一般化していればいいがな」

「今はコスト面と整備性がネックですからね…」

「ロマンはあるんだがなぁ」

「ロマンだけじゃ軍隊は成り立ちませんから…」

「海軍の連中はロマン特化している気がするがねぇ。今どき戦艦だぞ?あれで海軍予算の半分が吹っ飛んだって普通じゃ考えられんよ」

「海軍の連中は昔から妙な軍艦ばかり導入していますから…ただ、我が国は島国。あれでも実際に役に立っていますからねぇ。艦砲射撃もそうですし、多数のミサイルを搭載できるのでミサイルキャリアーにもなります。まあ、一番の問題がコストなのはどうしようもないところですが…」


 などと雑談している吉井中佐と幕僚の大尉だがその目はしっかりとモニターに向いていた。



 この春に、第1歩兵師団から第110特殊装甲歩兵大隊に異動した倉田始少尉は、士官学校時代からパワードスーツ部隊の存在を知り所属を希望していたという一種の変わり者だ。

 しかし、いくら希望していてもパワードスーツ部隊は特殊部隊。

 相応の技量がなければ選抜されることはない。しかし、倉田少尉は高い適性を持っていたことから士官学校を卒業して3年ほどで希望叶いパワードスーツ部隊である第110特殊装甲歩兵大隊への配属となった。

 とはいえ、パワードスーツを直接動かせたのは数回だけだ。

 殆どの訓練は今回のように仮想訓練室で行われているが、仮想空間とは思えないほどにかなりリアルな訓練が行われるし被弾すればダメージもしっかりと受ける。一般には出回っていないが軍事技術というのは本当に日々急速に進化しているようだ。


「おう、お疲れ。倉田、お前は本当に筋がいいな」

「ありがとうございます。でも、まだまだですよ」

「謙遜を…俺に一本とったくせによ」


 倉田に声をかけてきたのは先輩である三雲忠司中尉だ。

 この部隊においては最もパワードスーツを乗りこなしている隊員なのだが、つい一ヶ月ほど前に行われた模擬戦で倉田はその三雲相手に勝利していた。

 それから、三雲は結構頻繁に倉田に絡むようになった。

 まあ、絡むといっても単に倉田のことが気に入って声をかける頻度が増えただけなので実害はない。


「あれは偶然なんて言うなよ?お前の実力は本物だよ」

「あ、ありがとうございます」

「なんだ?三雲がまた倉田に絡んでいるのか」

「一本とられたからって粘着すんなよな~」

「そんなんじゃねぇよ!」


 ぞろぞろと三雲と同期の隊員たちが集まり、三雲をからかう。

 三雲は険しい顔をしながら言い返すがもちろん本気で怒っているわけではない。


(…退路を塞がれた)


 一方の倉田は暫く先輩たちの玩具になることが確定してガクッと肩を落とした。




 西暦2025年 6月15日

 日本皇国 芦原島




 芦原島の調査が始まって半年余り。

 島の北部――海岸に近い場所は当面の拠点として大規模な建設工事が行われている。建設作業は当初、工兵隊が行っていたが後から民間のゼネコン主導に代わり現在は全国各地から建設作業員が派遣され、芦原島に泊まり込む形で24時間3交代制という突貫体制で工事を進めている。

 そのおかげで、当分島の玄関口となる港は簡易的であるが大型船も停泊出来る岸壁が建設され本土から定期的にやってくる貨物船が建設資材などの運搬を行っている。

 建設現場から少し離れたところには、作業員達が寝泊まりするプレハブ造の長屋が立ち並んでいる。災害においての仮設住宅として使われているものだが、電気やガスに水道といった生活に不可欠なインフラは完備されており長屋の近くには作業員用の食堂や売店なども作られているなど、本土から離れた未開の島でもある程度文明生活を作業員たちがおくれるような体制が整えられていた。

 最初期は、そういった施設もないので作業員たちは沖合に停泊してある船に寝泊まりしていた。その船は現役の客船を政府が借り上げた上で運用していたものだが地上での拠点ができたことから一ヶ月ほどで退却している。


 作業員を集めるために給料は他の作業現場に比べても高額に設定されており、それによって北は樺太から南は南洋諸島まで全国各地から作業員が集結することになった。まあ、それだけ待遇を良くしなければ未開の地を開拓する事業に集まる物好きはいなかったともいえるが。

 政府は、周辺の島と合わせてこの地域を「芦原州」として開発することを予定しており、すでに開発予算は今年度予算に盛り込まれて衆参両院を通過している。

 開発は北部を中心に行われる予定で、南部に関しては引き続き軍による調査が続けられ当分の間は手をつけない方針としていた。まあ、これは予算の都合だろう。一気に大規模に開発するほどの予算はまだつけられていないのだ。とりあえず、天然資源が豊富で土壌も肥沃であり、大規模な河川もあることから水の問題も少ないと判断された北部を中心に開発し、土地が荒れているとされている南部は後回し――というのが内務省や建設省の方針だ。



「未開の無人島開発なんて誰がやるんだ、と思ったけれど。案外人集まるもんだなぁ」

「政府の連中。この島を『宝の島』にしたいのさ。だから、俺らがこうして突貫工事しているわけ。内陸じゃ早速、石油の採掘試験やっているらしいぜ?」

「もうやっているのか?随分急いでるなぁ」

「油は日本にとっちゃ生命線だからな」


 長屋に付属している大浴場でこの日は非番である作業員数人が談笑しながらゆっくりと風呂に浸かっている。ちなみに、各長屋にもシャワーや浴室があるので大浴場に来なくても風呂に入ることはできるが殆どの作業員は無料で入れる大浴場に行っていた。


 作業員たちの会話の通り、内陸部に見つかった油田は現在専門業者が試験採掘を行っている。こちらの作業員もこの長屋で寝泊まりしているので話を出した作業員は偶然知り合った採掘業者からこのことを教えてもらった。


「本格的な採掘が始まれば、ウチも資源大国になるのかね」

「お偉いさんはそれを期待しているらしいようだな」

「そりゃ、本気で開発しようとするわけだ」

「まあ、俺らは高い給料をもらえるし。仕事の環境もこのように天国だ。ネットだって繋がっているしな」


 ここは天国だよ、と作業員の一人が言うと他の全員が同意するように頷いた。



 開発が進みつつある北部と違って南部は現在も軍による調査が行われていた。海兵隊が先行して調査を行っていたが一ヶ月ほど前から北部の調査が終わった陸軍の第22歩兵連隊も加わっている。

 島の南部は、北部に比べると山がちな地形をしている。

 東西を隔てるように標高2000mほどの山々が連なっており西部はその山地が続く形で平地は川が削り出したような僅かな場所しかなく、一方の山の東側は大規模河川がありその川沿いに大規模な扇状地が形成されていた。

 兵士たちの宿舎も島の南東部に置かれている。

 北部に比べると開発できる場所も少なく、土地もそれほど肥沃ではないことから、政府は南部の開発は後回しにすることを決めていて、今は軍人と政府によって許可が出た研究者のみが立ち入れる場所になっていた。


「ここの植物は中々に調査のしがいがある」

「未知の生物だらけ!まさに我々研究者にとっても『宝の島』ですな!」


 鼻息荒く植物や昆虫などを観察しているのは許可を得て島に上陸している植物・昆虫・動物の専門家たちである。それぞれ、国立大学で日夜研究を続けている――まあ、いうなればそっち方面に思考が持っていかれている残念な人達といえるだろう。

 そして、そんな研究者たちの警備につくことになった兵士たちはすでに疲れ果てていた。なにせ、研究者たちは目についたもの全てに興味を持ち観察に没頭するのだ。これでも、業界では名の知られた研究者らしいのだが兵士たちからみれば年甲斐もなくはしゃぎまわるおじさんとおばさんにしか見えない。


「…とんだ貧乏くじひいたかもしれん」

「まあ、そう嘆くな。ここでの生物の調査ってのはかなり重要だからな」


 テンション高い研究者たちにドン引きしている護衛の兵士に、上司である小隊長が苦笑いを浮かべながらこれは重要な任務だから我慢しろ、と言って肩をポンポンっと叩く。

 異世界の島だということもあり、植物もそして動物も基本的に地球では見かけないものが多い。これらの生態や人間たちに害はないのか――そういった研究を続けるには現地で直接調査をするのが一番だ。

 実は、大学などの研究機関から政府に対して「早く調査を進めたいので上陸を許可しろ」という催促を再三に渡って行っていた。政府としても、異世界の動植物の調査というのは必要だと理解していたことから安全が確認された先月の段階で研究者の上陸を許可していた。


「確かに見たことのない動物や虫ばかりですからね。毒があるのかどうかすらわからないし」

「だからこそ専門家の彼らの出番というわけだ」

「で、俺らはそのお守りと」

「まあ、危険な野生動物がいるかもしれんからな」

「あの様子を見ると喜び勇んで特攻するイメージが…」

「彼らも専門家だ。そんなことはしないだろう」


 などと言う小隊長だが最後に小さく「多分」と自信なさげに言葉をつけたのを部下では兵士長は聞き逃さなかった。


「本当に大丈夫なのかね…」


 新種の虫などを見つけて大騒ぎしている研究者を見て兵士長は深々とため息をはいた。


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