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 正暦2025年 5月20日

 ユーゴスラビア連邦 セルビア共和国 ベオグラード

 欧州連合軍 前線基地



 ヨーロッパに派遣された日本軍の中で最も先にヨーロッパの地に降り立ったのは、辺野古駐屯地を拠点にしている陸軍第2空挺旅団の第21空挺大隊であった。

 第21空挺大隊はこれまで湾岸戦争や、アフガニスタンへの軍事支援など数多くの戦争に投入された精鋭部隊であり所属隊員の多くは厳しい訓練をくぐり抜けた猛者たちばかりだ。


「いよいよ実戦か…」


 とはいえ、その中にも新人隊員は所属する。

 井上一等兵は去年、第21空挺大隊に配属された新人だ。

 新人といっても厳しい空挺訓練を受けてから空挺部隊に配属されたので当然ながらその能力は優秀だ。空挺旅団に異動する前は樺太の第27歩兵師団第132歩兵連隊に所属していた。第27歩兵師団は北樺太防衛を担当している精鋭師団であり、ノルキア帝国の樺太侵攻時にも防衛の最前線にたっていた。配属される兵士たちはいずれも精鋭揃いで、井上一等兵もその内の一人として昨年厳しい選抜試験を突破して空挺隊員の仲間入りとなった。


「井上。随分と緊張しているようだな」


 少し緊迫した面持ちで準備をしていた井上の肩をポンッと叩いたのは彼が所属している小隊を率いている犬飼少尉だ。

 犬飼少尉はアフガニスタンやソマリアに派遣された経験のある叩き上げのベテラン少尉であり、こうして配属されたばかりの新人などが初実戦で不安そうにしているのを見つけると積極的に声をかけるようにしていた。


「し、少尉殿。申し訳ありません」

「気にするな。誰だって初実戦というのは緊張するもんだからな。だが、お前はあの厳しい訓練を突破してここにいるんだ。訓練のことを思い出していれば大丈夫だよ」

「は、はい!」


 突然、上官に声をかけられ更にガチガチに緊張した井上一等兵だが犬飼少尉の言葉を聞いて少し表情が和らぐ。それを確認した犬飼は満足そうに頷くとその場を離れていった。



 ベオグラードの前線基地にはドイツ・イタリア・スペイン・オランダ軍によって構成された第1欧州軍の司令部も置かれている。この、第1欧州軍団はユーゴスラビア方面を担当しており、ドイツから5個師団。イタリア3個師団。スペイン2個師団。オランダ・ベルギー・オーストリア・ノルウェー・ポルトガルが1個師団ないし1個旅団規模の部隊を派遣させていた。

 いずれも、各国軍における即応部隊であり最初期からギリシャ及びユーゴスラビア方面の戦闘をアメリカの第7軍団と共に担当している。

 ちなみにブルガリア方面はフランス軍主体の第2欧州軍が管轄している。

 第1欧州軍の指揮官はドイツ陸軍のハンス・イェーガー中将が務めていた。


「いやぁ、遠くからヨーロッパ救援に来ていただいて本当に助かった。何分、敵はソ連に匹敵する大軍勢だ。各国では予備役を動員するなどして対処にあたっているんだが何分半世紀以上ぶりの本格的な戦争なもので、準備が中々進んでいないんでね」


 イェーガー中将がそういって感謝の言葉を伝えているのは第2空挺旅団長の中村准将だ。到着の挨拶も兼ねて司令部に顔を出したらイェーガー中将に捕まってこうしてしきりに感謝されていた。


「それほど前線は厳しいのですか?」

「今はなんとか抑え込んでいるといった状況だね。制空権も制海権もこちら側にあるんだが。敵の兵力が無尽蔵でね…未だに大量の戦闘機やミサイルが飛んでくる始末だ。実は、ベオグラードにも何発か落ちていてね。ユーゴスラビア政府は南部一体に避難命令を出すことを検討している。ブルガリアも一時は進軍を抑えていたんだが、敵が増援部隊を送ったことで戦線はどんどん後退していっている。相手にも相当な出血をさせているはずなんだがねぇ…次から次へと敵が湧いてくる状態だよ。今の前線は」


 一応、移動中に敵の規模はソ連並かそれ以上という報告は聞いていた中村旅団長だったが、イェーガー中将から語られる前線の状況は彼が想定していた以上に悪かった。


「だからこそ、日本などの太平洋の国々が軍を派遣してくれたのは我々としては非常に有り難い支援だよ」


 今回、ヨーロッパに向けて軍を派遣したのは日本やイギリスだけではない。

 朝鮮連邦や中華連邦も陸軍を派遣していた。どちらもアジア屈指の地上戦力を抱える陸軍国家で、これらの装備や人員の輸送には日本やアメリカなども協力していた。

 すでに、空挺部隊などがヨーロッパに到着しておりそれぞれ受け持つ地点へ移動している。

 日本などから援軍が来るというのは、前線の兵士たちの士気を向上させるのにも一役かっていた。




 ベルカ帝国暦220年 5月23日

 ベルカ帝国 ウェフボーレ州 州都・タンベルク

 ベルカ帝国陸軍 西部管区軍総司令部



 ベルカ帝国西部――ウレンスター半島の北部にあるウェフボーレ州。

 40年前までは独立したウェフボーレ王国であったが、ベルカ帝国による侵攻を受け王国は滅亡した。

 州都であるタンベルクはかつて「タンリード」という名前であったがベルカに占領された後に現在の名前に改められている。この、タンベルクには現在バルカン半島侵攻の主力地上戦力を送り込んでいる陸軍西部管区軍の総司令部が置かれていた。

 ウェフボーレ州はベルカ帝国領で唯一連合軍による攻撃を受けていた。

 目標は軍事施設に限定されており、西部管区軍の総司令部も連合軍の空爆によって破壊されたため、現在は市内にある別の建物に司令部機能を移転していた。



「閣下。陸軍本部からです」

「どうせ、早く攻略を進めろという元帥閣下の殴り書きだろう?」


 西部管区軍総司令のマイルズ・マイヤー大将は嫌そうな顔をしながらも副官が持ってきた書類を受け取って目を通す。

 予想通り書かれていたのは「いつになったら制圧できるんだ」という殴り書きであった。陸軍長官のヴィントスタット元帥は皇帝からすっかりと見放されたことから非常に焦っているらしい。

 とはいえ、どんなに帝都から「どうにかしろ」と言われても現場の現状は悲惨としか言いようがない。すでに50万人規模をバルカン半島に投入しているがなんとかギリシャ一国とブルガリアの南半分。そしてユーゴスラビア連邦の一部を占領できているが、作戦初期以外は相手の軍が退いたから占領できただけに過ぎず、前線の消耗度合いはかなり高くなっていた。

 

「前線の情報は上層部にも伝えているんだがな…」

「帝都の連中は派閥争いで忙しいですからね。こちらの情報なんて一切見てないですよ」


 ため息を吐くマイヤー大将に対して副官は表情を変えずに毒を吐く。

 そんな毒、上層部に聞かれたら処罰の対象になりそうだが副官は一切気にした様子はない。まあ、こんな辺境の州にそこまで野心のある者が配属されているわけではないので、副官もそれを知っている上であえて言ったのだろう。

 副官の言う通り、中央の軍人は派閥争い激しい。

 マイヤー大将も一時期、中央でそれなりの地位にいたが派閥争いに巻き込まれて大将昇進と同時に陸軍内では「閑職」と言われているこの西部軍管区へ事実上左遷させられた。ちなみに、その左遷人事を決めたのがヴィントスタット長官である。マイヤー大将は特に特定の派閥に所属しているわけではなかったのだが、ヴィントスタットと対立関係にある者と親しい付き合いをしていたこともあって左遷の対象になったらしい。

 まあ、マイヤー自身は面倒な中央から離れることができてよかったと思っているので自分が左遷されたという実感はないし、ヴィントスタットと対立していた将校も同様の考えをしていたので長官の行った人事はまったく敵へのダメージになっていなかった。


「兵站設備もやられ補給路の確保も難しくなった。それに伴う兵士の士気低下…これらは我々だけではとても対処出来るものではないんだがなぁ」

「空軍もウェフボーレ近辺の基地はすべてやられましたからね…一応、新型機を導入しているあたりウチよりはマシですが」

「その新型も敵戦闘機相手には中々優位に戦えていないしな…」


 それで、余計に士気が下がっている状態だ。


「少なくとも敵は我々よりも高い技術力を持っているのは確かだろう。前線からの報告を見る限り小型機を無数に用いてこちらの戦車や装甲車を破壊している――おそらくは無人機だろうし、戦車も我が国の『エレファン』以上の防御力と攻撃力を持っているようだし。我々が敵より優れているのは数くらいだろうな」


 もっとも、その物量だって無限にあるわけではない。

 ベルカ帝国の総兵力は500万人もいるし、食料に関しては問題はない。

 一方で、燃料や弾薬そして兵器に関してはやや心もとない。このまま長期戦になればいずれも不足し戦闘を継続することはできない。上層部はその前に敵地を占領し略奪できればいいなどと考えているようだが、マイヤーは今の戦況を考えると略奪など到底できないだろうと考えていた。


「――この戦争は我が国が最終的に負けるだろうな」

「誰かに聞かれたら反逆罪と言われそうですね――ただ、私も同意見です。我々は敵の戦力を大きく見誤っていると思います」

「ああ、どうも本部は敵の息切れを最終的に狙っている。これまでの、我が国が得意としてきたやり方だし実際それでユーロニアを完全に支配下に置くことはできたが…それが、他の大陸にも通用すると考えてしまっている」


 しかし、ユーラシアの場合は初期の段階でその目論見は破綻した。

 相手は小国だと考えて1個軍団だけを派遣した。実際、先制攻撃によって相手を大きく混乱させることに成功したのは事実だろう。だが、相手はベルカ軍上層部が考えていたよりも早くに抵抗を始めた。

 攻め込んだ国がギリシャという南ヨーロッパを代表する大国であったせいだ。それにマイヤーたちが気づいたときには進軍速度が停滞し、更に1個軍団を早期に送り込んだがすでにこのときにはギリシャの危機とばかりに周辺諸国を含めたヨーロッパ諸国が先遣隊をギリシャへと派遣していた頃だった。

 1個軍団を追加しても進軍速度は上がらない。それでも着実に占領地を増やしたが、それは単に相手が後退したところを確保しただけに過ぎない。ベルカがこれまで得意としていた力で相手を押しつぶすということは結局今の今までバルカン半島ではできていなかった。





 ギリシャ共和国 テッサロニキ

 ベルカ帝国陸軍 第3装甲軍団 前線司令部



 ベルカ軍の中でマイヤー大将以外にもう一人、自国が敗北に突き進んでいると感じている軍人がいた。第2装甲軍団長を務めるバーナード・トレイゼン中将だ。

 日々悪化していく状況にドレイゼンは焦燥感を募らせているが、そんな彼に対する陸軍本部からの連絡は「さっさと前進しろ」「敵地を占領しろ」という似たような言葉しか並んでいない。


「第32機甲師団の残存戦力が30%を切りました。後退を希望しています」

「代わりに第36機甲師団を向かわせろ。しかし、本当に『エルファン』では厳しい相手だな…まさか旧式の『ドルファン』まで出すことになるとは」


 ドルファンこと「MG-67」は2世代前のベルカ帝国主力戦車だ。

 ユーロニア大陸初の第2世代戦車として、ベルカによる「統一戦争」でも各国戦車相手に猛威をふるった戦車であるが、流石に登場してからベルカでも半世紀以上経っている旧式戦車であり、大半が保管状態になっていた。

 しかし、MG-85の多くが連合軍の攻撃によって撃破されてしまったことで西部軍管区では戦車不足となっておりかわりにモスボールされていたMG-67が急遽前線に投入されることとなった。

 一応、120mm滑空砲などを搭載されている最新型ではあるが射撃指揮装置は旧式で、自動装填装置なども搭載されていない。また鉄道輸送なども考えた設計が行われているのでMG-85に比べれば小型で居住性が悪いなどという問題もあるのだが、現時点で「まだ」使える戦車がMG-67だった。

 それ以外の装備に関しても現用品の調達が追いつかずに倉庫などに眠っていた旧式を引っ張りだしているし、兵士も徐々に新規に徴兵された訓練も十分に積んでいない兵士たちが送られるようになっている。

 こんな状況でまだ勝てる――などと考えているのは陸軍本部の一部くらいだろう。

 追加でやってきて「我々があっという間に制圧するから見ておけ!」と豪語していた第5装甲軍団のオールソン中将まで最近では悲観的な言葉が続けて出るようになった。それだけ、前線の状況が悪いのだ。


「空軍からの話だと敵はまた新しい機体を投入しているようです。おそらくはまた別の国が参戦したのかと」

「またか…一体どれだけの国が同盟を結んでいるのだろうな」

「情報部の見立てでは20カ国以上だそうです」

「それでよく一致した動きが出来るな。我々は一国なのにまったく現場同士の意思疎通ができないというのに」


 よもや、ベルカと似たような物量をもった大国と対峙するために作った軍事同盟が現在も動いているとは思わないドレイゼンは素直に連合軍の組織力の高さを羨んだ。


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