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正暦2025年 1月1日 午前8時
日本皇国 東京市千代田区
総理官邸 閣議室
「現時点で判明しているのは、北海道東方沖にイギリスがあること。ユーラシア大陸は現時点で確認出来ないこと。フィリピン、インドネシア、ハワイ諸島は無事に発見できたことが判明しています。なお、通信に関してですが、各国との通信は引き続き不通。国内の通信網に大きな影響はありませんが、人工衛星の大部分との通信が途絶しているため、テレビの衛星放送などに若干の影響が出ています。なお、GPSに関しては『みちびき』は健在なのが宇宙局にて確認済みです」
夜が明けて、政府はすぐに非常対策会議を開いた。
正月だったこともあり地元に戻っている閣僚などもいたため、すべての閣僚が官邸に集まったわけではないが官房長官や内務大臣に国防大臣といった主要閣僚は東京に残っていたことから会議に支障は出ていない。
しかし、一夜明けて判明した情報は閣僚たちにとってはとても信じられるものではなかった。もちろん、この報告を行っている内閣危機管理監も困惑顔だ。
「なぜ、イギリスが北海道の東方に?」
「そもそもユーラシア大陸はどこへいったのだ」
「あまりにも情報が少なすぎる…」
「昨晩の地震とオーロラはなにか関係があるのだろうか?」
「あの現象が起きたあとに通信が途絶したんだ。関係あるに決まっているだろう」
「まさか、ソビエトや北中国が新兵器を使ったのでは?」
「連中なら何かやらかしそうではあるが、そんなリスクがあることを今やるのか?」
というように、出席者たちは口々に言い合うがどれも確たる証拠があるわけではなく推測によるものだ。今のところ、昨晩の地震やオーロラに関してのニュースはあるが「原因は不明」という政府の見解がそのままメディアも報じている。なお、今回の件で国内便、国際便はすべて欠航になっているため各地の空港では観光客や帰省客などが飛行機に乗ることが出来ず何が起きたのか困惑していた。
「――もしかしたらここは地球じゃないのかもしれませんね」
「そ、総理。いまなんと?」
「我々は地球外の星にいるのでは?――そう私は考えています」
下岡の突飛ともいえる発言に出席者たちは一様に目を見開き固まった。
「総理いくらなんでもそれは…」
「確かに現実的ではありません。ですが、北海道の東にイギリスがあるというのはまず常識では考えられないことですし、ユーラシア大陸がまだ確認されていないというのもおかしい。占守島や樺太の間宮からは対岸にあるはずのカムチャツカ半島もソビエトの沿海州も確認出来ないという報告も来ています。我が国――いえ地球はなんらかの異常現象に巻き込まれ地球とは異なる世界に転移した――そう考えるのがむしろ現実的ではないでしょうか。もちろん、この考えも推測の域をでるものではありません。ともかく、各国と連絡がとれないのは多くを輸入で頼っている我が国にとっては死活問題です。早急に海軍と空軍を総動員して我が国周辺海域の調査を行うべきでしょう」
「すぐに、稼働可能な艦艇と航空機のすべてを探索にあたらせます」
下岡の発言に、すぐに反応したのは五島国防大臣。
その隣で頷きながら近づいてきた副官に耳打ちをしているのは軍人のトップである統合参謀総長の和田陸軍大将。
「未明の地震に関しての被害報告はなにかありますか?」
「現時点で各州からの被害報告は来ていませんが、一部の鉄道は線路点検のため運転を見合わせています」
「では、エネルギー関係に関しては?」
「石油などに関してはとりあえず一ヶ月程度は全国の需要を賄えるだけの備蓄はあります。あとは、樺太油田と小笠原油田次第かと。それでも長くはもちませんから。早期に産油国との輸出を再開させる必要はあるかと。幸いインドネシアは発見出来ていますから、インドネシアやブルネイなどからの輸出量を増やすことも考えなければならないかと」
内務大臣、経済産業大臣から次々と報告が入る。
エネルギー関係は多くを海外からの輸入に頼っている。特に中東のイランやアラブ首長国連邦からの輸入量は多いのだがユーラシア大陸が確認出来ない中では中東からの輸入は難しい。一応、日本国内には日本海、小笠原諸島そして樺太沖に海底油田とガス田があり国内向け需要のための採掘が行われているがこれらの油田で日本全体が必要とする量を採掘することはできないので他国からの輸入に頼るしか無い。ただ、これは幸いなことに産油国であるインドネシアやブルネイの存在は確認されているのでこちらから輸入することは一応は可能だ。更に、こちらも北海油田を抱えていたイギリスもあるのでもしかしたらイギリスからの輸入もできる可能性はあった。まあ、これらに関しては今後の交渉次第と言える。
もう一つの懸念は食料だ。
日本の食料自給率は76%ほど。特に小麦は国内で大規模な生産を行っているのは北海道や秋津島くらいしかなくほとんどは海外からの輸入で賄われている。主な生産国はアメリカやカナダ、オーストラリアなどだがアメリカに関してはハワイの発見がすでに報告されているが北米大陸に関してはまだ見つかっていない。
すべての国民が半年食べられる程度の備蓄はあるが、当然それだけでは心もとないので早期に食料の輸入も行わなければならない状況だ――と、農水大臣は危機感を感じる表情で報告する。
日本は、エネルギー資源や食料などの多くを輸入で賄っている。
そして、各国へ産業機械や自動車などを輸出することで外貨を得ている貿易大国だ。経済産業大臣や財務大臣などは他国との貿易が完全にストップした状態が続けば深刻な経済危機にあうと危機感をつのらせていた。
総理大臣の下岡は今はともかく日本周辺がどうなっているのか調査が大事だとこの場で改めて語り、また情報などが集まり次第。記者会見を開くことも表明した。
官邸では下岡たちが緊迫した会議が開かれている中で、一般国民の生活にはまだ今回の事態で問題は起きていなかった。唯一問題らしい問題は各地の空港で飛行機がほぼすべて欠航したためだろう。このときはまだ「地震の影響による欠航」となっていたが地震が頻発しているこの国でそれだけの理由で全国の飛行機が結構するのはあり得ないと、空港にいた誰もが考えた。
更に海外との通信がとれないことに気づいた者も現れた。
徐々に国民も「なにかあったのでは?」と異変を感じ始めた午前9時ごろ。国営放送が官邸から提供された情報として「各地で大規模な通信障害が発生している。理由は不明」というニュース速報が流れた。この時点ではまだ日本が異世界に転移したという情報はなされなかった。ニュースをみた国民は「正月から通信障害かよ」と顔を顰めたものの、大事が起きているとは考えてもいなかった。