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西暦2025年 6月3日
ユーゴスラビア連邦 マケドニア共和国 スコピエ
ユーゴスラビア構成国の一つマケドニア。
その首都であるスコピエは現在、ベルカ軍によって占領されていた。
補給などの問題もあってこの地を守備していた連合軍は二ヶ月前に後退。その後にベルカ軍の1個師団が同地を占領、現在は更に1個師団が派遣され同地を警備している。
スコピエの住民はすでに他国へと避難していた。連合軍が後退したのも住民の避難を確認した後だ。連合軍は反攻に備えて戦力の再編成を行っていた。ちょうど日本などからの増援部隊が到着しており、改めて指揮系統の確認などを行うためには時間が必要だ。ベルカ軍は一つの主要都市を占領するとそこを前線拠点にする傾向があり、その時は進軍速度が大幅に落ちることから連合軍はその時間を稼ぐためにこうした大都市から後退していた。
「敵のほうが優勢なのになぜ後退しているのだろうな」
「兵站不足なのでは?」
スコピエ市内にあるユーゴスラビア国防軍司令部に入った第27歩兵師団長である少将はなぜ連合軍が主要都市からあっさりと後退したのか分からず首をひねる。
副官である若い中尉は連合軍は兵站に問題があるのでは、と推測するが師団長はそれはないと首を横にふって否定した。
「それはないな。空軍の偵察機の情報では敵はかなり大規模な補給拠点を各所に設置している。攻撃機を飛ばしたようだがすぐに迎撃機が飛んできて攻撃機は全滅したらしい。むしろ、兵站に問題があるのは我々のほうだよ。敵の攻撃で輸送拠点は幾つか消えたし橋の破壊などで大幅な迂回を強いられている。今はまだ本国に近いからなんとかなっているが、離れるたびに補給は厳しくなっていくだろうな」
「では、敵は我々に兵站不足を起こそうとしているということですか?」
「――可能性はある。結局いくら兵力がいても食うものがなければ動けないし。武器弾薬がなければ戦うことはできないからな」
どんなに大量の兵士を抱えていてもそれを食べさせる量の食料が必要であるし、武器と弾薬がなければ効果的な攻撃はできない。ベルカはこのどちらも揃っているから大規模な軍の動員が出来るわけだが、物資を集める拠点がやられてしまっては話が別だ。
そしてなによりも、ベルカの西方というのは開発が遅れている地域なので道路もそれほど整備されていない。道路が整備されていなければトラックなどの走行にも支障が出る。今回は更に橋なども爆撃で破壊されているのでただでさえ少ない幹線道路の大部分がやられたことで物資の輸送速度が大幅に低下しているのだ。
「まあ、ともかくまた敵がこの町を奪還しにくるのは確実だ。2個師団で足りればいいんだがなぁ」
師団長はボヤきながら窓の外を見る。
これまでの町と違ってこの街はほとんど破壊されていない。だからこそ歴史を感じられそうな建物が多くあるように見えた。
帝国暦220年 6月2日
ベルカ帝国 アンベルク
アンベルク城 皇帝執務室
ベルカ帝国第24代皇帝ヴィンヘルムが皇位についたのは10年前だ。
それも譲位されたものではない。父親である先代から軍部を味方にして奪い取った――すなわちクーデターによって皇位についた。
ヴィンヘルムがそうした理由は簡単だ。
先代の皇帝はあまりにも無能だったからだ。
先々代のときに大陸統一という建国時の野望を達成したベルカ帝国。その統治手法はなるべく占領地で反乱が起きないようにという穏やかなものであった。しかし、ヴィンヘルムの父親の代になると苛烈な占領統治が行われるようになり当然ながら各地で反乱が発生した。それらを軍事力でもって黙らせたわけだがそんなことをすれば国はすぐに困窮してしまう。実際、先代皇帝が在位していた4年ほどはベルカの経済は大きく悪化した。
更に、先代はイエスマンばかりを側近などに並べ自分に傅く軍部の無能な連中を将校に引き上げるなどした。確かにこの国は皇帝の力が絶大な絶対君主制だが無能がトップにたてば当然ながら国が傾く。
それが我慢ならなかったヴィンヘルムと密かにクーデターを画策し、そして10年ほど前に実行した。先代はまさか自分の息子がクーデターを起こすとは考えていなかったようで様々な罵詈雑言を浴びせたがすでに彼を肉親とすら思っていなかったヴィンヘルムはただ聞き流した。
そして、国を混乱に陥れたという理由で第23代皇帝・カートは現在も辺境の地で幽閉されている。カートによって引き上げられた勢力は未だにカートを救出しようとしているし、軍上層部もカートによって任命された者がまだ多く残っているがそれでも10年前に比べれば国の状況は落ち着いている。
国民の支持も先代に比べれば雲泥の差と言えるほどに高く、占領地域での反乱も起きてはいない。
しかし、今年に入って問題が起きた。
西方に繋がった未知の大陸だ。
軍部の好戦的な連中が先走って始まった未知の大陸への侵攻は苦戦していた。最初は先制攻撃だったこともあり多くを占領できたが相手の反撃体制が整ってからはほとんど前進できていない。
ヴィンヘルムはこの軍部の動きを半ば黙認する。
今更、領地が増える必要はないと思っているが軍部の「ガス抜き」に使えると思ったからだ。まあ、下手に叩いた結果ドラゴンを目覚めさせる結果になったのでヴィンヘルムは当時の自身の決定を今更ながらに悔いていた。
「全く…ヴィントスタットめほぼ嘘しか書かれていない報告書を出すとは。この私をバカにするのも大概にしろ」
皇帝の逆鱗を恐れてのことなのか軍部からの報告書は総じて戦果を誇張して書かれていた。先代ならば素直に喜ぶだろうがヴィンヘルムには通用しない。なにせ、彼には独自の情報網があるからだ。
それによれば前線は初期からずっと苦戦している。
占領地は徐々に増えているがそれは戦闘によって得たものではなく敵が後退したから占領できたというものばかりだ。敵はおそらく時間をかけながら戦力を集めているのだろうが、それを阻止することは現時点で軍はできていないようだ。
「そろそろ、陸軍長官人事を改める必要があるな…」
平時においての長官というのは誰でもなれるのだが有事の際は別だ。
当人は色々と勘違いして軍内で政治ごっこをしていて対立しているマイヤーへの支援をしないなどしているし、今回のように捏造だらけの報告書を出すあたりどうやら色々と勘違いをしているようだ。
「ルドルフ――新しい陸軍長官候補に心当たりはいないか?」
ヴィンヘルトは同席している宰相のルドルフに誰か候補がいないかと尋ねた。ルドルフはヴィンヘルトの側近中の側近であり先代次代の末期から宰相を行政事務を取り仕切っている。
ヴィンヘルトからの信頼も厚く実質的に帝国のナンバー2だ。
「そうですな…西部軍管区のマイヤー大将あたりが適任かと。ヴィンヘルト長官に何かと目の敵にされていて今は西部に飛ばされていますが。部下からの信頼も厚いですし、現場を良く知る指揮官です」
「ふむ、マイヤー大将か…ではヴィンヘルトには今回の件で『責任』をとってもらうことにするか」
そう言ってニヤリと嘲笑うヴィンヘルム――それはまさに覇王の風格を感じさせる笑みであった。




